第2話

「……これから、どうする?」

「とにかく、奴らの後を追う。そして、羨望の血を奪還する」

 私は手と脚を縛り付けていた拘束を解くと、椅子から立ち上がる。

 私たちを縛っていたのは身体強化を阻害する電波を発している特殊な鉄線だった。そのため、羨望の血と相対している際や奴らが乱入してきたタイミングで、腕を強化して無理やりに引きちぎるということはできなかった。

 この鉄線の電波を発する仕組みは大抵、警察が犯罪者を拘束する為に使う手錠などに組み込まれているものだが、能力を持つ者を拘束する術として一般的に知られているものでもあり、一部では流通もしている。

 羨望の血が奴らに倒され、拘束される寸前、彼はこちらに何かを伝えようとしていた。声を出さないまま口を開閉していたのだが、その内容を読み取ると"椅子の裏を見ろ"と言っているのがわかった。

 奴らが羨望の血を攫っていった後、すぐに座面の裏を確認すると、鉄線が発している電波を制御している装置が張り付けてあった。拘束された状態のまま、なんとか装置の電源をオフにすると電波が止まり、私たちはそれぞれ腕と脚を強化して鉄線を破壊することで、拘束を解くことができた。

「奴ら、車に羨望の血を乗せてどこかへ連れ去ったみたい。……だけど、その時に行き先を漏らしてた」

 強化した聴覚で下に降りて行った奴らの会話を拾った限り、行き先はあそこらしい。

「どこ、だった?行き先」

「エールス港近くの倉庫。そこで羨望の血の血液をある程度回収した後、羨望の血を連れてこの街を出ていく算段だと話してた」

「それは……止めないと」

「うん。絶対に止める」

 一度は死にかけたけど、羨望の血を得る機会が再び巡ってきた。これを逃すわけにはいかない。

「……でも、まずはこの部屋から出ないと」

 さっき男が手をかけたとき、この扉は微動だにしていなかった。あの男は鍵がかかっていることを疑っていたようだったけど、ドアノブのようなものも付いていないし、こちら側に施錠できる鍵が付いているわけでもなかった。

 試しに扉を押してみるが、開く様子を見せない。腕を強化して力を込めて押してみても、結果は変わらない。

 ……いったいどういう仕組みなの?これ。

「ちょっと、見てもいい?」

 試行錯誤していると、後ろから肩に手を置かれ、私は頷いて扉の前から離れる。

 彼女はしばらく扉を見つめ、何かを納得したように頷いた後、私を振り向く。

「……多分この扉は、電子ロックだと、思う」

「電子ロック?」

「うん。カードか何かをかざして、解錠すると思うんだけど、肝心のそのキーとなるものがないから……」

 彼女はそう言って辺りを見回すと、部屋の隅にある大きな機械に目を向ける。

「この廃ビルには、電力が供給がされている様子がないの。それでも、電子ロックが動作しているということは、この部屋から電力を供給しているものがある。それを、壊せば……」

 彼女は電力を供給しているとみられる機械の前まで歩いていくと、足を強化して何度か蹴りを叩き込む。強化によってその蹴りは彼女の細い足から想像がつかないほどの威力を見せ、機械は大きく凹んで火花を散らしながら動作を止めた。

 私はそれを確認するともう一度扉に手をかける。今度はなんの抵抗もなく押し開くことができた。

「……開いた。ありがとう。それじゃあ、先を急ごう」

 拘束されていた部屋から出ると、男が飛び降りていった窓から肌を刺すような冷たい風が吹きつけてくる。

「……そういえば私たち下着姿だ。着てた服はそこに掛かってるみたいだけど……」

「結構、ボロボロだね」

 私たちが着ていた服は、付着した血や爆発によるすすなどで汚れている上、胸や肩、脚の部分に大きく破れている箇所もあり、なんとか衣服の原型を保っているという状態だった。

「仕方ないけど、下着姿よりはマシか……」

 私たちはラックから服を取ると、素早く着替えを済ませる。

「ここから私たちの車までそこまで遠くない。車を拾って装備を整えてから奴らに奇襲を仕掛ける」

「了解」




「……奪還が、成功したとして、向こうから報酬はもらえると思う?」

 目的地へ向けて車を走らせていると、助手席からそう言葉が飛んでくる。

「……わからない。でも、羨望の血を連れて行かれたらもうどうしようもない。だから、今は奴らから羨望の血を奪還することだけを考えよう」

「……そっか、そうだね」

 私がそう答えると彼女はうなずき、自身の装備の確認を始めた。

 しばらくして奴らがいるであろう港へ近づいてくると、少し手前の道で曲がり、付近の目立たない路地に車を停める。そしてエンジンを切ると、私と彼女はそれぞれ運転席と助手席から後部座席へと移る。

 先の戦闘で装備をほとんど失っていたため、私たちは一度体勢を立て直す必要があった。銃にナイフ、手榴弾などの武器や特殊な機構の装備など、車両の後部座席の部分には様々なものが並んでいる。この改造車両は私たちがこの街で活動する上で使用しているものであり、いわば移動式の拠点だ。

