第3話 隻腕のバーサーカー

 翌朝学校へ行くと、クラスメイトの榊原が早速とばかりに話しかけてきた。


「無良! サガラッチェ先生の話、聞いたか?」


 榊原の言葉を聞いて、心臓が跳ねた。


「えっと、聞いてないけど……何があったの?」


「先生やめて、ダンジョンダイバーに復帰するんだって!」


「へ?」


 榊原の言葉は予想外のものだった。とりあえず、死亡したとかの話ではなくてホッと息を吐いた。


「めっちゃ突然じゃん」


「なんか、噂によるとめちゃくちゃレベルが上がって強くなってたらしいよ! 引退した後にめちゃくちゃレベルがあがるってさ、つまり、そういうことだよな……サガラッチェ先生、やるなぁ」


「おいおい、あんまり下世話な想像するなよ」


 ダンジョンダイバーを引退した後にレベルを上げる方法、つまり経験値を得る方法は一つしかない。そう、男性から経験値を吸い取るしかないのだ。

 そしてその方法は『性的肉体接触』である。昨日の相楽先生の言葉を借りるのであれば、『粘膜を接触させた激しい性行為』だ。

 榊原に注意して置いてこういうこと考えるのもアレだが、相楽先生美人でスタイルいいから、たくさんの男性と日々オセッセに励み、経験値を得ていたのだろう。そうじゃなきゃ、ダンジョンダイバーに復帰できるほどレベルアップ出来る経験値は得られないだろう。


「……あ」


「どうした?」


「あ、いや。何でもない」


 いやいやいや、大量の経験値って、ほぼ確実に昨日の俺のせいだ。昨日先生が俺の二の腕を掴んだ瞬間、大量の経験値が流れ込んだに違いない。

 まぁ、ともかく相楽先生が生きていて本当に良かった。



「無良、いるか?」


 夕方のホームルームが終るとすぐに、教室に相楽先生が顔を出した。今話題沸騰中の相楽先生からの呼び出しとあって、教室中の視線が俺へと突き刺さる。


「昨日の反省文っすよね。持ってきてます」


 反省文なんて無いのに、適当に折りたたんだプリントをヒラヒラと振って応える。クラスの視線が霧散した。

 変な噂を立てられても困る。


「あ、ああ。保健室にまでついて来い」


 俺の言動の意図を理解したのかしていないのか、先生が話を合わせてから歩きだす。


「おい無良、反省文って何のことだ?」


「今学校中でいろいろ噂されてる相楽先生からの呼び出しっすよ? 俺まで変な噂が飛び火したらどうするんすか。だから保険っすよ、保険。これなら『無良の奴が何かやらかしたんだろう』で終わるじゃないすか」


「……すまない。軽率な行動だった」


「分かっていただけたなら良いっすよ」


 小声で話しながら廊下を歩き、保健室へ。


「入れ」


「ういっす」


 促されて保健室に入り、椅子に座る。


 ――カシャン、パチン


「かしゃん? ぱちん?」


 変な音がして、部屋の電気が消えた。窓から差し込む夕日が、白の保健室を橙に染める。


「え……っと、先生?」


 保健室の入り口に首を向けると、電気を消した先生がゆっくりとこちらを向いた。横顔が夕日に照らせて、紅く妖艶な雰囲気が溢れ出している。


「これで、助けは来ないな」


「どういう事ですか?」


「保健の授業で毎回言っていただろうが。『お前たち男性は喰われる側だ。信頼できる相手でも絶対に油断するな』、と」


「……せんせ?」


 いつも凛としていてカッコいい女性である相楽先生が、熱っぽい瞳を俺に向けてきた。


「授業を聞いていなかった、無良が悪いな。あぁ、無良、お前が悪い。私の授業をちゃんと聞いていなかったお前が悪いんだ。だから、悪い生徒にはお仕置きが必要だ」


 潤んだ瞳のまま、まるで自分に言い聞かせるように相楽先生がつぶやく。


「先生。俺、経験値ゼロっすよ? 気をつける必要なんて無いじゃないっすか」


「ふふ、とぼけるなよ、無良」


 少しずつ、先生が近づいてくる。


「ありえないんだよ、お前しか。昨日、お前がこの保健室に来て、いつの間にか私は意識を失っていて、起きた時には信じられないほどレベルアップしていたんだ。お前から経験値を貰ったとしか、思えない」


