第2話
美しい宝石に魅入られてしまったかのように、息も忘れてただ固まる体。
私には時が止まったかのような空間で、先に動いたのは彼だった。
「あー、やば……」
ふー、と長めの息を吐くと、彼は苛立ちを隠そうともせず吐き捨てるように呟く。
「…─最悪すぎる」
「っ、」
「あんた、さぁ。フツーこんなとこ来る?」
苛立ち気に言うが、ゼェゼェと荒い息に肩を大きく上下させて、今にも倒れてしまいそうなほどの彼の掠れた言葉には覇気がない。
それもそのはずで、月明かりの下で彼を中心として華のように鮮やかに赤が散る。
絵の具というには深く濃い赤に間違えようのないほど周囲に漂う、錆びた鉄のような匂い。
常人なら瀕死の重症だろうというほど傷だらけで血塗れの彼は異様で。
けれどそれと同時に人では有り得ないほど整った外見と色彩、なにより人では持ちえない羽根を広げる彼は寝物語で聞いた空想上の怪物──────。
まさか……そんなの──
「うそ……悪魔とか」
「……見世物じゃねぇぞ」
声にするつもりがなかった言葉が漏れ出るようについ口に出てしまうくらいには動揺していた私に、彼は冷たく吐き捨てる。
「え、」
「ま、どーでもいいけど。とりあえず───“来い”」
来いって、いきなりなんなの?
よく知りもしない他人からの偉そうな一言に少しムカついていると、唐突にルビーのような瞳が私を捉えた。
あ、喰われる……。
ただ目と目が合っただけなのにそう感じた。
キラキラとした瞳は先程よりもより一層深く紅く輝き、私は目を逸らせなくなった直後、右脚が私の意思に反して1歩前に踏み出す。
「?……え?え?なんで……、勝手に!」
私の身体なのにまるで言うことを聞かない。
目の前の彼が言う通りに勝手に足が交互に動きだし、確実に彼の元に近付く。
「えッ……!?、止まんないッッ!!」
「……おかしいな。意識があるなんて。
……んー血流しすぎて力の効力弱ぇっぽいけど……」
困惑と混乱が入り混じる私をおかしそうに見つめて、首を傾げる彼。
どうも原理なんかはよくわからないけど、目の前の彼によるなにかしらの能力らしい……なんだそれ、怖い。
私の身体なのに、自由はない。
むしろ相反する行動をとるのだから恐怖で体が粟立つ。
人間自分の及び知らないことには恐怖すると言うけどまさか私がそれを体験するとは思わなかった。
この摩訶不思議な現象は怖い。
普通に怖い。
なのに怖くて仕方ないこの状況下でそれを引き起こしている彼は。
……彼のことは何故か怖くない。
矛盾しているとは思う、けどそう感じるんだから仕方ない。
なんとか言葉にして言うなら、そう。
恐怖と好奇心の狭間にいる感じ。
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