五章ー3
※非公開部分からの続き
◆
ユーフェの逆鱗に触れたロスは、村長の嘆願のかいもなく、法にのっとって処罰をされることになった。村の裁判で、他にも被害者がいることが判明したのだ。そのうちのいくつかは村長が金を払って解決していたので、その分は示談成立でまとまったが、泣き寝入りしていた者は訴え出た。
村を追い出されるのではと怖くて言い出せなかったらしい。
尻を棒叩き十回の上で、町のほうの刑務所に入れられ、無償労働三年に決まったそうだ。一人息子を可愛がっていた村長は、息子のしたことを棚に上げて、被害者のことを恨みを込めてにらんでいたが、逆にユーフェににらみ返されて、すごすごと引き下がった。
「他の人達、村にいづらくならないかな?」
裁判が終わった後、剛樹はジュエルに会いに行って、村の様子を伺った。
「村長の権威が強くたって、あんまり横暴なら、村長を変更する裁判をするから大丈夫だよ。……って、父さんが言ってた」
「そっか」
「塔まで送っていったのに、あんなことになってごめんな」
ジュエルはすっかり落ち込んでいて、耳も尻尾も元気がなくしんなりしている。
「いや、相談したいって話しかけられて油断した俺も悪いから……。俺、まさか自分がそういう目にあうなんて思わなくてさ。人族の間だと、全然モテないから」
「モリオンは良い人族だ。気付いてないだけで、好かれてたかもしれないぞ」
「分からないけど……。エルは弟を守ってたんだろ? 俺を塔まで送ってくれてたのも、ロスを警戒してたからかな。ありがとう。エルは良いお兄さんだね」
「あいつのクズっぷりはよく知ってたからな。でも、村長夫人の座を狙って、体を許してる奴もいたから、俺達が騒ぐわけにもいかなくてさ。大人達もそこんとこを分かってるから、ロスに目を光らせてたけど、放ってたところもあるよ」
その放置がロスを付けあがらせたところもあり、村全体の責任でもあると考えているらしい。
「エルのせいじゃないから、気にしないで。ユーフェさんが助けてくれたから、未遂で終わったし……」
「王子様、カンカンに怒ってたな。なあ、モリオンってもしかして王子様と結婚すんの?」
「へ?」
ジュエルに問われて、剛樹は目を丸くする。
「しないよ。だって、俺、男だし」
「うん。だから?」
「あ、そうだった。俺のいた所、ここからずっと遠くてさ。男女で結婚するのが普通だったんだ。同性婚はやっと認められ始めたくらいだったから、ここの常識になかなかなじめなくて」
「そんな所もあるんだ? それじゃあ、その同性への警戒心の薄さも分かるなあ。王都に行くなら気を付けろよ、都市のほうがいろんなのがいるからさ。まあ、王子様がいるから大丈夫じゃないかな。あの感じ、保護者っていうより、伴侶みたいだよ」
「伴侶……」
突拍子もない言葉に、剛樹は戸惑いを隠せない。
「えっと、顔をなめるのは、銀狼族ではどういう意味……?」
ユーフェは理由を話さなかったが、もしかしてあの夜のことは意味があったのだろうか。念のために確認すると、ジュエルは笑った。
「ははっ、王子様に顔をなめられたの? 完全に子ども扱いじゃないか! 赤ん坊にするんだよな」
「赤ちゃんに……」
ほっとしたような、がっかりしたような。不思議な気持ちで、剛樹は呟く。
「じゃあ、違うのかな。どっちにしろ、銀狼族は愛が重いし、嫉妬深いから。既婚者には近づきすぎないようにな。浮気だと勘違いされて殴られたら、お前、死にそうで怖いし」
「う、うん。そうだね。気を付ける」
想像しただけで、ふっとばされて撃沈する自分の姿が見え、剛樹は悪寒で震えた。
「それじゃあ、行くね。お土産、買ってくるよ」
「それなら日持ちする菓子がいい。獣人向けでな! そしたら家族皆で分け合えるから」
「うん、分かった。またね」
ジュエルに手を振り、剛樹は村の北門のほうへ向かう。すでに王宮からの近衛兵が来ており、牛がひく荷車に荷物を詰め込んで待機している。剛樹はユーフェと同じ牛車に乗る予定だ。
本当はとっくに旅立っている予定だったが、ユーフェが裁判を終えてからだと待たせていたのだ。牛車は黒に塗られ、銀糸で刺繍がほどこされた青い布で飾られている。その前で、ユーフェが落ち着きなく待っていた。
「ユーフェさん、お待たせしました」
「村の子らと、あいさつできたか?」
「はい」
「……大丈夫か?」
ユーフェは慎重に問いかける。
裁判は終わったが、剛樹の心に傷が残っていないか心配なのだろう。ユーフェ以外の銀狼族は警戒してしまうが、ユーフェの傍にいるなら平気だ。
「もう大丈夫です」
「そうか。では、行こうか」
「は……わあっ」
前触れもなく体が浮いたので、驚いた。牛車には前のほうに階段を置いて乗る仕組みのようだが、それも獣人向けだ。ユーフェが剛樹を抱えて、先に客車のほうに乗せた。
「あ、あの、俺、自分でできますから」
「気にするな。お前一人を抱えるくらい、なんともない」
「いや、そういう意味ではなくてですね」
出入り口の幕を押さえる近衛の銀狼族が、こちらをじろじろと見ている。視線が痛い。客車にはベンチとクッションが置かれており、刺繍のほどこされた美しいクッションの中で、ジンベエザメの枕が浮いていた。低反発の枕と別れがたくて持ってきてしまった。
「王子様に無礼なって言って、いじめられそうで怖いんです」
「私が後見人だから大丈夫だと言っているだろうが」
何度目かになるやりとりをするうちに、牛車が動きだした。
「俺、帰りたいです」
すでに塔が恋しい剛樹に、ユーフェは呆れをたっぷり込めて言う。
「まだ出発したばかりだろう。まったく、本当にお前は怖がりだなあ」
気が重くてしかたない。どんな場所なのだろうかと思い浮かべて、剛樹は深いため息をついた。
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