「……先生がいきなり寝ちゃったから、勝手に帰ったっすよ、俺。寝てる間に誰かに変なことされたんしゃないっすか? レイプとか。それで経験値貰ったんじゃ」


「私は処女だ。起きた時も股に違和感は無かった」


 いきなりなんつー暴露してるんだ、この美人教師は。


「お前のその【無】の文字。それ、入れ墨シールか何かだろう? たまにいるからな、万だの億だののフェイクシールを身体に貼って、女性を騙す輩がな。まぁ、低い数値にする奴は聞いたことがないが。しかし、昨日のレベルアップで合点がいった。無良。お前、めちゃくちゃ経験値を持っているんだろう?」


「……」


 当たらずとも、遠からず。


「頼む、無良。私と、シてくれ」


「せんせー、何言ってるか、分かってるんすか? 生徒に手を出すってことっすよ?」


「別に教師をクビになったって構わないさ。私はダンジョンダイバーに復帰する。あそこは柄の悪い奴らばかりだ。前科一犯なんて、アクセサリーでしかない」


「そういう話をしてるんじゃないんすよ。先生みたいに真面目な人が、正しい人が、非力な生徒を悲しませるような事して、いいんすかって聞いてるんすよ」


 俺の言葉に、先生は顔を歪めた。


「それ、は……」


「先生は、間違ったことが大嫌いじゃないすか。僕たちが悲しい思いをしないように、熱心に授業してくれたじゃないすか。なのに、その先生が、その先生自身が生徒を悲しませるなんて、そんなこと、しないで欲しいっす……」


 情に訴える作戦は存外に効いたのか、相楽先生は俯いてしまった。


「……すまない。舞い上がっていた。バカだな、私は。教師失格だ」


 相楽先生がポツリポツリと話し出す。


「ダンジョンはな、私の幼少期からの夢だった。仲間たちと最前線に立ち、新しい世界を切り拓いていく。それが、私の夢だった。まぁ、早々に潰えてしまったんだがな」


 先生が左肩、その先が無くなってしまった肩を握る。


「昨日、目が覚めた時に身体に活力が湧いていて、まさかと思ってレベルを確認すると、どうだ。信じられないほど上がっていたんだ。目を疑ったよ。そして胸が高鳴った。同じ量の経験値をもう一度得られれば、私は最前線に戻れる。例え隻腕だとしても、他のダンジョンダイバー達と肩を並べられるほど強くなれると。私を置いて行った仲間たちと、もう一度前線に立てる、とな」


 涙が溢れたのか、先生が目元をそっと拭った。


「無良。すまなかった。私はバカなことをした。自分の夢のために生徒に手を出すなど、あってはならない。教師の前に、人間失格だ。まぁ、なんだ。理由はわからないが、レベルが上がったことには変わりはないんだ。また地道にがんばるさ、ダンジョンダイバーとしてな。無良、もう帰って……」


「せんせ」


 俺は立ち上がり、先生に近づく。


「先生は、やっぱり良い先生っすね。俺、先生のこと尊敬するっす」


「やめろ、こんな駄目教師を尊敬するな」


「やめないっすよ。そして、俺はそんな尊敬する先生に死んでほしくないっす」


 もし先生がダンジョンダイバーに復帰するのなら、それは確実に俺のせいだ。そしてダンジョンダイバーは常に命を危険にさらされる職業である。


「先生、俺、先生に強くなって欲しいっす。簡単には死なないように。隻腕でも戦えるように。ちゃんと、生きて地上に帰ってこられるように」


「無良、お前……」


「せんせ。これが最後っすよ。そして、絶対秘密っすよ」


「む、無良……」


 俺が触れるほどに近づくと、先生の瞳が発情で揺れた。

 相楽先生は生徒と真摯に向き合える良い先生だった。そんな先生に生徒に手を出しただなんて罪悪感を抱えて欲しくない。

 だから、手を出すのなら、俺からの方が良い。


「せんせ、快感で死なないように、耐えてね?」


「む、無良……ア……」


 先生が何か言う前に、俺は手袋を外して先生の頬に触れる。

 ビクンと、その身体が跳ねた。


「♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡カン♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンンッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡チェ♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンンンンンッッッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ジュ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンガアアアァァァァァ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡アアアァァァァァ♡♡♡♡♡」

※頬に手を添えているだけです。


「せんせえええええぇぇぇぇーーー!! 耐えて、耐えてせんせええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!」


「♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡カンンンッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡チェ♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンンンンンッッッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ジュ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ンガアアアァァァァァ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡アアアァァァァァ♡♡♡♡♡」

※頬に手を添えているだけです。


「せ、せんせえええええぇぇぇぇーーーー!! がんばれっ、がんばれせんせええええぇぇーーーーーーーー!!」


『隻腕のバーサーカー』の異名を持つダンジョンダイバーが産まれるのは、もう少し先の話である。

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