「倉庫にいるのはおそらく、さっきの大男と痩せた男。奴らの他に仲間がいるのかどうか。それと、奴らが何の能力持ちかを把握しておきたい」

 私は武器を手に取りながら、状況を整理する。

「あの大男は脚と目、それに腕持ちなのは間違いないとして……」

 あの大男と対峙した時、四肢が異様な膨らみを見せていたことや近距離から放たれた銃弾を躱していたことからそれは判断できる。

「……痩せた男の方も、目持ちだと思う。さっきの戦闘で、拳銃を羨望の血に対して撃ったとき、一瞬目に強化の兆候があったから。……それに、私たちがギャングの拠点から逃げていた時、ディナの脚を撃ち抜いた狙撃手、あれはあの男。あの時、距離はあったし、一瞬だったけど、私の目で見たから、間違いない」

「あの時の狙撃が……。痩せた男の方も目持ちで、特に銃の腕が立つとなると、相当厄介かもしれない。……どちらにせよ奴らが両方とも目持ちなら、正面から銃で撃ち合うのは得策じゃない、か」

 ……目持ちは単純に銃で仕留めるのが難しい。ただ、奴らが私たちの銃撃を躱すのに目を強化してくれれば、それを逆手にとって無力化できるかもしれない。

「……閃光手榴弾を持っていく。向こうに気づかれずに仕留められるのが理想だけど、積極的な戦闘になったらこれで制圧しよう」

「了解」

 私たちは一通り装備を整えると、静かに車から降りる。

 すでに日は落ちていて、辺りはほとんど闇に包まれている。頼りになる光はところどころに立っている街灯や海を挟んで遠くに見える街の明かりくらいだ。

 車や人通りもほとんどなく静かで、時折岩壁に打ちつけている波の音だけが聞こえる。

 ……静かで人通りも少ない、夜になれば辺りは暗くなるし、波の音で多少の物音は紛れる。ここは奴らにとって秘密裏に動くのにうってつけの場所ってことか。

 車を降りてから少し歩き、奴らがいるであろう倉庫に近づいてくると、それまでよりもさらに警戒を強めていく。

 半月型の大型倉庫は1から7番倉庫まであり、まずはどの倉庫に奴らがいるのかを把握する必要がある。

「手前の倉庫から調べる。奴らの居場所がわかったら合図する」

 私がそう言うと彼女は無言で頷いて応える。

 強化した聴覚が冴えてくると、倉庫の中で音がしないか注意深く耳を傾ける。

 ……特に物音はしない。倉庫の扉も閉まっているし、出入りをしたような痕跡もない。

 隙間から中を伺ってもみるが、フォークリフトなどの機械や棚に積まれた段ボールがあるだけで特に変わった様子はない。

 後ろで控えている彼女に奴らがいないことを伝えると、次の倉庫へと近づいていく。

 そのまま同じように警戒を続けるが異常はなく、残るは最後の7番倉庫だけとなった。

 ……話し声。

 7番倉庫へ近づいてすぐ、倉庫の中から声がするのが聞こえる。さらに、倉庫の扉の隙間から光が漏れていることにも気が付く。

 それに伴って付近を確認すると、倉庫の裏手に黒い高級車と白いバンが1台ずつ停まっているのを見つけた。

 私は音を殺しながらさらに倉庫へと近づき、壁面に張り付くと中の音に耳を澄ませる。

『――このままこいつが血を強化しなかったらどうするんですか?』

『……ん?あぁ、そん時はこいつ自体を売っちまえばいいんだよ。……できるだけ値段を釣り上げてな』

『……なるほど。それで、どっちにしろ大丈夫だって言ってたんですね』

『そういうことだ。……だがまぁ俺に任せとけ、このまま強化しないなんてことにはさせねぇよ。身体に痛みで分からせてやるからな――』

 ――さっきの大男と痩せた男の声。……羨望の血を連れ去ってきたのはここで間違いない。

 私は背後にいる彼女へ奴らが中にいることを伝えると、扉の隙間から倉庫の中の様子を伺う。

 倉庫の中央に羨望の血が椅子に座った状態で縛られていて、その横にある金属製のワゴンには、赤い血が付着した注射器などの器具が置かれている。

 それを囲むようにさっきの大男、痩せた男、少し離れたところには、知らない顔の男が立っているのが見える。その男は小柄で細く、戦闘向きの体つきには見えない。

 ……あの見たことない顔は脅威にはならなそうだけど、抱えてる小銃が厄介だ。

 痩せた男の方もライフルを紐で担ぎ、太もものホルスターに拳銃を収めているのが見え、大男以外はしっかりと武装をしているのがわかる。

 ……ただ、武装している2人よりも、脅威なのはあの大男。

 その巨体に似合わない凄まじいスピードで繰り出される攻撃に、近距離の銃撃を躱すほどの目持ち特有の動体視力。少なくとも私たちではパワーで勝れないため、単独で正面切って戦いたくはない。

