第10話 ナニをしても許される

 レベル30まで上がった凉夏さんは、シャワーを浴びた後髪も乾かさないままベッドに横になると、『寝る』と一言だけ言ってすぐに寝てしまった。相当疲れていたのだろう。

 相当疲れていたのは分かるが、髪くらい乾かして欲しい。カビになると嫌なので。


「凉夏さん、凉夏さん。髪乾かしてほしいんだけど」


「……んー、うるさい。眠い」


「じゃあ俺が勝手に乾かすよ?」


「んー」


 どうやら寝付きは良い方らしい。

 仕方がないので洗面所からドライヤーを持ってきて、我儘お嬢様の髪の毛を乾かす。地肌に触れないように、慎重に。

 どうやら髪に触れても経験値の移行は発生しないようで、すやすやと気持ちよさそうに眠ったままだ。


「……」


 なんだかちょっとイラッときた。

 こっちは凉夏さんのために経験値をあげて、居候させてあげて、挙句の果てには髪の毛を乾かしてあげるという下僕のような事をさせられている。

 自分だけ気持ちよくなりやがって。こっちは消化不良の欲求不満だと言うのに。


「そういえば、イタズラしても良いって言ってたよな」


 そう。本人に許可は貰っているのだ。何をしても許されるはず。そう、ナニをしても!!


「まぁ、流石に寝てる相手にあれこれする気にはならないけど」


 でもせめて、些細な欲求くらいは満たさせてもらおう。

 髪を乾かし終わったので、電気を消して凉夏さんの隣に横になる。

 直接手を触れないように、服の上からその細い腰をそっと抱き締めた。今にも折れてしまいそうな、華奢な身体。こんな細い体で、ダンジョンに挑もうとしているのだ。俺にできることは、少しでも協力して助けて上げたい。


「がんばれ、凉夏さん。今はゆっくり、おやすみなさい」


 小さな声で挨拶をして、目を閉じる。


「んぅ……」


 その時、凉夏さんが寝返りをして身体をこちらに向けた。

 避ける間もなく、俺の唇に、柔らかなものが触れた。


「あ」


「んんんんんんんんんっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 ビクリと身体を震わせて、そのままコテンと力なく横たわる凉夏さん。


「え、うそ……だ、大丈夫だよね……?」


「ぅ、んぅ…………すぅー……すぅー……」


「よ、良かった〜〜〜〜〜〜」


 しばらくしてまた寝息を立て始めた凉夏さんを見るに、特に問題は無さそうだ。


「お、おやすみ、凉夏さん」


 不慮の事故で取り返しのつかないことが起こらないように、床に転がって寝ることにした。

 俺、家主なのになぁ……。



「おい、あく起きろよ」


「……それが家主に対する居候の態度?」


 目を覚ますと、ベッドに座っている凉夏さんが俺の腰を足でグリグリしていた。

 凉夏さんは俺の問いに答えずに、顔を赤くしたまま横を向く。


「……アタシが寝てる間に、何した?」


「え? いや、特に何も? 髪の毛乾かしただけだけど。ちゃんと乾かしてから寝てよね。枕にカビとか生えそうだから」


「う、嘘つくなよ! あ、上がってんの! レベル!」


 どうやら昨日の事故で凉夏さんのレベルが上がっていたようだ。なるほど、それはバレる。


「別に何もしてないよ。髪乾かす時に、ちょっと頭に触れたかも知れないけど」


「それだけでこんなに上がるかっ!!」


「いくつ上がってたの?」


「なな! ななも! 絶対変なことしただろ!」


 あの一瞬で7もレベルが上がったのか。手を触れるのとは比べ物にならない。


「上がったなら良かったじゃん。それに、寝てる時は好きにして良いって言ってたし」


「そ、それは……そう、だけどさ……」


 何やら内股でモジモジしはじめた凉夏さん。


「………………ど、どうせなら、起きてる時にしろよ……馬鹿達哉」


 ものすごい小声で凉夏さんはそんな事を言った。


「え、なんて?」


「な、何でもない! 馬鹿! 馬鹿達哉!」


「起きてる時にやっても気を失うだけだよ」


「〜〜〜〜っ!! 聞こえてんじゃねぇか! 聞こえないふりやめろ!」


 真っ赤な顔で枕を投げつけてくる凉夏さん。意外とからかい甲斐があるな。

 時計を見ると朝の八時前。結構ぐっすりと寝たものだ。


「凉夏さん、今日はどうする? 俺、結構遅くまでまで外に出るけど」


「今日土曜日だけど、何があるの? 補習?」


 俺、そんなに馬鹿っぽいかな。


「バイトだよ、バイト」


「へぇー、バイトしてんだ。何のバイト?」


「結婚式場のホールスタッフ。料理運んだりお酒ついだりするだけ」


「達哉、タッパあるし様になりそう」


「まぁ誰もスタッフのことなんて見てないよ。合鍵あるから、渡しておくね」


「サンキュ」


 受け取った鍵をそのまま机に置くと、凉夏さんは本棚の漫画に手を伸ばした。どうやら今日は俺の部屋をネカフェ代わりにするらしい。こちらを見もせずにヒラヒラと手を振る凉夏さんに手を振り替えし、バイトへと向かった。

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