第1話
始まり
「おにーちゃん、けがなおしてくれてありがと~!またね〜!」
「うん。またね。今度からは足元に気をつけるんだよ?」
「わかった〜!」
女の子は先ほどまで泣いていたのが嘘のように満面の笑みを湛え、そう答える。そしてこちらに手を振ると、踵を返して無邪気に走っていった。どうやら遊んでいる途中に転んで怪我をした後でもまだ懲りていないらしく、周囲の高層ビルやマンションに不釣り合いな小さな公園へ跳ねるような危なっかしい足取りで向かっていった。
「さて、そろそろ戻るか」
遠ざかっていく女の子の背中を見送ると、振り返ってその場を後にする。
しばらく街の海沿いを歩き、このまま少し遠回りをしてから戻ろうと考えていると、スーパーマーケットが目に入り、立ち止まる。
「その前に……水と食料くらいは買っていくか」
そう考えてスーパーマーケットに立ち寄ろうとしたその時、周囲が突然騒がしくなる。
騒ぎの中心となっている場所へ目をやると、目出し帽に黒ずくめの3人組の男が大きなバッグを抱えながら、警報の鳴り響く銀行から走り出てきているのが見えた。いかにも強盗という様相だ。
彼らは銀行から出てくると路肩に止まっている白いバンの方へ近づいていく。そのバンを使って逃亡するかのように見えたがそうではなく、己の足で逃走を図るようだった。
「そんなんじゃすぐに捕まっちゃうんだけどなぁ。近くに警察署もあるし……土地勘のない奴らかなぁ」
そう思って遠くから眺めていたが、警官たちや警察車両が駆けつけると強盗達は突如、人が変わったかのように走るスピードが上がった。
――あぁ。そういうことか。
スピードを上げるだけにとどまらず、強盗達は道沿いの建物の屋根にまで届く跳躍力を見せたり、追いついた警官を数メートル先まで蹴り飛ばすほどの力を見せている。
周囲の人々は叫んだり、慌てふためいたりこそしているが、50メートルを3秒ほどで駆け抜けたり、3メートルほどの跳躍を見せる脚力には誰も驚いてはいない。あくまでもそこで事件が起きたという事実に驚いている。
こんな光景は当たり前、というわけではないが驚異的な運動神経を持つ者が存在し、彼らが街を駆け巡る、というのはこの世界において日常の範疇を超えない。
強盗達はそのまま警察を振り切るかのように見えたが、やはり土地勘がないのか警察署がある方向に向かっていったことで警察の増援にあっさりと包囲され、にらみ合いを続けた末に凄まじい動きを見せる筋骨隆々の警官1人に全員がなぎ倒される結果となった。正義である警察の勝利に、周囲にできていた人だかりからどこからともなく歓声が上がる。
この街の治安はあまりよくないが、大きな事件が頻繫に起きるほどではない。そのため、今回のような大きな事件は住民にとっては珍しく、ある種エンタメのようなものなのだろう。中にはスマートフォンで様子を撮影している者もいる。
1人で強盗達を制圧した警官も珍しく街の大きな事件を解決できた高揚感からか、自分の強化した腕や脚の筋肉を集まっている群衆に見せつけるようにポーズをとり、自慢げな表情を見せている。それに呼応するように再び群衆から歓声が上がる。
一連の騒動を周囲の人々とともに野次馬のように見届けていた僕だったが、目的をすっかり失念していた。
「あ、そうだスーパー寄っていくんだった」
目的を思い出した僕は事件への興味をなくし、スーパーマーケットがある方向へと歩き出した。
――この世界に生きる人々は皆、身体の一部を自らの意思で強化できるという能力を備えている。
例えば、目に能力が宿っている者は強化をすることで、望遠鏡のように遠くを見られたり、圧倒的な動体視力を発揮したりすることができる。また、耳に能力が宿っている者は強化をすることで普通では聞き取れない波長の音を聞くことができたり、遠く離れている場所での音を聞き取ったりすることができる。
他にも感覚器官だけでなく、腕や脚など肉体に能力を宿す者もいる。彼らはそれらを強化することで、車を持ち上げるほどの怪力や建物の屋上にまで届く跳躍力など驚異的な力を発揮することができる。
