第9話 いちいち聞くなよ童貞

 翌日、いつものコンビニに行くも、凉夏さんの姿は無い。不安と寂寥感を抱きながらアパートに帰ると、俺の部屋の扉の前に金髪の女子高生が胡座をかいて座っていた。膝の上にはボストンバッグ。それに肘をつき、頬杖をついて、不機嫌そうにこちらを見上げて来た。


「おっそい」


「えっと……いらっしゃいませ」


「早く開けろし」


「あ、はい」


 大層不機嫌そうではあるが、体調に問題は無さそうだ。鍵を開けると、勝手知ったる他人の家、ズカズカと入って行き、ボフンとベッドに座った。


「あの、昨日は大丈夫だった?」


「……うるさい!」


 凉夏さんが顔を真っ赤にして、ボストンバッグを思い切り投げてくる。布が多いようで軽いためダメージはない。


「この荷物は?」


「着替え。歯ブラシ。化粧水化粧品もろもろ」


「えっと、何故そんなものを?」


「……………………住むから」


「へ?」


「しばらくここに住むって言ってんの! 察せよ! 馬鹿! 馬鹿達哉!」


「んな無茶な……」


 凉夏さんは勝手に俺の布団に潜り込むと、その紅く染まった顔だけを布団から出して、ブスくれたまま言う。


「んだよ、駄目なのかよ」


「駄目とかそういうことじゃなくて。理由、教えてよ」


「…………あんな状態で風呂にも入らず帰れるかっつーの」


 凉夏さんがボソボソと小声で言う。


「え、なんて?」


「うっさい! 2度も言わせんな!」


 俺の枕を掴んで投げてくる凉夏さん。


「別にお風呂くらい貸すけど」


「聞こえてんじゃねぇか!」


 何か投げるものを探してキョロキョロし、枕元の卓上時計を掴んで振りかぶるも、壊れることに配慮してか、投げずに元の位置に戻す。良い子だ。

 布団に潜ったせいでボサボサになった細い金髪を、まるで犬のように頭を振って整え、今度は正座で座る。


「昨日、めっちゃ、レベル上がってた。でも、あの時ぶっ倒れそうだったから。早く、もっとレベルあげたいし……その……」


 赤い顔でしどろもどろに言う凉夏さん。要領を得ない。


「えっと、つまり?」


「アタシに、達哉の経験値をください。お願いします。迷惑かも知れないけど、しばらく住まわせてください」


 ペコリと小さく頭を下げる。


「……良いの? 気を失った凉夏さんにイタズラするかもしれないよ?」


「良い。そもそもスケベするつもりだったんだし。そんなことより経験値が欲しい。はやく、母さんを助けたい。手遅れにならない内に」


 凉夏さんの意思は固いようだ。俺としても凉夏さんのお母さんには生きていてほしいし、凉夏さんには笑っていてほしい。


「分かった。じゃあ、一緒に頑張ろう」


 凉夏さんとの共同生活が始まった。



「俺男だからあんまりレベルの概念が分からないんだけどさ、どれくらいあがればいいの?」


「んぁ……だ、だんじょんと……ンンッ……レベルは……おなじ……アッ……同じ数値で……か、考えれば……ヒアアァァァッ! い、いいよ……ぁ、ぁ、ぁ……」


「なるほど。それで、凉夏さんが探している軟金桃、だっけ? それは何階層にあるの?」


「ななじゅ……に、にひぃ……! ん♡、ななじゅうに、かいそおぉぉぉ!! で、での、発見例がっ……ッッッ!♡ あ、あるううぅぅぅっ!!」


「なるほど、それじゃ、最低でも72レベルまで上げる必要があるのか」


 凉夏さんと俺はベッドに横たわり、指先を軽く触れ合いながら会話をする。快楽に飲まれないように、エッチな雰囲気とは程遠い会話を。


「でもおおぉぉぉっ!! ……そ、それは……ツゥッ♡♡♡……バランスの良い、パーティな、ならの……はな……し……んぁっ♡♡♡」


「なるほど。凉夏さんはソロだから、もっと高いレベルになる必要がある、と」


「あ、あたし、は……斥候、型だから、ら、ら、らあああぁぁぁっ♡♡♡♡♡……そ、ソロでも、探索、し、しやすい、ぱら、ぱらめーたああぁぁぁっ♡♡♡♡♡……だ、だから、そこまで、上げな、あげなくてももぉぉお♡♡♡♡♡……うううぅぅ……ひゃ、ひゃくまで、ひゃく、ひゃあああぁぁぁぁ♡♡♡♡♡」


