第2話 桜を哀して、愛して。

 桃の花が咲き乱れる四月。

私は、地元を離れ都内の高校へ進学することにした。

元々合格していた地元の学校を辞退して上京した。

地元にいたら由紀菜のことを思い出す気がしたから逃げるように都会へ来た。忘れたいわけじゃなくて、受け入れるために都会へ踏み出した。

曇った気持ちを抱えながら来る都会は想像していたよりも華やかではなくて、上京したての田舎者にはちょっと生きづらいかもなと感じた。

 一人暮らしは思ったよりも楽しいなと感じている。私は一人でも割と大丈夫そう。誰にも気を遣わなくていいのは楽かも。

 

 入学式当日

私は緊張なんてしていなかった。

だって誰も私のことを知らないんだもん。

なにも怯えることはなかった。方言に気をつけていればなんとかなる。

さて、ここで私の紹介がされた。

「転校生の桜居茉代さんです。みなさんうまくやりましょうね。」と担任の木場晴架先生から告げられた。

私はそこで違和感を感じてとっさに口が木場先生に問いかけていた。

「うまくやりましょうね」とはどういうことなのでしょうかと。質問した私自身も驚いてしまったけれど、聞いてしまったものは仕方がない。

「最近の子にみんなで仲良くしましょうとこちらから強制的なことを言うよりも生徒個人がゆっくりと関係をつくっていったほうがいざこざも起こらなくて私たち先生も生徒も穏便に過ごせるのではないかという個人的な意見です。私も言葉足らずでした、お気に障ったならごめんなさいね。」という答えを聞いてこちらこそごめんなさいという気持ちになりました。ごめんなさい。この会話を最後に私の紹介は終わった。

え、早くない!?

ということで、ここで開示された私のことは名前だけで定番の自己紹介の質問はされなかった。された質問はただ一つだけ。好きな花は何かという質問だけだった。私は桜だと答えた。木場先生は金木犀が好きだと教えてくれた。理由は双方似ていて懐かしい気持ちになれるから、過去を思い出せるからというものだった。木場先生は今のところミステリアスすぎて頭の中が見えないけれどこの担任なら私も上手くやっていけそうだと思えた。

ちょっと不思議なクラスだと思ったけどこれも自主性を重視しているこのクラスの特徴なのかもしれない。ゆっくり私のペースでクラスの雰囲気とかを知っていこうかと思うよ。あ、言い忘れてたけど私は女子校に通い始めました。

 

 それでなんだかんだあって五月になっててゆっくり桜を見る暇もないくらいに忙しかった。ちょっと残念だけどこの生活にも慣れてきた。忙しいと一日ってあっという間なんだなと改めて感じられた。

私の友だちは由紀菜だけじゃなかったけれど、由紀菜と過ごす時間が圧倒的に多かった。だからだろうか、この喪失感。桜が散った後みたいな感じだ。どこか他人事のように映る目の前の景色がふいに滲んだ。涙が瞳を覆っていて、そのことに私自身もびっくりで「え、なんで泣いてるの」なんて自分に問いかけちゃうほどだった。

あぁ、やっぱり思い出しちゃうよ。

由紀菜の笑顔がまた脳裏にフラッシュバックしてくる。

きれいな黒い髪を雪の結晶の髪飾りで留めていた彼女は髪に付いた雪の結晶も溶かしてしまいそうなキラキラの笑顔をくれた。インドアな私を外に連れ出してくれた。いつだって私を導いてくれた。

でも、もう彼女はいない。私はまた一人だと思うようになっていた。ここにはクラスメイトもいるし助けてくれる担任の先生もいるけど、親友はやっぱり由紀菜しかいない。

由紀菜を思い出すから都会に来た?いや違う。

私が一人でも生きていけるって由紀菜を安心させてあげたかったんだ。だから弱音なんて言ってられないんだ。

そういえば、由紀菜ママが言っていたっけ。「あの子は生前最後の最後まで茉代ちゃんのことを呼んでずっとありがとうありがとうって感謝していたわよ。」って教えてくれた。これが茉代に渡せる最後の贈り物だって。茉代にはたくさん助けられて感謝してもしきれないんだって。私だってそうだ。ありがとうをたくさん渡したかった。私は由紀菜にもらってばっかりでお返しなんてできなかった。

 それが私の後悔してること。桜はそのことをいつも教えてくれる。だから桜は大好きで大嫌いなんだ。


 桜を哀して、愛して。この先の未来も何度でも桜には巡り合うだろう。その度に私は由紀菜を思い出す。天から見守る椎名由紀菜に私は空から見上げるんだ、桜居茉代は生きていると。安心させてあげるんだ。

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天から見守る、空から見上げる。 柚月まお @yuduki_25nico

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