この肉体強化はしばしば性別による力の差を逆転させる。肉体強化を持たない男は肉体強化を持つ女に力で負けてしまうのだ。この世界では、肉体強化無し女<肉体強化無し男<肉体強化有り女<肉体強化有り男、とこのようなパワーバランスになる。
これらの能力は先天的に身についているものであり、僕たちにとっては呼吸や歩行と同じで特別に意識せずとも普通にこなせるものだ。
基本的に能力は1人に1つで、それが身体のどこへ宿るのかは生まれてくるまで分からない。また、能力が宿る場所に遺伝は関係がなく、それぞれ同じ場所に能力を持つ両親がいるからといって、その間に生まれる子が同じ場所に能力を宿すとは限らない。目や耳などの感覚器官に宿る可能性も腕や脚などの肉体に宿る可能性もある。ただ、割合でいえば感覚器官に能力が宿るのは10人に1人程度と少なく、腕や脚などの肉体強化を持って生まれてくる確率の方が高い。
稀に2つ、3つと能力を持った"複数持ち"の人間も存在し、彼らの方が能力"1つ持ち"に比べて特別で、優れているとする風潮がある。さっきの強盗たちの中に、腕だけでなく脚の強化もしている者がいた。それに、強盗達を倒したあの筋骨隆々の警官もそうだった。ああいうのが複数持ちだ。
「さて、もうそろそろ目覚めるころだと思うんだけど」
先ほどまでいた街から少し離れ、ある廃ビル街へとたどり着くと、現在拠点にしている廃ビルを見上げる。
……そろそろこの場所ともお別れか。
そう考えながら中と入っていく。
中はそれほど荒れておらず、コンクリートの壁などがところどころ崩れていたり、階段の手すりが錆びたりしているが、その程度だ。
階段を上り、最上階である5階にたどり着くと部屋の扉を開く。すると目の前に特殊な空間が現れる。
コンクリートの壁や天井は他の階と変わらないが、部屋が分厚いガラスによって区切られており、部屋に入ってすぐ手前の空間はソファやテーブルなどがあるちょっとした居住空間になっている。一方、ガラス越しに見える奥の空間はコンピューターや実験器具に医療道具など、様々な物が置いてあり、研究施設のようになっている。
テーブルの上に荷物を下ろし、ソファに深く腰を下ろすと軽く息を吐く。そして、奥の部屋で椅子に座って眠っている2人の少女へとガラス越しに目を向ける。
小柄で肩ほどまで伸びる赤毛が特徴的な少女と、長身で銀色の長髪が特徴的な少女。
彼女たちを発見した時、とても酷い様子だった。
廃ビル街へ入ってすぐのところを歩いていた僕は、突然港の方の建物から爆発音がするのを聞いた。そして、何が起きたのかを確かめるために向かった先で、建物の間の路地裏で倒れている2人の少女を見つけた。
赤毛の少女の上に銀髪の少女が覆い被さる形で山積みになったゴミ袋の上に倒れこんでおり、その周辺には瓦礫が散乱していた。少女たちは腹や肩、脚の銃創、全身の打撲に骨折、頭部からの出血など、各所に大きな怪我を負っており、どちらも瀕死の重傷だった。
最初はもう死んでいるものだと思ったが、まだ息があることに気づくとすぐさまその場でできる処置を施し、なんとか拠点へと運んだ。
あの場所ではできなかった弾丸の摘出や、患部への適切な処置を拠点で施すとひとまず彼女たちの一命をとりとめることができた。
その後、僕は彼女たちが目覚めてから暴れられないように椅子に座らせ、手を後ろに組ませて縛り、足も椅子の脚に縛り付けて拘束していた。
ところで、なぜ彼女たちが下着姿なのかというと、衣服などに仕込まれた武装を解除したり、所持品から僕にとっての敵なのかを確かめるためだ。下着まで脱がせていないのは、まぁ良心というか理性が働いたというか。下着の下に隠せるものなんてたかが知れているだろう。と判断した。
彼女たちから見つかった拳銃にナイフ、特殊な機構の装備、仕込み武器にスマートフォンなどの所持品は鉄製のワゴンの上に並べてある。
衣服は血や土埃で汚れ、破れている箇所も多くありボロボロになっていたが、念の為ハンガーラックに掛けておいた。
所持品や状況からみるに、僕の関係者であることはほとんど間違いない。ただ、こちら側である確率は限りなく低い。
