第37話 魔王の矜持

「……すまねぇアズト。スマホの充電切れちまってよ。お前らに連絡できなかった」


 レクスはそう言いながら、電源のつかなくなったスマホを見せつける。彼の言葉や行動には、普段の荒々しさが全く見られなかった。


「まぁ、無事で良かったよ。お前も賞金稼ぎに襲われただろ? 実はワタル達が……」


 レクスに事の経緯を説明すると、彼は納得したかのように吐き捨てた。


「ハッ、どうりで蛆のように湧いて襲ってきやがる訳だ。この俺に敵うハズがねぇってのになァ」


 普段通りを装っているが、明らかに勢いが足りていない。心身ともに疲弊しているのは火を見るよりも明らかだ。


「なぁレクス……お前無理してないか? 今日のお前、何だか空回りしてるように見えるぞ」


「そうですよレクスさん。私達仲間なんですから、無理なんてしなくても良いんですよ?」


「……そうか。つまりお前ら相手にずっと無理してた俺は仲間じゃねーってか。まぁそれで良いんだよ。俺はお前らと同じような魔王じゃねーんだからな」


「……何を言ってるんだ? お前は確かにいっつも破天荒に暴れまくってたけど、それでも魔王荘の仲間だって事は変わらないだろ?」


「うるせぇ! 人の心もねぇ魔王がいっちょ前に仲間語ってんじゃねぇ! 俺はな……魔王じゃねーんだよ! お前らなんかと一緒にすんな!」


「……は? 魔王じゃ、ない……?」


 魔王じゃない。あまりに衝撃的な発言に、俺はただ聞き返す事しかできなかった。


「……そうだよ。俺はお前らみたいなマジの魔王じゃなかった。俺の前世は、『魔王』という異名で呼ばれていた不良だったんだよ」


 レクスは一瞬しくじったような顔をしたが、すぐに観念したのか語りだした。


「バイク事故で死んだ俺は、冥界でヤマに声をかけられた。俺の手駒として働く気はないかって。その組織には魔王しかいないから、きっと気が合うハズだって。その時の俺は、俺みたいに魔王の異名を持ってる奴が集まってるだけだと思ってた。でもいざ蓋を開けてみれば……全員マジモンの魔王だったんだ」


「つまりヤマは、『魔王の異名を持つヤツ』を『魔王』と勘違いして魔王荘に送ってしまった訳か。確かにアイツならやりかねないな……」


「俺はヤマに詰め寄ったよ。今すぐ元に戻せってな。でもアイツは、一回行った転生は取り消せないって。だから俺は偽物の魔王として、一人魔王荘で過ごさなくちゃならなくなったんだ。俺がここにいる為には、本物の魔王になるしかないと思った。だから俺は、全力で魔王を演じたさ。無理をしてでもな」


 レクスの破天荒な行動の数々は、彼なりに魔王を演じようとした結果だったのか。ということは、転生したばかりの俺を奴隷にしようとしたのも、自分の思う魔王に近づくためか。


「俺はずっと無理をしてきた。一緒にいるだけでそんな労力を使う相手、仲間なんかじゃないよな。俺がどれだけ本物に近づこうと魔王を演じても、本物は俺よりずっと先を行き続けている。……もうさ、こんなのは疲れたんだよ。魔王荘の中で一人疎外感を感じてるくらいなら、一人で生きていく方がマシだ」


「…………。レクス、それは違う。お前は何もかも間違えている」


「え? アズトさん……?」


 レクスは今、現実が見えていない。自分が見ている幻想を現実だと誤認している。だったら、多少きついことを言ってでも俺が現実に引き戻してやらないと。


「まず、魔王はお前が思い描いてるような存在じゃない。良いか? 魔王ってのはな、ただ破天荒なだけじゃないんだよ。ただ冷酷に人を見捨てて殺す訳でもないし、ただ権力を持ってるだけでもない。魔王っていうのは、何かを守るために正しい道を外れる覚悟を持った奴の事だ。魔王には、何を犠牲にしてでも己の信念を貫くという覚悟がある」


「覚悟……?」


「そうだ。そしてもう一つ、俺達魔王荘の信念は『ミュータント能力を悪用する犯罪者を許さない』事。悪を滅し、誰かを守る覚悟のある奴は、魔王じゃなかろうと魔王荘の一員として迎えられる。魔王ってのはな、意外と身内には甘いモンなんだよ」


 レクスの肩を叩きながら、笑ってそう言ってやる。レクスは俺の手を振り払うと、その手で顔を覆った。


「なら俺は……魔王荘にいても良いのか? 魔王じゃなくても……?」


「当たり前だ。俺達と一緒に戦ってくれるならな」


 レクスはうつむいて、泣き声を押し殺した。その後空を仰いで、呟いた。


「……まさかお前の言葉に心を動かされるなんてな。今まで馬鹿にしてて悪かったな、アズト。俺はまた、魔王荘で集まってくそ不味い飯が食いてぇ。だからまた、魔王荘が集まれるように……俺も一緒に戦わせてくれ」


 最後の一言と同時に、レクスは俺の方に向き直った。その目は前とは違い、確かな覚悟が宿った目になっていた。


「あぁ。力を貸してくれ、レクス」


 無事にレクスは戻ってきてくれた。あとは皆に彼の無事を伝えなくては。

 俺はすぐにメールを送り、レクスの無事を伝える。クリエ、ヤマ、ヴェルトはすぐに反応してくれた。

 ……だが、エビリスだけが反応を示さなかった。既読も付いていない。


「……あれ? おかしいな。エビリスの奴、今戦闘中なのか?」


「あのーアズトさん。私にはさっきの話よく分からなかったんですけど……もしかして魔王荘の方々って、どこかから転生してきた元魔王の集まりなんですか?」


 信じられないといった様子で、ヒスイが質問する。あー……そういえばこの事、俺達しか知らないのか。


「信じてくれないと思うけど、実はそうなんだ。俺達全員この世界に転生してきた転生者で……」


「そうだったんですか⁉ そうならもっと早く言ってくださいよ! 私、転生とかそういうお話大好きなんです! だから魔王荘の皆さんが、前世でどんな風だったのか知りたいです。だから私も、全力で協力させてもらいます。魔王荘がまた、一つになれるように!」


 何だかよく分からないが、ヒスイも前にも増してやる気になってくれた。俺達の士気が着実に上がって行くのを感じる。


「とりあえず今日はもう寝よう。連戦で疲れてるんだ」


「俺もすげー疲れてんだ。ちゃんとした所で寝させてくれ」


 レクスも元の調子に戻った所で、俺達は改めてネカフェへと向かう。

 ……だがその矢先、またしても俺達の前に現れる存在があった。


「はぁ……。また戦闘か。しかも動物だなんて、変な真似しやがって」


 俺達の前に現れたのは、見慣れない見た目の猿だった。猿は尋常じゃ無い程慌てた様子でこちらに突っ込んでくる。


「アズト、猿だからって油断するなよ。ヤマから動物のミュータント能力者がいるって聞いたことがある。もしかしたらそれかもしれねