第38話 逆転の兆し

「この猿がリンドウかもしれないって……何言ってるんだ?」


「あ、レクスさんにはまだ言ってませんでしたね。私の『クワイエット・トランスレーション』は動物と会話ができる能力なんです。だから私は、動物が何を言っているかが分かる。……さっきその猿は確かに、『俺はリンドウだ』って言ってました」


 この期に及んでヒスイが冗談を言うとも思えないし、恐らく本当なんだろう。でも何故? あの時リンドウは確かに、俺達の目の前で消滅したはず……。


「……そこの猿。お前が本当にリンドウなら、あの時の闇鍋でお前が入れた物を言い当ててみせろ」


 俺が質問すると、その猿は「キー!」と鳴き声を上げた。


「『唐辛子』って言ってますね……」


「…………正解だな。それじゃあこの猿は、本当にリンドウ……?」


「キー、キッキキ」


「『まずは人目につかない場所に移動しろ。それから全てを話す』って言ってますね」


 リンドウと思しき猿は、人気の無い方を指さして走り出した。俺達も慌てて後を追う。暗い路地裏に入った所で、猿は足を止めた。


「……それでリンドウ、どうしてお前はそんな姿になっているんだ? お前はあの時、ワタルに触れられて消滅したはずだろ?」


「キッキキーキ、ウキ」


「『それは違う。俺はあの時消滅したんじゃない。生まれる前の状態まで時が逆行したんだ』って……。一体どういう事ですか?」


「キキーウキ、キキウキ」


「『あの時俺が消滅したように見えたのは、俺が一瞬で目に見えない程の大きさまで若返ったからだ。厳密には俺はまだあの時、消滅していない。六天ワタル、奴の能力は消滅なんかじゃない……『時の逆行』だ』」


「時の、逆行……」


 リンドウの説明を聞いて俺は大体合点がいった。

 銃弾を反射したのは、自身に触れた銃弾の時を逆行させて、軌道を逆行させたから。傷の治癒は、自分の体を攻撃を受ける前の状態に戻したとかその辺りだろう。


「『生まれる前の状態まで戻った時点で、人は自力では生きられない。でも奴は俺を実験台にしやがった。俺が生まれる前まで戻っても、能力を解かずに放置した。その結果恐らく、人類の進化の歴史そのものまで逆行し始めたんだと思う。俺の姿を写真に撮って検索してみろ』」


 リンドウに言われた通り、彼を写真に撮って検索にかける。すると彼の特徴は、人類の祖である猿人・アウストラロピテクスに酷似している事が分かった。


「成程、普通の猿となんか違うと思ったら、大昔の猿だったワケか」


「……で、能力を受け続けたリンドウがそこまで遡ったって事は、ワタルの能力が『時の逆行』だと証明できるって事か」


「『そうだ。奴のお陰で俺はこうしてここにいる訳だが、良い事ばかりじゃない。俺の件で奴は、自分の能力で生物の進化の歴史さえも逆行させられる事を学習してしまった。その気になれば、恐竜を現代に蘇らせる事だってできるだろう。最早奴の能力は、この世に存在していい物じゃない。一刻も早く奴を倒さなくては!』」


 決して遡る事のない時の流れを逆行させる能力。確かにリンドウの言う通り、この世の理を壊しかねない危険な能力だ。そんな能力を持つワタルを、俺達は倒せるのか……?


「……ここまで聞いてて思ったんですけど、どうしてアズトさんにはワタルの能力が効かなかったんでしょうか? 能力の発動条件が『対象に触れる事』だと仮定して、アズトさんもその条件を満たされていたはずなのに……」


「……もしかして、そういう事なのか?」


「『アズト、何か考えがあるのか?』」


「あぁ。リンドウから奴の能力の詳細を聞いたお陰でようやく分かったぞ。ワタルの能力が俺に効かなかった理由……それは俺が『転生者』だからだ」


「そう言えばさっき、魔王荘のメンバーは転生した元魔王の集まりって言ってましたね。でも、それがどう関係してるんですか?」


「俺がこの世界に転生した時、意識を取り戻した時には既に体はこの状態だった。普通の人間なら成長過程を辿って大人になるが、俺にはその成長過程が無いんだ。レクスも、転生した時からその体だったんだろ?」


「そうだな。……つまり、逆行させる成長過程が無いから、能力を発動しても見た目にほとんど差異が出なかったって事か?」


 俺はレクスの答えに、力強く頷いた。


「『魔王荘全員が転生者……その言葉を信じるなら、お前ら魔王荘は全員が六天ワタルに対する切り札になるって事か』」


「少なくとも俺達なら、触られたら負けなんてクソゲーにはならない。対等な勝負の土俵に奴を引きずり込む事はできるだろうな」


「『それで十分だ。即死にならなけりゃ、お前らならやってくれるだろ?』」


「当たり前だ。自分が無敵だと思って図に乗ったアイツの顔面に、俺の『アンウェイ・ワールド』を叩き込んでやる」


 六天ワタルを倒せるのは、恐らく俺達だけだ。公安とやらが介入してくる可能性もあるらしいが、そうなれば余計に被害者を増やすだけだろう。そうなる前に、俺達で天魔会を潰すしかない。

 

 あとは天魔会の本拠地さえ分かれば良いんだが……。

 打倒天魔会の為の最後の1ピース。それだけが、揃いそうになかった。


 ~~~


 殺し屋・手蹴リオウは一流の殺し屋だ。裏の世界で暗躍し、ミュータント能力で数々の依頼をこなしてきた。

 そして今回の『魔王荘メンバーの殺害』という任務もキッチリこなし、懸賞金を頂く……ハズだった。


『ふーん……面白いね。良いだろう、君を僕の組織に入れてやる。明日の指定した時間に、指定した場所に来るんだ。僕達『天魔会』の本拠地に招待してあげよう。勿論、エビリスの首も持ってくるんだぞ?』


「オーケーだ。ありがとな」


 リオウは懸賞金をかけた依頼主との電話を終えた。交渉の末に、天魔会に入れてもらえる事になったのだ。


「さて、これで任務達成だな。……ツラを貸してくれて感謝するぞ、リオウさんよ」


 そう。電話を終えたリオウの傍らには……ボロボロになって手足を縛られたもう一人のリオウが転がっていた。


「人を殺してもいいのは、自分も殺されるかもしれないと覚悟してる奴だけなんだよ。勿論ワシはできてるぞ。なんてったって『魔王』だからな」


 電話をしていた方のリオウの顔が溶け、本来の姿に変形する。リオウに変身していたのは他でもない、エビリス=ディアだった。


「んが! んがァーッ!」


「ワシは今からお前として天魔会に潜入する。正体がバレたら困るんでな。悪いがお前は始末させてもらうぞ」


 エビリスは手をナイフに変化させ、リオウの首を掻っ切った。そしてそのまま、彼の死体を夜の海に沈めた。


「さて。アイツらの為にも、ワシも体を張らんとな」


 魔王荘一の老獪な策士は、今まさに天魔会の尻尾を掴もうとしていた。

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