第22話 ブライダルプランナーには出逢いが無い

 一時間ほど他愛ない話をしていると、ふぅと穂乃果さんが息を吐いた。


「あー、達哉君と話してると楽しいなー。何だか気が楽だし。学校でモテるでしょー?」


 穂乃果さんは少しだけ顔を赤くしており、しゃべり方も少し間延びしている。手に持っているビールグラスは四回新しくなっているので、流石に酔いが回って来たのだろう。


「いえ、全くです。俺、陰キャなんで。いつもクラスの陽キャたちにビクビクしながら過ごしてますよ」


「えー、全然そうは見えないよー」


「バイトの時は髪の毛上げてますから。普段はこんな感じですよ」


 上げていた前髪を下ろし、バッグから深緑色の眼鏡を取り出してかける。


「わ、全然印象が違う! でもそっちの達哉君も悪くないねぇ」


「ありがとうございます。でもモテない理由がそれだけではなくて……」


「えー、なんだろー。めっちゃ性癖えぐいとか?」


「いや、もしそうだとしても流石に話さないですよ」


「あははは、それはそーだよね」


 穂乃果さんはいつもと違ってすごくフランクというか、ふわふわな感じで話をする。性癖の話なんて、普段の穂乃果さんの口からは絶対に出てこないだろう。お酒って怖い。


「俺、経験値が皆無なんで。だから女性の恋愛対象にはならないと思います」


「ふーん、そうなんだ。でも別にそれってあんまり恋愛と関係ないんじゃない?」


 穂乃果さんは驚くでも落胆するでもなく、何でもないかのように言う。


「昔のドラマとかだとさ、よく男は金だーとか、三高っていう高収入、高学歴、高身長の男が良いとか言われててね。でも、やっぱりそんなのよりはお互いの性格の一致というか、人間性の方が大切じゃないかなって私は思うよ。だってそれで相手を選ぶのって、男の人と付き合うんじゃなくてお金や学歴と付き合ってるってことになるし」


 パクリと肉じゃがを口に入れ、ほっぺたを押さえて美味しー! と笑顔になった後に穂乃果さんが続ける。


「それが今は高経験値の男がーって風潮に変わってるけど、結局は同じ。経験値が多くても性格が悪い男の人はモテないと思うよ。それに、ダンジョンに潜らない女の人にとっては、経験値っていらないからね」


