第19話 コンビニバイトのギャル

 加奈子さんが目を覚ました後、凉夏さんと俺は女医に散々怒られた。勝手に酸素マスクを外した事と、素人判断で軟金桃を食べさせた事がいけなかったらしい。怒られて当たり前だ。

 クドクドクドクドと怒られている間、加奈子さんは黙ったままニコニコと柔和な笑顔で俺たちを見ていた。

 ようやく説経が終わり、医者と看護師が部屋を出て行き三人きりとなる。というか、俺も一緒に怒られていたが、怒られるのは凉夏さんだけで良い気がする。

 静かになった部屋で加奈子さんが凉夏さんを手招きする。凉夏さんは少し照れくさそうにうつむいた後、加奈子さんのベッドに腰掛けた。その頭を優しく撫でる。


「ありがとう、凉夏。貴女が取ってきてくれたのよね、軟金桃。こんなに無茶して……」


「別に、このくらい平気だし」


「もう、すぐ強がるんだから。痛かったでしょうに」


 加奈子さんが愛おしそうに凉夏さんを撫でる。無茶をして怪我してしまった頬や、破けた制服を。


「全然平気。ママ……ゴホン。お母さんが元気になってくれたなら、それだけでいいよ」


「本当にありがとうね、凉夏」


「お母さんも。元気になってくれてありがと」


「ふふ、いつもみたいにママでいいのに」


 難病の母が回復し、親子の感動の再開の場面である。俺だけか場違いだ。そっと病室を出ようと扉に手をかけたところで、加奈子さんに話しかけられる。


「貴方は……達哉さんよね? 凉夏から少し話は聞いているわ。とてもお世話になってるって。本当にありがとう」


「いえ、俺は特に何も」


「それで、凉夏とはどこまでいってるの?」


 柔和な笑みのまま、加奈子さんがとんでもないことを聞いてきた。


「お、お母さん!? 変なこと聞くなよ!」


「あんまり詳しくは聞いてないのだけれど、凉夏がダンジョンに行けるくらい強くなったのは、達哉くんのおかげなのよね? いっぱい経験値をもらったのでしょう?」


「そ、それは、そうだけど……」


「もしかして、もうデキちゃった?」


「んなわけねーじゃん! 手! 手を繋いだだけ!」


「あらそうなの? つまらないわねぇ。三十台で孫が出来るのかと思って楽しみにしてたのに」


「まだまだ先だっての!」


「あら、じゃあいずれは達哉さんの子供を産むのね?」


「そういう意味じゃねーよ! バカッ!」


 ギャースカと騒ぐ凉夏さんと、意にも介さず笑顔でからかう加奈子さん。しばらくそうしていると、足取り荒く看護師さんがやってきた。笑顔に青筋を浮かべて。


「ここは重症患者の多い病棟です。騒がれるととても迷惑なんですよね〜」


「「ご、ごめんなさい」」


「とりあえず今日のところはさっさと帰りなさい。軟金桃を接種したのであれば、鳴瀬さんの体調は問題ありません。一週間ほど経過を見て、退院になると思います。さぁ、本来は面会時間外なんですから、早く帰りなさい。早く。今すぐ」


 有無を言わさずに俺たちをしっしと追い払う看護師と、笑顔で手を振っている加奈子さん。

 抵抗することなど出来る訳もなく、俺たちは病院を後にした。





 病院からはタクシーを使ってアパートに帰り、凉夏さんはすぐにシャワーを浴びに浴室へと入り、バスタオルだけを羽織った格好で出て来た。


「凉夏さん、何て格好してるんすか」


「限界。寝る」


 一週間、ほとんど休憩も取らずにダンジョンを駆け回っていたのだろう。疲労もとっくに限界を超えているようだ。

 ボフリとベッドに倒れ込むと、すぐに寝息が聞こえてきた。


「髪の毛、乾かして欲しいんだけどなぁ」


 前にもこんなことあったなーと思いつつ、凉夏さんの髪の毛を乾かす。乾かし終わったところで、強い睡魔に襲われた。結局、俺も一睡もしていない。


「今日は、俺にもベッド使わせてよね」


 凉夏さんに触れないようにベッドに潜り込み、俺はすぐに意識を手放した。





 翌朝、ガサゴソという音で目が覚めると、凉夏さんが部屋の片付けをしていた。制服は昨日破れてしまったので、俺のハーフパンツとTシャツを着ている。俺が着るとなんてことは無いのに、凉夏さんが着ると似合っていてとても格好良く見える。理不尽だ。


「おはよう凉夏さん。早いね」


「いや、もう昼の十二時前だっての。何でアタシより爆睡してんだよ」


 呆れたため息を吐きながらも、凉夏さんは手を止めずに片付けを続ける。といっても、そもそも凉夏さんの荷物は少ない。衣類、歯ブラシ、化粧品。それらをボストンバッグへと仕舞っていく。