……まぁ敵でも味方でも彼女たちが目覚めたら情報を引き出さないといけないんだけど。
「早く目覚めないかなぁ」
「……ん……うぅ……」
「ようやくお目覚めか」
僕が拠点に戻ってきてからしばらくして、片方がようやく意識を取り戻した。
「……!?――マリィ、起きて!!早く!!」
赤毛の少女は目覚めると、自分が置かれている状況に動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻すと周囲を見渡し、横に眠る仲間を起こすために声を張り上げた。
銀髪の少女がその声に目を覚ますと、赤毛の少女は声を発することなくアイコンタクトをとり、状況を共有させたようだった。
「……あなた、何者?」
赤毛の方が強く睨みながら質問してくる。
「君たちこそ何者なの?あんな人気の無い路地裏で、ずいぶんと大怪我してたみたいだけど」
「……。あなたには関係ない。それより何が目的?こんなところに拘束して」
「関係ないってひどいなぁ、せっかく治療してあげたのに。結構状態酷かったんだよ?それが今の君たちの身体見てみてよ。傷1つない健康体だ。感謝してくれてもいいんじゃない?」
僕にそう言われ、目の前の少女は自分の身体を見回す。今になって自分の身体が無傷であることに驚いたようだった。
「嘘……どうして……。私たちは確かに――」
「どう?関係ないってことはないでしょ?」
「……」
「まぁ、分かってくれればいいんだ。とにかく話が聞きたい」
「……何が聞きたい」
「まず確認しておきたい。君たちは"羨望の血"を追っている。それは間違いないよね?」
「……!?」
「その様子だと間違いなさそうだね」
「あなたは……まさか――」
「で、本題だけど……君たちは"ガーディアン"?それとも……敵?」
「……私たちはガーディアン!あなたの味方!」
「そっか……。でも、それが本当だとしたら君たちが持ってなきゃいけないもの、あったはずなんだけど」
「それは……!やつらに――」
「奪われた?」
「……ええ。でも……!敵の規模が聞かされてたものより大きかった。それにそっちの情報にない敵が紛れ込んでた。それが原因になったのは確か」
「……情報にない敵って?」
「元々聞かされてた銃や刃物で武装したただのギャングっていうのとは違うのが中に混じってた。身体強化を絡めた戦闘の動きが、明らかに素人じゃないのがね。それに、奪われた腕時計型のデバイスについても最初から知っている様子だった」
……嘘を言ってるようには見えないけど、その可能性は否定できないな。ただ、どちらにせよデバイスのことを敵に知られてるってことは確かだ。
「……。正直今の時点では、君たちが敵か味方かの真偽がついてない。今僕にわかるのは、その話が本当でも嘘でも、敵に情報を掴まれてるってことだけだ」
敵が既にデバイスについて知っているということは、相当調べが及んでいるとみていいはず。
……ガーディアン無しでギャングに対処する方がいいかもしれない。
「それで私たちを拘束していたの……。でも、私たちは本当にガーディアン、あなたの味方。拘束を……解いてほしい」
「悪いけど、それはできない。君たちが敵か味方がわからない以上、ここで君たちを始末するほうがリスクは少ない」
僕はそう言うとテーブルに置いてある拳銃を手に取る。
「……!ここで私たちを殺せば、あなたは敵の脅威から身を守れなくなる」
「問題ないよ。助けてくれる仲間がいるからね」
彼女たちを始末するため、奥の部屋へ続く扉に手をかけたその時、背後から大きな音が響く。
その音に思わず振り向くと、部屋の鉄製の扉が蹴破られ、ひしゃげた状態で転がっていた。そして扉があった場所には、扉を吹き飛ばした当人であろう身長190センチメートルほどの大男と痩せた男が並び立っている。
「誰だ……?」
咄嗟に持っていた拳銃を構える。
「あいつ、さっきの……!あれで生きてたの……!?」
後ろで赤毛の少女が驚いたような声を上げる。
さっきの……ってことはあいつらがさっきの話に出てきた情報にない敵か?