「そっか。穂乃果さんはブライダルプランナーですもんね。経験値なんていらないですよね」


「んー。全くいらないってわけじゃないけどね。ほら、レベルが上がると身体が強くなるから、肌荒れしにくくなるし身体も引き締まるし、お通じも良くなるらしいから」


 そんな副産物があるとは知らなった。


「まーでもそれって、要は筋トレしてるのと同じようなことだし。だったら私は自分で筋トレするから、経験値なんて無くても素敵な男性の方が良いって思うかなー」


「そういって貰えると嬉しいです」


 ウーロン茶を一口飲んで顔を上げると、穂乃果さんの視線とぶつかった。少し、熱っぽい。


「穂乃果さんは彼氏さんとかいないんですか?」


「いないよー。ブライダルプランナーって出逢いが無いんだー。だって、お客様はみんな幸せになった男女なんだもん」


「それはそうですよね。えっと、だったら職場での出会いとか……」


 そこまで言って、自分の失言に気が付いた。それだとまるで、自分はどうかと聞いているようなものである。


「んふふー。ね、それってどういう意味かな?」


「あ、いや、ちが……」


「あんまり年上の女性をからかっちゃだめだぞー」


「そ、そんなんじゃなくて! あ、えと、そういえば本題について話してなかったですよね」


 俺が慌てて話を逸らすと、穂乃果さんは少し難しい表情になった。


「ん、そうだったね。他の職場の人には言わないでほしいんだけど、秘密にしてくれる?」


「はい。そもそもバイト中に穂乃果さん以外の人とはほとんど話しないですし」


「えっとね、ウチがダンジョン食材を扱ってることは知ってるよね? 私のお母さんがダンジョンダイバーだってことも」


「もちろん知ってますよ」


 忘れるはずがない。もはやそれ目当てでバイトしているまである。


「お母さんはいつも三人パーティでダンジョンに行ってるんだけどね、ヒーラーの人が他の所から引き抜かれちゃったみたいで。なんとか残ったもう一人と二人組でダンジョンに潜ってるみたいなんだけど、やっぱり前に比べると安定感が無いみたいで。時々怪我して帰ってくるし……」


「なるほど、それは心配ですね」


「確かにウチはダンジョン素材を使ったフレンチが売りだけど、使わなくてもお父さんの料理は絶品だから、無理しなくていいよって言ったんだけど、お母さん聞いてくれなくて。たしかにダンジョン素材が無いと提供価格も落ちて経営が苦しくなるけど、それでもやっていけないことは無いと思うし……」


「なるほど……あの、聞いておいてごめんなさい。俺に力になれることが無さそうで……」


 俺がそう言うと、穂乃果さんはキョトンとして、それからアハハと笑った。


「違う違う! ただ愚痴に付き合ってほしかっただけ! 職場の他の人には話せないからね、こんなこと。ダンジョン素材をやめたら経費削減で何人かやめてもらわなくちゃいけなくなっちゃうかもしれないからね。誰にも話せなくていろいろ溜まっちゃってたから、達哉君を連れまわしてるだけー。話を聞いてもらったら大分すっきりした。ありがと」


「でも、何か俺に出来ることがあったら協力するので!」


「達哉君、優しいね。やっぱりモテるでしょ?」


「だからモテないですって」


「もったいないな。こんなにいい子なのに。最近の若い子は見る目が無いねー」


 穂乃果さんはそういいながら、テーブルの上に手を伸ばす。俺が手を置いているところに。


「あ、グラスが空ですよ? 何か飲みますか?」


 俺はそれをスッとよけ、メニュー表を手に取って穂乃果さんに渡す。穂乃果さんは少し寂しそうな表情になった後、すぐに笑顔になった。


「まだ九時前だよね? 折角だからもう一軒付き合ってよ!」


 その前にちょっとお化粧直し、と言って穂乃果さんが席を立ったので、俺はホッとため息を吐いた。流石にこんなところで穂乃果さんをあられもない姿にするわけには行かない。

 そしてハタと気が付く。今ってお会計チャンスというやつなのではないだろうかと。スマートな男性は女性がお手洗いに行ってる間にお会計を済ませるものだと、古本屋で買った『モテる技術』というハウツー本に書いてあった。

 お会計はいくらか分からないが、財布には諭吉と渋沢の黄金ペアが控えているため大丈夫だろう。ダメだったら情けないが穂乃果さんに頼らせてもらおう。

 ドキドキしながら呼び鈴を押し、店員にお会計をお願いする。店員さんが持ってきた紙には……


「い、一万七千円……」


 高い。しかし、足りた!


「えっと、現金で、二万円からで大丈夫ですか?」


「だいじょばないですっ!」


「いてっ」


 コツンと頭の上に手刀が落ちて来た。


「まったく、達哉君何やってるの?」


「いや、なんか、こういうのは女性が席を立った時にお会計するものだって、本で読んで……」


 言いながらなんだか恥ずかしくなってうつむいてしまう。


「あーもう、かわいいなぁ。あのね、流石に高校生に奢らせる社会人はいないと思うよ? すみません。カードで一括払いで。領収書はアンジュールテラス宛にお願いします」


 穂乃果さんは財布からクレジットカードを取り出して店員に渡す。カッコいい。

 店の外に出ると、もう外は真っ暗だった。何だか悪いことをしているような感覚になる。


「よし、バーに行こ! バー!」


 どうやら夜はまだ終わらないようだ。

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