第5話

「やっぱ、やめようかな」

「いやいやほんとになにもしないって約束するんで!」

なんて軽い押し問答があった後、彼のピジョンブラッドルビーのような瞳から真紅の光がフッと消えて元の薄い赤眼に戻る。

途端に体がふわっとしたと思ったら、私の足が動きを止めた。

んッ!……これは?

「あっ……やった!動ける!!」

試しにタンタン、とローファーを履いた右足のつま先でアスファルトの地面を軽く小突くと私の意思で動いてついつい叫んでしまった。

解放感すごい!

自由最高だ!!!

子どものようにはしゃぐ私を呆れたようにあからさまに顔を歪めながら見上げてくる。

「うるさ、傷に響く……」

「あっ…すみません」

今のは私が悪かった。

でもガン飛ばすのはやめてほしい、眼光鋭すぎて落ち着かない。

不意につーかさ、と彼から話を振られる。

「別に俺の手当てする気なら結果的に俺に近付くんだから素直に命令を受け入れればいいんじゃねぇの?」

「……自主的に近付くのと強制的に近寄せられるのとは違うものでしょう?」

自分の思い通りにならないって気持ち悪いし、しんどい。

あと、もしなにかされたとして反撃できないのは普通に怖いと思う。

あっそ、とあっさりとした返事が返ってくる。

どうやら私の言い分に納得はしてくれたらしい。

──不意に、

「っっ!!」

しんどくなったんだろう。

もたれ掛かかっていた建物の壁から体勢を変えようと、少し身動ぎをした彼は痛みで顔を歪めるのがわかった。

って、馬鹿!

こんな悠長に喋ってる暇なんてない!

慌てて、あと数歩の距離を詰めて彼の前に膝をつき、しゃがみ込む。

近くで見るその顔は最初にそこそこの距離で見た時よりもかなり痛々しくて、自分の表情が歪む。見てるだけでこっちが痛いくらい。

「こんな痛そうなのに、よく普通に喋れてましたね…」

「…は、これでも、ッ人外なんで、俺」

「…ここでその自虐は笑えませんよ」

喋る元気はあるみたいで、軽口を叩く彼。

その間にもパッと見て見える傷の部分の様子を観察すると、とりあえず大体の血は止まっていて止血は必要そうにはないので、ほっと息を吐く。

人と比べると彼はどうも頑丈らしい。

それでも普通の人なら重症には変わりない出血量なので、とりあえず急いで鞄を探ってたまたま持っていたミネラルウォーターでハンカチを濡らして見えている肌色の部分をとにかく優しく拭く。

「ぃッて…、」

「あ、ごめんなさい…」

どうしよう、謝罪しながら拭いて少し見えやすくなった傷跡を見つめつつ、私はかなり焦っていた。

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