「いやぁ、まぁ、怪しい者じゃねぇよ。……これを見れば俺らが誰だかわかるんじゃねぇか?」
大男は口を開くなり懐に手を入れ何かを取り出すと、それをこちらに見せてくる。
あれは、腕時計型のデバイス……。それも……本物だ。
あのデバイスは取引相手と会う前にあらかじめ渡しておく物で、後々対面する際に向こうからそれを提示されることで、こっちはその相手が本物の取引相手だと判断する。
本来ならデバイスを見た時点で味方だと判断して話を進めるのだが、今は状況が違う。この情報が洩れている以上、デバイスを持っていることで味方だとは判断できない。
「……ガーディアンだって言いたいのかな。でもそれはこんな野蛮な奴らが持っているような物じゃないはずなんだけど」
「いやぁ、こんな挨拶になるのは悪かったと思ってるよ。ただ、話をするのを急ぐ必要があったんだ」
「……。それでも突然ここに来るのはだいぶ悪手だと思うんだけど。期限前の接触は契約違反で取引は即効パーだよ?」
この時点でこいつらが本物のガーディアンって考えは捨てていい。取引での取り決めを破り、段階を踏まずに僕の前に現れる、これは契約違反をした時点で取引がなくなると分かっている本物のガーディアンならしない立ち回りだろう。だけど、こいつらが敵だとしてこの状況は結構まずいな……。2人と合流する前に接敵したのは想定外だ。
とりあえず緊急の信号は送ってるし、出来る限りの時間稼ぎはしてみるか。
「だから、わりぃとは思ってるって。けどよ、さっきも言った通り急を要するんだよ。とりあえず話を聞い――」
男が喋っている途中で耳をつんざくような音が部屋に響く。
「――っぶねぇなぁ。……なんだ、もうばれてんのかよ。チッ……」
前触れなく、厄介そうな大男から排除しようと発砲したのだが――
この距離で避けてくるってことはこいつ、目持ちか……。
「ならこんなのはもう意味ねぇな。さっさと攫っちまうか」
大男は腕時計型のデバイスを投げ捨てると、こちらに向かって臨戦態勢をとる。
「ねぇ、わかったでしょ?私たちがガーディアンだってこと!早くこの拘束を解いて!でないと――」
「悪いけど、今そんな余裕ない!」
背後からの声に振り返らないまま答える。
「なんでお前らがここにいるのかわかんねぇが……それは取引失敗の罰か?ククッ」
「ッ……!」
「雑魚はそこで指を咥えて見てるんだな。喉から手が出るほど欲しい"羨望の血"が目の前で奪われるのをな。まぁそんなふうに縛られてたら指を咥えることもできねぇか。ハハッ」
そう言うと大男はゆっくりとこちらに近づいてくる。
向かってくる大男に向かって発砲するが、やはりすべて躱してくる。
……でも、これ以上近づけばさすがに躱せないはず。
そう考えて距離を詰めてきた男の心臓を狙って引き金を引こうとした瞬間、突然部屋に大きな音が鳴り響く。そして、気が付くと手の痺れとともに持っていた拳銃を取り落としていた。
……!?
音のした方向に目をやると、痩せた男がこちらに煙が立ち上る拳銃を構えていた。
あいつ……僕の拳銃だけを狙って――
「もらった……!」
いつの間にか目の前まで迫っていた大男から、腕が伸びてくる。なんとかそれをさばくと、後ろに飛び退き再び距離をとる。
「……ほう。思ったよりやるじゃねぇか。守られてばっかで大したことねぇと思ってたが、自分の身を守る心得ぐらいはあるみてぇだな。……だが、さっさとお前の身柄を抑えないといけないんでな。少々手荒にいかせてもらうぜ?」
そう言うと男の脚の筋肉が異様な膨らみを見せる。
こいつ、目だけじゃないのか……!
男は勢いよく地面を蹴ると、一瞬で距離を詰めてくる。
……速いッ。
さっきまでの僕を傷つけずに捕まえようとする動きとは大きく変わり、固く握られた拳や鋭い蹴りが飛んでくる。相手が脚を強化した今、攻撃の速度が上がり、段々とかわすのが難しくなってきている。
「痛い思いをしたくねぇんなら早く諦めた方がいいんじゃねぇか?」
攻撃を続けたまま男が言う。
「確かにそうだね。痛いのは嫌だ」
僕はそう言うと少し動きを緩める。男はそれを諦めと取ったのかニヤリと笑い、一瞬構えに隙が生まれる。
「――でも、捕まる方がもっと酷いのは知ってる」
隙ができたその瞬間を狙って素早く脇腹と顎に拳を叩き込む。
「……痛ってえなぁ、おい。やってくれんじゃねぇか」
硬ッ……。全然効いてないな……これ。体重差があって僕の拳じゃあどうにも威力が足りない。
「前の仕事ならただぶち殺すだけでよかったんだけどなぁ。殺さずに捕まえるってのはとことんやりづれぇ」
男は短く息を吐くと、再び距離を詰めてくる。長い戦闘でも疲弊した様子を全く見せない。
……こっちはそろそろ疲れてきたっていうのに。
男との息つく間もない戦闘が続き、僕の体力は少しづつ削られていく。
「おい!そろそろチェックメイトと行こうぜ?」
激しい攻防の中、突然男が大声を上げる。こちらを煽る発言かと思ったが、その視線はこちらを見ていない。
……?いや……待て……あいつがいない。
こちらに発砲して以降、大男の後ろで痩せた男はなにをするでもなく佇んでいたのだが、その姿がなくなっている。
「あいつ、どこに――」
思わず周囲を確認すると、いつの間にか痩せた男は僕の死角へと回り込んでいた。
特に何かをしてくる様子はない……。
そう判断して、視線を大男に戻したその時――視界の端で激しく火花が散ったかと思うと左足に痛みが走り、その場に崩れ落ちる。
……!?
