第4話 そこに無いなら無いですね

「しゃせー」


 コンビニに入ると、やる気のないバイトの声が聞こえた。レジにはギャルがひとり。ギャルと言っても、けばけばしい感じはしない。明るい髪色とダルそうな態度から、勝手に俺がギャル店員と認識しているだけだ。

 金髪のショートボブ、切れ長の目、薄い唇。コンビニの制服は着崩されており、手首にアクセサリーがひとつ。耳に青いピアス。そして、青みがかった瞳。

 金髪のカッコいいギャル。そんな感じの雰囲気だ。ということはつまり、俺の苦手なタイプである。ああいう己の道を貫いている人を見ると、自分がどうしようもなく幼稚に思えて萎縮してしまうのだ。

 こちらを一瞥もせずにスマホを弄り続けるギャルの視界にあまり入らないように移動し、今晩のご飯を物色する。

 俺のお気に入りは冷凍食品の担々麺。解凍の手間は掛かるが、絶妙な辛さでとても美味いのだ。

 しかし、担々麺ばかり食べていると食生活が偏ってしまうため、今日は違うお弁当にしようか。いやいや、やはりここはいつもの担々麺を……

 そんな非常に無意味な思考を延々と繰り返していると、レジから怒鳴り声が聞こえてきた。


「店員なら店員らしくしっかり立ってろ! これだから最近の若い奴は!」


 ビクリと肩を竦ませて声の方を見ると、ハゲ&デブなおっさんが金髪ギャルに怒鳴っていた。

 ギャルの方は迷惑そうな顔をしながらも、怯えた様子は無い。


「お探しの商品でもございますかー?」


「お前のその態度の話をしているんだ! お客様を敬う気持ちは無いのか!?」


「あー、そこに無いなら無いですねー」


「お前……っ! 年長者を馬鹿にするのも大概にしろ!!」


 世界にダンジョンが発生したのは三十年ほど前の話だ。それまでは、男尊女卑とまではいかないが、それに近い風潮があったらしい。だから未だにご年配の男性の中には、女性に強くあたる人がチラホラといる。


「だいたい何だその耳は! 親から貰った大切な身体に穴を開けるなんて何を考えているんだ!」


「あーはいはい。お客様も親御様に頂いた大切な御身体が醜く太っている様ですが。お勧めはあちらのサラダチキンになりまーす」


「こ、この社会のゴミが!!」


 ギャルが煽りに煽るもんだから、おっさんもどんどんヒートアップしていく。別にあのギャルを助ける必要は無いとは思うけど、早くレジを開けてもらわないといつまでたっても担々麺が食べられない。

 仕方が無いので、俺は俺の武器を使うことにする。

 俺の身長は178センチ。そこそこ高いほうだ。そして経験値が全ての現代においては無用の長物だが、多少は顔が良い。前髪を上げて背筋を伸ばせばまぁまぁ威圧感が出る。

 凄みを出すためと、相手の顔を見なくて済むようにメガネを外し、アイスを持ってカウンターの2人に話しかける。


「ねぇ、ちょっといい?」


「あ!? なんだ! まだ話の途中……だぞ……」


 勢い余ってこちらにも怒鳴ってきたおっさんの声が、俺の姿を見て尻すぼみに小さくなっていく。こういう輩はデカい男に弱いのだ。


「ごめんなさい、おじさん。俺、アイス買いたくてさ。早くしないと溶けちゃうから」

 