 奇襲で大男から仕留められるのが理想だが、ここからでは射線が羨望の血に被っているため、万が一にも誤射をする可能性を考慮するとそれは現実的じゃない。

 ……やっぱりやるなら羨望の血から離れたところにいるあいつからか。

 私はそばにいる彼女に攻撃の開始を伝えると、扉から音を立てずに倉庫内へ入っていく。

 彼女も続いて倉庫に入り、そのまま配置につくのを確認すると、私は抱えていたライフルを構え、最初の目標に照準を合わせる。そして呼吸を整えると、鼓膜を強化しゆっくりと引き金を引く。

 ――次の瞬間、静まり返っていた辺りに銃声が重く響く。

 放たれた銃弾はしっかりと命中し、小柄な男がその場で倒れる。

 他の2人は襲撃にあったことに気づくと、すぐさま遮蔽物へと身を隠していく。

 ……まずは1人。

 目標が倒れたのを確認すると、私は反撃を防ぐため、間髪入れずに痩せた男が隠れた方の遮蔽物へ牽制射撃を行う。その間に彼女が、遮蔽物に姿を隠しながらゆっくりと羨望の血が捕らえられている倉庫中央へ近づいていく。

「おいおい、やってくれんじゃねぇか!」

 大男がそう大きな声を上げたかと思うと、遮蔽物の陰から飛び出してくる。

 私はすかさず狙いを変え、大男に銃撃を仕掛けるが、そのすべてが躱されてしまう。

 ……やっぱりあいつには相当な至近距離からでないと銃は効きそうにない。

「……せっかくさっきは見逃してやったのになぁ?わざわざ死にに来たのかぁ?」

 大男は不敵な笑みを浮かべ、大げさに呆れたような身振りをしながらゆっくりと私の方へ歩みを進めてくる。

 あの大男とまともに戦うのも厳しいが、銃の腕が立つ痩せた男がバックアップにつかれるとほとんど勝ち目がない。

 先に狙撃手を仕留めたいんだけど……。

「おい!お前は羨望の血抑えとけ」

「……ッ、はい!わかりました!」

 痩せた男は大男の指示を受け取ると、私の弾幕が晴れている隙に羨望の血の後ろまで走りこんでいき、そのまま羨望の血を盾にするような形でこちらにライフルを構えてくる。

 ……あれじゃあ手出しができない。

 私は棚の陰に一度身を隠すとライフルを置き、次の動きに備えて脚のホルスターから拳銃を抜き取る。

「俺を前にして2回も生き延びたその悪運も、ここで終わりにしてやるよ。手加減してやってたさっきとはちげぇぜ?本気で殺しに行くからよ!」

 男が饒舌に話しながら私へ近づいてくる中、突如銃声とともに倉庫の天井に下がっている照明が次々に壊れ、破片が天井から無数に舞い落ちてくる。そのまま一瞬で最後の1つまで壊されると辺りが暗闇に包まれる。

 私はそれを合図に男たちへ向かって閃光手榴弾を投げ込む。

 次の瞬間、倉庫の中で閃光手榴弾が炸裂し、眩い光と耳を刺すような大きな音が発生する。

「クソッ……!目が、見えねぇ……!」

「なんだッ……!?」

 私たちの動きが予想外だったのか、男たちは光と音をもろに喰らって悶えている。

 それを確認すると、私は暗闇の中をためらいなく進んでいく。あらかじめ片目を夜目に慣らしておいたため、倉庫の中の大まかな状況がわかる。大男は目を抑えながらも、感覚と手探りで近くの遮蔽物まで下がっている。一方で、痩せた男の方は悶えながらも羨望の血を縛った椅子を引き、遮蔽物に隠れようとしているが、視覚の情報がないことでその動きはおぼつかない。

 その様子を同じく認識した彼女がすでに痩せた男の近くまで回り込んでいることを確認すると、私は大男を始末するため、拳銃を手にしながら大男が身を隠した遮蔽物へと走っていく。

「……クソがぁ!!」

 大男は私が近づくのを察知すると、遮蔽物から飛び出してリボルバーを発砲してくる。だが、完全には目が回復していないのか、銃弾は私に1発も命中することなく全て後ろへ逸れていく。

 ……これで終わりだ。

 私は、強化した腕を振り回して暴れながら近づいてくる大男を目の前に捉えると、脳天に向かって拳銃の引き金を引く。

 乾いた音とともに鮮血が飛び散り、大男はうめき声とともに膝から崩れ落ちる。

 そのまま地面に倒れた大男が動かなくなるの見下ろしていると、倉庫の中央で再び銃声が数回こだまし、叫び声が響き渡る。

 その反響が止み、倉庫内に静寂が訪れると、私は軽く息を吐く。

 ……あっちも片付いたみたいだし、これでひとまずは一件落着か。

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羨望の血 稲過 瞬 @inakaraitaaaa

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