「そっか。凉夏さん、帰っちゃうのか」


「うん。お母さんが退院するのは一週間後だけど、それまでに家を片付けなくちゃ行けないからね。お母さんがいない間、ちょっと散らかっちゃったし」


 そこまで言って、凉夏さんな手を止めてこちらを向く。そこ顔に意地悪な笑みを浮かべて。


「寂しい?」


「まぁ、そりゃ寂しいよ。一ヶ月くらいは一緒にいたんだしさ」


「そ、そっか……」


 ストレートな俺の言葉に、凉夏さんが照れくさそうに頬を搔く。そしてすごく小さな声で言った。


「……アタシも……寂しい」


「え?」


「あ、いや、何でもない。別に寂しくねーだろ。会えなくなるわけでも無いんだから」


「強がんなくていいのに。寂しいならさ」


「だから聞こえてんなら聞こえない振りすんなっつってんだろうが!! 性格悪ぃなお前っ!!」


 凉夏さんが真っ赤な顔でボストンバッグを投げつけて来た。ちょうど化粧水らしきものが入っているところが額に当たる。痛い。

 もともと多くない凉夏さんの荷物はあっという間にボストンバッグへと収まった。


「あ、そうだ達哉。これやるよ」


 凉夏さんがリセサックから白っぽい果実を取り出した。


「なにこれ?」


「白銀桃。ダンジョンに生える桃でさ、まぁ簡単に言うと結構良い回復薬だよ。かなりレアだけどさ、軟金桃より先に見つけたから一応採っておいたんだ。ほら、あたしの傷も治ってるだろ? 朝起きて食べたんだ」


 凉夏さんがおもむろにTシャツを捲し上げた。傷一つ無い生白いお腹とブラの一部が見えた。捲くりすぎだ。


「適度に涼しいところなら腐らずにいつまでも持つらしいから、冷蔵庫にでも入れて置くといいよ。何かあったときのためにさ。代わりっていうとあれだけど、この服とスニーカー頂戴。あたしの服と靴は駄目になっちゃったから」


「……あまりにも価値に差がありすぎない? 絶対めちゃくちゃ高いでしょ、この桃。本当にいいの?」


「まぁ普通に売るとそうだろうね。でも、アタシはそんなものよりもっと大切なものを達哉に貰ってるんだ。そのくらい受け取ってよ」


「分かった。ありがとう」


 俺は素直に白銀桃を受け取り、冷蔵庫に仕舞う。


「さて、と。それじゃアタシは帰るよ」


 玄関でトントンと靴を履きながら、凉夏さんがあっさりと言う。ボストンバッグを肩に担ぎこちらを振り向く姿が、やたらと格好良く見えた。


「じゃーな達哉。またちょくちょく遊ぼうな」


「ん、そだね」


 眩しいその姿に、思わず俯いてしまう。

 凉夏さんは格好良いギャルだ。多分、同じ教室に俺と凉夏さんがいたとしたら、まず関わることが無いだろう。本来なら交わることの無かった関係性だ。

 これから凉夏さんとの関係は少しずつ薄れていってしまうだろう。そう考えると、急に切なくなってきた。


「お前、何か変なこと考えてるだろ」


 そんな俺の思考を読んだかのように、凉夏さんが顔を顰めて言う。


「達哉、顔上げろ」


「凉夏さ……んぷ」


 凉夏さんに言われた通りに、顔を上げる。視界いっぱいに、凉夏さんの顔が広がった。そのまま唇に柔らかい感触。キツく抱き竦められる。


「ん…………んあっ♡ おい達哉。覚えてるよな? 約束」


「約束……?」


「お前がスケベ出来ない理由が片付いたら、相手してやるってさ」


 そういえば、最初会ったときにそんな話をしていた。


「アタシ、ダンジョンダイバーになる。んで、強くなるし、いろんなアイテム集めてくる。そしたらさ、いつか達哉と普通にスケベできるようになんだろ。だからさ、それまでおあずけな……んっ♡」


 最後にもう一度唇を重ね、名残惜しそうに凉夏さんが離れた。


「だから湿気た顔すんじゃねーよ。な?」


「うん、ありがとう、凉夏さん」


 燦々と照りつける太陽の下で、太陽に負けない笑顔で、凉夏さんがニシシと笑った。


「じゃーな達哉! 担々麺ばっかり喰ってんなよ!」


 そういうと、凉夏さんは振り向きもせずにかけていった。これからは元気になった母と一緒に幸せに暮らすのだろう。

 その手助けが出来ただけで、良しとしよう。


「あーあ、スケベしたいなー! オナニーするかーっ!」


 俺がスケベ出来るようになるのは、またまだ先のことのようだ。




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