 ここで敢えて柔和な笑顔で頭を下げる。こうすることでおっさんは『若い男が自分に頭を下げている』という事実に気を良くして、怒りを収めてくれるのだ。


「ふ、ふん。まぁいい。次からは客を敬う気持ちを持って接客しろよ」


 吐き捨てる様に言い去っていくおっさん。


「はーい。敬う気持ちの在庫を補充しておきまーす」


 おっさんを再度焚き付けるようなギャルのセリフは、幸い自動ドアのベルの音に掻き消された。


「ふぅ。あ、すみません。これ、お願いします」


 俺が担々麺と食べたくもないアイスをレジに置くと、ギャルが驚いたような目でこちらを見ていた。


「え、もしかして担々麺君?」


 誰っすか、その美味しそうな人は。



「いやー、さっきは助かったよ。サンキューね?」


「あ、いえ別に。大したことはしていないので」


「まさかあの担々麺君に助けられるとはねー。いつもむっつりして俯いてるから、陰キャなのかと思ってたよ」


 バンバンと俺の背中を叩いてカラカラと笑うギャル。ギャル怖い。

 あの後、会計を済ませてさっさと帰ろうとした俺に『アタシもう上がりだからさ。ちょいまってて』と言い、入れ替わりのバイト君が来た直後にすぐに着替えて出てきた金髪ギャル。俺は何故か、そのギャルとコンビニ前で駄弁っている。俺が買ったアイスを二人で食べながら。2つに分けられる系アイスで良かった。

 

「つーか、顔悪く無いんだから、前髪上げとけば良いのに」


「いや、今の時代男の価値なんて経験値だけじゃないすか。無駄に期待されて落胆されるの、嫌なんで」


「担々麺君って経験値低いん?」


「まぁ、そんな感じです。ていうか担々麺君ってなんすか?」


 あまりに自然に『担々麺君』っていうもんだから受け入れそうになってしまった。

 

「え、だって君、いつも担々麺しか買わないじゃん」


「いや、しかってことは無いと思うっすけど……」


「アタシがレジしてる時は担々麺しか買ってないよ? 担々麺以外を買った記憶ある?」


「……」


 記憶を辿って見たが、確かに担々麺しか買ってない。毎回悩みはするものの、結局担々麺を選択してしまう。


「いつもいつも色々真剣に悩んで、でも結局担々麺を買うから、担々麺君」


 とても安直なネーミングだ。


「もしかして一人暮らし?」


「あ、はい。訳あって地元から離れたくて」


 由良ちゃんのことを知っている人たちがいない、誰もいないところに行きたかったから、親から一人暮らしの許可を貰って今の高校に入った。


「ふーん。まぁ、親から離れたい気持ちも分かるけど、親孝行は出来るうちにしときなよ」


 その通りなんだろうけど、金髪碧眼ギャルから出てくるにしては意外な言葉だ。


「似合わないセリフだなって思ったっしょ」


 どうやら表情に出てしまっていた様だ。


「あーっと。はい。正直意外っす。あんまりそんな風に見えなかったんで」


「アハハハ、正直じゃん」


 またもやバシバシと俺の背中を叩いて笑うギャル。


「アタシはアタシの好きな格好してるってだけなんだけどさ、勝手にレッテル貼られるんだよねー。ギャルとか、不良とか、ヤンキーとかさ。金髪だったらヤンキーだなんて、そんな方程式どこにもないのにさ」


「えっと、ごめんなさい」


 俺も勝手にギャルだと決めつけていた。思わず謝ってしまう。


「別にいーよ。アタシだって担々麵君の事陰キャだって決めつけてたし」


「いえ、陰キャなのはその通りなんで」


「前髪上げてビシッとしてれば誰も陰キャだと思わないって」


 そんな他愛の無い話を、アイスを食べ終わるまで続けた。なかなか切り上げ時の分からない会話に、早く開放してくれと思いながらも、心のどこかでずっとこのギャルと話していたいなと思う気持ちも混ざる。

 夕日が沈もうという時間になって、ギャルが気が付いたように言った。


「あ、そういえば今日も担々麵買ってたじゃん! それ、ダイジョブそ?」


「あー、まぁ溶けちゃってますけど。別に食べられなくはないんで」


 レジ袋を覗くと、かつてカチカチの冷凍担々麵だったものは、ぐにゃりと力なく横たわっていた。


「ありゃー。ごめん、アタシが引き留めちゃったばっかりに……」


「いえ、いいっすよ。どうせ温めるんですし」


「でもそうなっちゃったら多分美味しくないよね? ていうか毎日毎日担々麵ばっかり食べてたら体に悪いよ? あ、そうだ」


 あ、嫌な予感。


「助けてくれたお礼にさ、作ってあげるよ。晩御飯」


 的中。

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