第21話 綺麗でかわいいお姉さん

 翌週。バイト先で制服に着替えてホールに入ると、難しい顔をした穂乃果さんがいた。俺の気配に気がついたのか、パッと笑顔になって口を開く。


「達哉君おはよ! 今日もがんばろうね」


「おはようございます。もちろんがんばりますけど……何かあったんですか?」


 俺が問うと、穂乃果さんが気まずそうに頬を掻いた。


「あはは、顔に出ちゃってたかな? まぁ、ちょっと困りごとがあってね」


「大丈夫ですか? 俺に出来ることなら手伝いますよ」


「えっと……」


 穂乃果さんはしばらくの間、上唇に人差し指を当てて黙り、口を開いた。しかし、言葉を発する前に他のバイトメンバーがやって来てしまった。


「穂乃果さん、無良君、おはようございます」


「おはよう! 今日も一日がんばりましょう!」


 先程悩んでいたとは思えないほどの笑顔で、穂乃果さんが答える。微妙な顔で見ていると、俺の横を通りざまに穂乃果さんが耳打ちした。


「バイト終わったら、ちょっと待ってて」


 それだけ言うと、俺の返事も待たずに行ってしまった。





「ごめんね達哉君。遅くなっちゃった」


「いえ、スマホ弄って暇つぶし……してたん……で……」


 現れた穂乃果さんの姿を見て、思わずスマホを落としそうになった。


「ん? どうかした?」


「いえ、その……」


 いつもバイトの時しか合わないので、穂乃果さんのパンツスーツ姿しか見たことが無かった。オフの穂乃果さんは、オフショルダーの白いセーターに茶色のスカート、黒いニーハイソックスといった格好だ。

 仕事中はキチッと結ばれているポニーテールは解かれ、整髪料でフワリとカールしており、化粧もナ愛されメイクと言うか、愛らしい感じだ。

 普段キチッとしている印象からこのふんわりで女性らしい格好は、なんというか、ギャップにやられる。可愛すぎる。


「穂乃果さん、なんか、すごく可愛いですね」


「えぇっ!? ちょ、ちょっとやめてよ、恥ずかしくなるじゃん……」


 穂乃果さんがスカートの軽く手で抑えた。


「私もう22歳だよ? 達哉君からしたらもうおばさんでしょー?」


「いえ、可愛いお姉さんって感じですごく良いです」


「も、もー。やめてよー。あっついなぁ……」


 穂乃果さんは赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ。


「ほら、そんなことより早く行こ」


「どこに行くんですか?」


「居酒屋!」


 穂乃果さん。俺まだ未成年なんですけど。

 穂乃果さんに連れられて二十分程歩き、和風で洒落た門構えの店に入る。俺の家に割と近い場所だが、こんな店があるとは知らなかった。事前に予約していたようで、穂乃果さんが名乗るとそのまま奥の部屋へと通された。

 多くても六人ほどしか入れなさそうな畳の個室で、部屋の奥はガラス張りになっていて風流な箱庭が見える。金木犀が赤金色の花を咲かせ、下はチョロチョロと水が流れており、迷い込んだであろう蛙が居心地良さそうにしていた。

 つまり、高そうな店と言うわけである。思わず後ろポケットに突っ込んだ財布に触れる。足りるだろうか。

 穂乃果さんに促されるまま奥の席に座ってから気が付いた。確か上座とか下座とか言う概念があったはずだ。


「あの、上座ってどっちでしたっけ。ごめんなさい、良く分かってなくて……」


 俺が立ち上がろうと中腰になると、穂乃果さんがクスクスと笑った。


「そういうのを気にするのは大企業の飲み会だけだよ。達哉君、緊張してる?」


「えっと、はい。居酒屋ってもっとガヤガヤしてるところだと思ってたんで。なんかすごく雰囲気もさが良くて緊張しちゃいます」


 そしてそんな店の個室に、バイト先の綺麗で可愛いお姉さんと二人きりと言うこの状況に緊張している。


「居酒屋と言うより料亭って感じだもんね。ここのお店。でも味はとてもいいから期待して良いよ」


「楽しみです。というか、良いんですかね、高校生なのにこんなお店に来ちゃって」


 俺がそう言うと穂乃果さんが手に持っていたおしぼりをポトリと落とした。


「え、あ、そっか。達哉君高校生だった! いつも落ちついてて大人びてるから、大学生だと勘違いしちゃってたよ……。え、これってもしかして犯罪!? 高校生を居酒屋に連れてくるのって違法だっけ!?」


「どうなんですかね。お酒さえ飲まなければ大丈夫だとは思いますが」


 穂乃果さんはしばらくスマートフォンで何やら調べた後、ホッと息を吐いてメニュー表を手渡して来た。


「お酒を飲ませずに、11時までにお家に返せば大丈夫みたい。良かった良かった。ソフトドリンクはここに書いてあるから、好きなの頼んで良いよ」


「ありがとうございます」


 メニューに目を通していると店員が来たので、とりあえずウーロン茶を頼んでおく。穂乃果さんはビールを注文していた。大人だ。

 コツンとグラスをぶつけて乾杯すると、穂乃果さんはビールを一気に半分ほど飲んだ。


「とりあえず、何か食べよっか! 達哉君は好きな物とか嫌いな物とかある?」


「パクチーとかイタリアンパセリのような癖の強い香草以外は大体大丈夫です」


 好きなものと聞いて一瞬頭に担々麵がよぎったが、流石になさそうなので黙っておく。


「おっけー。何か気になったのあったら頼んでいいからね?」


 穂乃果さんが店員を読んでスラスラと注文する。ちらりと見えた食事メニューは、ほとんどが四桁円のものばかりで戦々恐々とする。もし割り勘だったら、とても恥ずかしいが穂乃果さんにお金を借りるしかなさそうだ。

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