第17話 延長料金が心配だ

「ど、どうしよう……」


 カラオケの一室のソファで、恍惚の表情で眠りこける由良ちゃん。特に寒い訳では無いが、部屋の隅に置いてあるブランケットをその身体にかけてあげる。

 大人気アイドルとカラオケの個室に入ってるなんてバレたらやばいんじゃ? 病院とか連れて行ったほうがいい? いや、しばらく寝かせてあげるべきかな?

 そんなことを考えながら部屋の中をウロウロしていると、由良ちゃんのスマートフォンが鳴り出した。画面を見ると『西村マネージャー』の文字が。


「……で、出たほうが良いよね?」


 緊張しながら、通話ボタンに触れる。


「も、もしもし?」


『由良ちゃ……誰? 男?』


 まだ若い女性のだ。俺の声を聞いて、その声が低くなる。


『あなた誰? 由良ちゃんはそこにいるの?』


「あの、複雑な話になるんですけど、とりあえず、ここは渋谷ダンジョンの近くのカラオケで、由良ちゃんは寝ています。俺は由良ちゃんの友達です」


『……今すぐにそこに行くから、待ってて。カラオケ屋さんの名前と部屋番号は? あと貴方の名前と電話番号も』


「えっと……」


 俺が答えるとすぐに電話が切れた。


「待っててって言われたけど、逃げていいかな……」


 しかし、先程名前も電話番号も答えてしまったため、後々面倒なことになりかねない。仕方が無いので大人しく待つことにする。

 幸か不幸か西村マネージャーという人は近くにいたらしく、十分も経たずにやってきた。まだ二十代半ばであろうその人は、ピシッとしたスーツに身を包んでおり、いかにも仕事が出来そうな美人といった風僕だ。

 部屋に入ってくるなり、倒れている由良ちゃんに駆け寄り肩を揺らす。


「由良ちゃん! 由良ちゃん! 大丈夫!? 何かされたの!? もしかして、薬……?」


 何やら勘違いをしている西村マネージャ。その視線がキッと俺に向けられた。


「あなた……無良って言ってわね。由良ちゃんに何をしたの!?」


 襲われました、なんて言ってもこの状況で信じてくれるはずもない。由良ちゃんが起きてくれさえすれば解決するのだが、どうやら深い眠りに付いているようで起きる気配はない。

 逃げてしまおうかと入り口に目を向けるも……


「え〜、ゆらりんだけカラオケしてたん〜? ずるーい。モモもカラオケしたかった〜」


 桃色でふわふわロングヘアーで垂れ目巨乳の子と、


「事件現場、激写」


 青髪片目隠れショートボブで小柄なジト目の少女。

 両者とも見覚えがある。由良ちゃんの所属しているアイドルグループ、トリニティスパークのメンバーだ。

 確か、桃髪の子が天ヶ崎あまがさき萌々香ももかで、青髪の子が氷見ひみりんだったはずだ。どちらもアイドルダイバー。逃げ切ることは出来ないだろう。


「無良さん、逃げようなんて思わないことね。知っているとは思うけど、そこの二人はダンジョンダイバー。レベルも百に近いわ。私も同じくらいはある。貴方がしたことを正直に話しなさい」


「えっと、俺は何も……」


「何もしてないのに、由良ちゃんが倒れたとでも言うの!? 今が由良ちゃんにとってどれだけ大切な時期だと思ってるのよ!?」


 取り乱して近づいてくる西村マネージャーとやら。腕を掴まれそうになったので咄嗟に避ける。しかし、


「もも! 手伝って!」


「はぁ〜い。堪忍してなぁ〜?」


 前後で挟まれたら逃げようがない。西村さんが俺の腕を掴み、天ヶ崎さんは後から抱きしめるように俺の体を拘束する。当然そんなことをすれば素肌にも触れてしまうわけで。


「や、やめてくださいっ!!」


「貴方! 抵抗しない……で……ぁ、ぁ、ぁ、な、何これ、ちょっと、貴方何を…………っ♡♡♡♡♡ 何よこれぇっ! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ あああああああぁっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「どしたんマネージャ……んぅ……な、なんやこれぇ……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡……か、身体が、暑ぅなる……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡……あぁんっ……やっばぁいわぁ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 当然こうなるわけで。

 西村さんと天ヶ崎さんはしばらくビクビクと震えた後、意識を失ってドサリと床に倒れ込んだ。


「じーー……」


「あ、あの……」


 残りは青髪の少女、氷見さん。何を考えているか分からない表情で、黙ったままこの惨劇を眺めている。西村さんとは違って落ち着いているので、話は出来そうだ。


「あの、氷見さん。話を聞いて欲しいのですが……。これには複雑な事情が……」


「……とーう」


 俺の言葉をぶったぎって、氷見さんがいきなりこちらにダイブしてきた。思わずその小柄な身体を受け止める。


「って何で!?」


「みんなだけ、ずるい……ん……これ、すごい……♡」


 俺に抱きついたまま、そのプニプニの頬が俺の頬に触れる。


「あ♡…………ん♡………………………ぁ♡………………………………………………………………………ぅ♡…………………………………………………っっっっっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


「ちょっと、氷見さん!? 氷見さーーん!!!!」


 そして出来上がる4体目の屍。結局全員気を失ってしまった。


「まじで、どうすんの、これ……」


 気を失った由良ちゃんを引き取ってもらおうと思っていたら、何故かこんな惨状になってしまった。


「で、でも、西村さん大人だし、大丈夫、だよね?」


 全員満足そうに寝ているので、体調に問題は無いだろう。

 いつ起きるかは分からないので、とりあえずちょっと多めにカラオケの料金を机に置いて、俺は家に帰ることにした。

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