第3話

どきどきと弾む胸の鼓動が、私の今の気持ちをわかり易すぎるほど表している。

あー…うーあ…これ、“良くない”なぁ……。

普通に良くない兆候だけど、もう仕方ない。

だってもう私は彼に“興味がわいてしまった”。

もしかしたら死んでしまうかもなって頭の片隅で考えながらも、死んだとして……いや、考えるだけ無駄だからやめよ。

兎に角、答えが出てしまえば私として行動するしかない。なのであと数歩の距離に近付いた彼に声をかける。

「ん、あの……提案なんですけど。

絶対逃げないんで、この良くわからない力?を、やめてもらってもいいですか?」

「……は?」

未知に対する恐怖を好奇心が凌駕した私は上がったテンションの勢いそのまま告げたお願いに、鋭い目元が丸く見開かれる。

切れ長の目が見開かれるのを見ながら、意外とまん丸としてて可愛い瞳だなぁ、とぼんやり考えていると彼の戸惑った様子が伝わってきた。

「えー……っと、あんた何を言ってるかわかってる…?」

「私、変なこと言って、ますかね?……」

「まぁ、一般的に考えてそういうこと言うやつはそのまま逃げ出すものじゃない?……スプラッター映画とか」

「なるほど」

「いや、納得されても……」

言い得て妙過ぎて、納得してしまった。

そういう猟奇的な映画で命乞いした人って基本そのまま逃げ出してやられるんだよね。

セオリーといえばセオリーか。

…となると、うーん?

なら、どうやって信じてもらえばいいのか。

本気で逃げる気はもうないのに、困った。

完全に詰んだな。と思いながら、弱ったように眉を下げると、じぃーっと見ていた彼からそれはもう重そうなため息を吐かれた。なぜ?

「……なんか、力抜けたわ。

で?あんたは自分の意思で動けるようになったら俺になにすんの?」

なに…なにって……。

変なことは、する気ないし。

「あ。ちなみに俺今すごい弱ってるから殺せもするし逃げも出来るんじゃね?」

ゆるりと薄い唇で優美なしなを描きながら笑む彼は、問いかけるように首を僅かに傾げ、私の様子を伺う様はまさに手負いの獣で。

……そんなに毛を逆立てなくても、と内心苦笑してまだ歩みの止まらない足を見る。

世の中には人を殺す度胸もなければ逃げ出すことへの勇気もない人がいるってことを多分彼は知らないんだろう。

彼はきっと決断ができる強い人、なんだ。

そのことをほんのちょっとだけ羨みながら、伏せていた顔を上げて、なるべく彼を安心させられるように笑って応える。

「とりあえず手当てかな?」

「……意味わからん」

「あ!手当てって言ってもとりあえずは血を拭いて、」

「そうじゃなくて、普通関わんない方がいいって思うでしょ?俺みたいなよくわからん化け物に」

なんとなくだけど、最後の一文に自嘲が含まれていたと思う。


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