第7話 アイドルダイバー
あのスケベできなかった日以来、俺は時々凉夏さんと話すようになった。いつも夕方の六時か七時にはバイトをあがるらしく、そのままコンビニ前でアイスを食べてだべったり、家に来てご飯を作ってくれたり。
エプロンを付けて台所に立つ凉夏さんを見て、彼女がいたらこんな感じなのかなーなんて、そんなことを考えてみたり。
「ほい、お待たせー」
「うわー、うまそ!」
今日作ってくれたのは麻婆豆腐。俺にはこの麻婆豆腐に何の調味料が使われているかさえ分からない。料理できる人ってすげぇ。
ちなみに食材費は俺持ち。俺は美味しいご飯を食べられて、凉夏さんは食費が浮いて、どちらもハッピーという訳である。
「最近はどう? 経験値溜まってる?」
「んー、あんまりかなぁ。あんまり良い人いなくて……ダンジョンに潜った方が早く強くなれるかも知れないけど、さすがに装備もなしに飛び込むのは危なすぎるし……」
「そっかー……」
「まぁ、お母さんの容態も安定してるし、地道にヤッてくしか無いかなー」
どうやらあまり順調とは言えない様だ。
暗い話題を断ち切るように、凉夏さんがテレビの電源を入れる。
『それでは歌っていただきましょう。TrinitySpark(トリニティスパーク)の三人で、【
「お、トリスパだ」
凉夏さんが液晶に映るアイドルを見て箸を止める。
「トリスパ?」
「え、知らないの? 最近急に人気が出てきたアイドルダイバーだよ」
「アイドルダイバー?」
「そ。ダンジョンダイバーもやってるアイドル。達哉マジでこういうの疎いよねー。でも知らないなら見てみると良いよ。アイドルの常識が覆るから」
テレビに目を向けると、そこには女の子が三人。白髪の子と、桃髪の子と、青髪の子。光量を落としてあるのか、暗めのステージに俯いて立っている三人。短いイントロが終わり、曲が盛り上がると共に揃って顔を上げる。
「うわ、すっご!」
途端、三人のアイドルが輝き出した。いや、比喩的な表現ではなく、本当に物理的に輝いているのだ。三人の踊る手の動きに尾を引いて、白、ピンク、青の光の残像が重なる。
「レベルが上がるとオーラ量も上がる。そしてオーラを放出すると身体が光るんだ。まさかそれをアイドルと掛け合わせるなんて、すごい発想だよね」
三人のアイドルはアイドルでありながら、自らが舞台装置となり、歌い踊る。
男性にはあり得ない跳躍力や、時には魔法やスキルまで使用して、観客を魅了する。
とりわけ目を引くのは、真ん中の白い髪のボブカットの子だ。どちらかと言うと大人しそうな雰囲気の顔だが、その瞳に強い意志を感じる。流れる汗までもが綺麗だ。
「ゆらりん、可愛いよね」
「ゆらりん?」
「白い髪のセンターの子。あの髪、地毛らしいよ」
「へー、アイドルになるために産まれてきたって感じ。俺には遠い世界の話だなぁ」
テレビから目を離して、麻婆豆腐を食べる。遠い世界の話より、目の前の旨い飯の方が大切だ。
「やっぱ凉夏さんの料理旨い! めっちゃ米進む!」
そう言って箸を進める俺を、少し呆れたように、でもどこか嬉しそうな表情で見て、凉夏さんが言う。
「アイドルの常識が変わるってのに、麻婆豆腐のが大切かよ」
「旨いもん、これ」
「そーかよ。サンキュー」
凉夏さんがニシシと笑う。その笑顔に『アイドルより凉夏さんの方が可愛いよ』なんてセリフが浮かんだけれど、麻婆豆腐と共に飲み込んだ。
◇
状況が変わったのは、肌寒い日が増えてきた秋の日だった。いつものようにコンビニに行くと、元気のない表情でレジに立っている凉夏さんが目に入った。
「あ、達哉……」
「どうしたの? 元気ない?」
「ん、まぁね。今日、達哉んち行っていい?」
「良いよ。ご飯どうする?」
「アタシは要らないや。もうすぐあがるから、待ってて」
いつもカラリとしている凉夏さんがこんなに落ち込んでいるのは珍しい。嫌な予感を覚えながらコンビニ前で待っていると、俯いたまま凉夏さんが出てきた。
無言のままアパートまで歩く。クシャリクシャリと落ち葉を踏む音だけが秋の高い空に消えていく。
部屋に入り、コーヒーを淹れる。凉夏さんはブラック、俺はミルク入り。ちょっと悔しい。
コーヒーを飲んでホッと一息ついて、凉夏さんが少し乾いた唇を開く。
「お母さんの話、前したよね?」
「うん」
「石化病がさ、進行しちゃっててさ……」
「……うん」
「心臓付近に、転移、しちゃったみたいで……」
「……」
ポツリ、ポツリ。青い瞳から、雫が落ちる。胡座を書いた足に落ち、流れ、絨毯に綺麗な点を作る。
「あと……あと一年……持つか、どうかって……ふぐ……」
俯いて、ポタポタと涙をこぼす。そんな悲痛な凉夏さんの様子に胸が締め付けられながらも、あぁ、こうやってきれいな水をたくさん失ったから、唇が乾燥しちゃったのか、なんてことを頭の片隅で考えていた。
「達哉……どうしよう……間に合わなかった、間に合わなかったよ……アタシ、全然強くなれてない、ダンジョンになんて潜れないよ……」
「凉夏さん……」
「経験値を沢山持ってる人を探すだなんて、そんな他人任せなことを考えてたアタシが間違ってたんだ。バイトなんてしてないで、地道にダンジョンに潜って地味に強くなってたら、軟金桃を見つけられてたかも知れないのに……アタシは馬鹿だ、アタシは間違えたんだ、アタシのせいで、お母さんが、死んじゃうんだ! ……うああああぁぁ!!」
凉夏さんが俺の制服を掴み、泣き出す。そんな凉夏さんの背中を撫でることしか、俺には出来ない。
何分泣いていただろうか。多分、十分くらい。
凉夏さんは目をぐしぐしとこすり、顔を上げる。薄い化粧が取れて、目の下を赤くしているけれど、それでも綺麗でカッコいい。
「ごめん、達哉。落ち着いた」
「ううん、俺は全然」
「あー、あと一年かー。一か八か、ダンジョンに突っ込んで行ってみるかなー。もしかしたら超絶運良く、軟金桃を見つけられるかもしれないし」
冗談交じりな口調だが、凉夏さんの目は据わっている。それで死ぬならそれでいいと、覚悟が決まってしまっているんだろう。
でも、俺は凉夏さんを死なせたくない。
だから
「ねぇ、凉夏さん。一つ提案があるんだけど、聞いてくれる? 多分凉夏さんの選択は、間違ってなかったと思うよ」
ださら、彼女に選択肢を与えることにしたんだ。
ダンジョンに突っ込んで死ぬか、快楽で死ぬかの選択を。
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