第6話 貞操観念じじいかよ

 気を取り直したのか、凉夏さんが再度詰め寄ってくる。


「いや、なんでそうなるんすか」


「だってせっかくそう言う雰囲気になったんだし、アタシ結構君のこと気に入ってるしさ」


「あの……」


「いいじゃんいいじゃん。もしかして初めて?」


「初めてっすけど……」


「アタシも経験値無い男の人は初めて。ちょっとどんな感じか気になるし」


 凉夏さんは俺の腹の上に跨って、ニヤリと笑う。そのまま俺の服を捲り……俺は涼夏さんの肩を掴んで止めた。


「いや、駄目っすよ。今日会ったばっかりなのに」


「いやいや、認識はしてたでしょ。半年前位から」


「でもお互い名前を知ったのが今日ですし。付き合ってもいない男女がこういうことするのは……」


「貞操観念じじいかよ」


 凉夏さんの肌に直接触れないように抵抗していると、その唇が拗ねたように尖った。


「なんだよ、アタシとヤるの、そんなに嫌?」


「嫌じゃないですし、気持ちはむしろウェルカムなんですが、そうはいかない事情があるんすよ」


「何だよ事情って」


 エッチなんてしたらあなたが快楽で死んじゃうんすよ、とは言えるわけもない。


「あ、もしかしてイスラム教? 今日の肉野菜炒め豚肉使っちゃったけど大丈夫だった?」


「や、違いますけど」


 イスラム教徒ってエッチしちゃ駄目なの? 豚食べちゃ駄目なのは知ってるけど。


「ま、でも理由があるなら仕方ないか。無理強いするもんでもないしね」


 凉夏さんはそれ以上文句を言うことも無く、スッと俺の上から退いた。そのまま伸びをする。細いウエストに可愛らしいおへそが見えた。


「じゃ、食器片付けちゃうね」


「あ、はい。ありがとうございます」


「そろそろ敬語やめろし」


 ニシシと笑い、何事もなかったかの様に食器の片付けを始める凉夏さん。綺麗な声で、俺の知らない歌を口ずさみながら。

 綺麗な横顔に、青い瞳。小さくはない胸がブラウスを持ち上げている。健康的な太ももを惜しみなく晒す短いスカートが揺れる。

 控えめに言ってめちゃくちゃ可愛くてカッコいい。こんな子とエッチが出来たらどんなに幸せだろうか。


「よし、片付け終わりっと。達哉、それじゃアタシそろそろ……達哉?」


 うぅ、俺の経験値が本当に【無】だったら、今日童貞を卒業出来たのに……。俺、一生童貞のまま死ぬのかな……


「え、達哉なんで泣いてんの!? なんかヤだった!?」


「ううぅ……スケベ、したかったよぅ……」


「はぁ!? だったらさっきヤれば良かったじゃん! 意味分かんないんだけど!」


 ハラハラと涙を流す俺を、困惑しながらも宥めてくれる凉夏さん。ほんと、良い人だなぁ。



「落ち着いた? ダイジョブそ?」


「はい。すみません、みっともないとこ見せちゃって」


「別に良いって」


「帰る時間も遅くなっちゃったし……」


 時計を見ると、八時を回っていた。健全な高校生は家に帰る時間である。


「いいっていいって。帰っても誰もいないんだしさ」


 そう言えば一人暮らしって言ってたな。


「あの、失礼なこと聞いていいっすか?」


「場合によっては殴るけど、良いよ」


「えーっと。結構いろんな人と、その、ヤッてるんすか?」


「そんなこと? うん、まぁね。経験値多い人とはなるべくねー。ま、今の時代、別に珍しくもないっしょ」


 何でもないかの様に、凉夏さんが答えた。


「レベル上げたい理由があるんすか?」


「あー……っと。まぁそんな感じ。楽しい理由じゃないんだけど、聞く?」


「よければ聞きたいっす」


 凉夏さんが居住まいを正してから、話し始める。


「アタシのお母さんさ、石化病なんだよ」


 石化病。それは身体が石のように硬くなってしまう病気だ。手先、足先から硬直が始まり、どんどん石化の範囲を広げていく。肺や喉まで来たら呼吸困難で、心臓に到達すれば心停止、先に脳がやられる場合もあるらしい。とてもおそろしい病気だ。


「ダンジョンにさ、石化病を治す効果を持った植物があるんだ。軟金桃なんきんとうっていう名前だったかな。石化病にしか効かない上に、結構レアな植物だから供給が少なくてね。とてもじゃないけど手が出せる値段じゃないんだ」


「だから強くなって、自分で取りに行きたい、ってことっすか」


「そ。まだまだ全然レベルが足りないんだけどさ。だからコンビニでバイトして、目ぼしい男の人を探してるってわけ。装備を買うお金も欲しいしね」


「お母さんは、その、まだ大丈夫なんすか?」


「うん。もう歩けなくなっちゃったけど、すぐに死んじゃうことは無さそう」


 まぁ、いつまでもつかは分からないけどさ、と凉夏さんは小声で付け足した。


「ごめんごめん、暗い話になっちゃった」


 暗い雰囲気を振り払うように、凉夏さんはあえて笑顔でいう。


「まぁ、そんな感じ。達哉も早く事情って奴が片付いてスケベ出来るようになるといいね」


「ほんとっすよ」


「その時は言ってよ。相手したげる」


「マジすか! お願いします!」


 俺が即答して頭を下げると、凉夏さんがカラカラと笑う。


「プライド無しかっての。んじゃ、アタシは帰るね。今日は楽しかった。担々麺ばっかりくってんなよー」


「うぃっす。ちょっとは自炊がんばります」


 凉夏さんは背中越しにヒラヒラと手を振ると、振り返りもせずに帰っていった。最後までかっこよすぎかよ。


「あーあ。スケベしたかったなぁ」


 俺、いつになったらスケベできるんだろうなぁ。

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