すぐに起き上がろうとするが、筋肉がこわばり思うように身体を動かすことができない。
うつ伏せに倒れた状態で男を見上げるとその手にはバチバチと火花を発生させているなにかが握られている。
スタンガンか……!
「ふぅ。やっとおとなしくなったか。こういう小細工はあんまり好きじゃねぇんだが、今回は殺しじゃねぇからな」
そのまま倒れていると、大男に身体を掴まれ、肩に担がれる。
「羨望の血は確保したし、さっさとずらかるぞ」
「一応こいつら始末しときますか?あとから追ってこられても面倒ですし」
「……ん?あぁ、確かにそうだな。そいつらは俺が殺る。お前は羨望の血を運んどけ」
大男は僕を痩せた男の前に降ろすと、彼女たちがいるガラスの奥の部屋へと歩いていく。
「ええ?力仕事は無理っすよ俺には」
「いいからやれって」
「はぁ……。わかりましたよ。それなら今のうちに縛っておきますね」
痩せた男はそう言うと僕の足と手をワイヤーで縛り、口にタオルをかませてくる。
「お前ら、さっきはよくもやってくれたなぁ?強化でなんとか凌いだが、身体中包帯まみれになっちまったよ」
大男はそう言って自らのシャツを捲り上げ、包帯が巻かれた胴体を彼女たちに見せつける。
「というか、お前らはあそこから落ちてくたばってるもんだと思ったんだが……ハッ、ずいぶんと悪運が強い奴らだなぁ?……まぁ、それもここで終わりだけどな」
「ッ……!」
大男は彼女たちを拘束している奥の部屋へ入ろうと扉に手をかけるが、開く様子はない。
「……?開かねぇ。鍵でもかかってんのか?」
開かない扉に対して強い蹴りを浴びせているが、扉はびくともしない。
「……チッ。……まぁいい、このガラスごとぶち壊しちまうか」
大男はそう言って脚を構えると、今度はガラスの壁へと勢いよく振りぬく。だが、ガラスも扉と同様男の蹴りにびくともしない。
「ガラスもびくともしやがらねぇ。どうなってやがるんだ?これ」
大男はガラスや扉を間髪入れずに何度も蹴り続けるが、それらは一向に壊れる様子を見せない。
「あのー無理そうならいいっすよ?目的は達成したんですから」
「……あ?無理じゃねぇよ。今ぶっ壊すから待っとけ」
「いや、全然壊れそうにないじゃないですか。……あぁもう!長居してもいいことないんですし、さっさと行きましょうよ」
「チッ……。仕方ねぇ。とことん悪運の強いやつらだなぁ?今回だけは見逃してやるよ。ありがたく思うんだな。おい、行くぞ」
大男はガラスを破壊するのを諦めると、手足を縛られた僕を担ぎ上げる。そのまま窓際まで歩いていき、窓のふちに手をかけたかと思うと、一切のためらいを見せずに窓から飛び降りる。
行くって、ここから飛び降りるのか……!?
あまりに急な行動に驚く間もなく、風圧と急速に迫ってくる地面を見て思わず目を閉じてしまう。
耳元で轟轟と鳴っていた風を切る音が止み、わずかに身体に衝撃を感じて目を開けると、すでに地面は目の前にあった。
……この大男、いくら脚持ちとはいっても五階からいきなり飛び出すなんて、相当自分の肉体に自信があるんだな。
「ハァ、ハァ……ちょっと、急に飛び出して行かないでくださいよ!」
部屋に置いていかれた痩せた男の方は階段を使ってここまで降りてきたようだった。
「おい、車回してこい」
「……はいはい。はぁ、ほんと人使い荒いんすから」
痩せた男は大男からの命令にやや不服そうな様子を見せながらも従い、どこかへ走っていった。
少しして痩せた男が白色のバンを回してくると、大男は目の前に止まったバンの後部座席に僕を押し込め、助手席に乗り込む。
「しばらくの間ドライブだ、大人しくしとけよ?」
僕は口にタオルをかまされているため、うなずくことでその言葉に従うことを示す。
……この状況から逃げ出すのは、無理だろうな。
縛られた手足を動かして拘束を解こうとしてみるが、キツく縛られている縄からは抜け出せそうに無い。
ここは大人しく2人の助けが来るのを待つしかないか……。
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