第2話

 その日の晩。風呂やご飯を済ませたロクが自室に戻ると、狙ったかのようなタイミングでスマホからピロンと通知音が鳴った。

『作業通話ぼしゅう、ヒマ?』

メッセージの主の名を見れば、れいちゃんとの表記だ。

『いけます、いつもの鯖でいいですか?』

返信についたサムズアップのスタンプを見ながら、ロクはイヤホンを耳に着ける。


通話中のボイスチャットに入るなりかけられた声は、明るくさっぱりとしていた。

「ハロハロー。一二三から話は聞いたよ、今日は楽しめたみたいじゃない」

「れいちゃんが紹介してくれたおかげです。ありがとうございます」

「いいのいいの。それと、今日からウチもろっくん呼びでいいわよね」

あっけらかんとした呼び名の変更の提案をうけて、淡々とした返しに少し苦笑がにじんでいる。

「いいですよ。いまさらだしちょっと変な感じですけどね」

「ほんとよね、かれこれ半年ぐらいの付き合いなのに。でもイマドキ本名でネットやってたろっくんが珍しいだけよ」

けらけらとした笑い混じりの返答。

「そりゃ始めたばっかりだったし。そんな笑うなら教えてくださいよ」

それに抗議する声は、学生らしい素直さで拗ねていた。

「ごめんごめん、笑いすぎた。教えてくれる友達はいなかったの?」

「みんな本名だし気にしてませんでしたね」

「あー、イマドキの若い子はそうなのかもね」

「れいちゃんもまだ20代でしたよね」

「一応ね……言わせないでよ、悲しくなってくるわ」

そうは言いつつ、おいおいと泣き真似を混ぜるあたりに余裕があるのだろうか。しかしロクはそれに対して上手い返答は持ち合わせていない。


いつも通りの小気味よいリズムでの会話は、寄せては返す波のように続いていく。お互いに踏み込みすぎる手前で引いて、ほどよい軽さの触れあいが心地よい。

二人でしばらく会話していると、れいの声にタイピングやマウスの操作音が混ざりこむことに気づいたようだ。


「ところで、今はなんの作業をしてるんですか?」

「いまはね、ココフォリアの部屋作りしてたのよ。いい感じの素材もBGMも揃ったから、もうすぐ完成するかな」

耳慣れない単語にロクは首をかしげる。

「ここふぉ……なんですか?」

「ココフォリア、知らないか。TRPGのオンラインセッション用のツールでね」

ピコンとチャット欄にURLが貼り付けられた。

「百聞は一見にしかずよ。それウチが今作ってる部屋だけど、ほぼ完成だから開いてみて」

「ノーパソとってくるんで、ちょっと待ってください」

「ほーい」

ロクがノートパソコンを起動し送られたURLのリンクをクリックすると、陽気な南国を思わせるBGMとともに砂浜の背景とタイトルが表示される。左側には駒と思われるアイコンがいくつかあり、サイトの右側にはチャットが用意されているようだ。

「なんか分かんないけど、すごそうです」

「お姉さんが使い方をレクチャーしてしんぜよう。明日は土曜だし休みよね」

ロクの肯定に、テンションを上げたコールが返ってきた。

「よーし、今から突発卓やろうよ。今夜は寝かさないかんね」

れいがビシッとデスクトップの画面に人差し指を向ける。その姿はロクの脳裏にもありありと思い浮かんでいるのだった。

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ダイスの女神は微笑まない 岩崎 文弥 @IWAYAMA2331

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