「100かぁ。レベルの上限って100じゃ無いんですね」


「せ、世界でええぇぇぇぇっっっ♡♡♡♡♡♡♡……いち、いちばん、いちばん高いひぃ♡♡♡♡♡♡♡れ、れべうのひとはああぁぁっ♡♡♡♡♡♡♡………………ごひゃ、ごヒャクを、こえ、て、あ、あ、あ、あ、あ、ぁ、ぁ、ぁ………♡♡♡♡♡♡♡」


「五百! すごく強いんだろうなぁ。凉夏さんはいまどのくらいなんですか?」


「にじゅにっにっにっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡……あっ、あっ、あっ、あっ、いまっ、いまっ、さ、にじゅさっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡……あが、あがって……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡……た、たつやぁ、たうやああぁぁぁぁっ!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

※指先が軽く触れ合っているだけです。


「なるほど。相楽先生のときはもっと早くレベルアップしてそうな雰囲気だったけど、やっぱり触れている表面積に比例して、移行する経験値量も増えると考えてよさそうだ。あの時は手のひら全体が触れていたし。そう考えると今はあの時の百分の一くらいなのかな?」


「ひゃくぅ!?♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡これの、ひゃくば……しぬぅ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡それぇえぇぇっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ぜったい、しんじゃううぅぅぅっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

※指先が軽く触れ合っているだけです。


 歯を食いしばっていた凉夏さんが、懇願するような潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。視線が熱い。


「たつやぁ……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡た、たつやあぁぁ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡お、おねが、い……♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡あああああっ!! も、も、も、も、も、む、無理いいぃぃぃ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ は、はなひて、はなひてぇ!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

※指先が軽く触れ合っているだけです。


「無理な時は凉夏さんから離してよ。俺じゃ判断出来ないんだから」


「いやっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡イヤぁッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡やらぁっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡は、はなひたく、はなひたくなひぃ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンアアァァァ!!」

※指先が軽く触れ合っているだけです。


「どうしろと……。あ、ちゃんとレベルが上がったら教えてくださいね? どのくらいの経験値が流れてるのか知りたいので」


「に、にじゅはちっ!! んはちっ!! いまぁっ! いまはちいいぃぃぃっ!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡アアアアァァァァァッ!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡にじゅきゅっ! きゅっ! きゅううぅぅぅ!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

※指先を触れ合いながらレベルアップを申告しているだけです。


 凉夏さんの目の焦点が合わなくなってきた。そろそろ限界だろう。一度だけキュッと凉夏さんの手を握り、すぐに離す。柔らかくて、熱くて、少ししっとりしていた。


「!?!?!?!? さん、じゅううううぅぅぅぅぅ!!!! ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

※お手手を繋いだだけです。


 凉夏さんが一際大きくビクリと身体を跳ねさせて、布団に顔を押し付け、荒く息をする。


「とりあえず三十まで到達だね、おめでとう!」


「た、たつや……お、お前……覚えてろよ……」


 熱っぽい目で、何故か睨まれる。無言でそっと手を凉夏さんの顔に近づけた。


「ああああああウソウソウソウソウソ! ウソに決まってんじゃん! ありがとう! ありがとう達哉! すっげー感謝してる!! ああもうっ!」


 グシャグシャとどうにもならない感情を振り払うかのように頭を掻き、凉夏さんはふらつく足取りで立ち上がる。


「どこいくの?」


「……っ! お風呂! いちいち聞くなよ童貞っ!!」


 凉夏さんは吐き捨てる様に言うと、壁にもたれながらも何とか歩き、お風呂場へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る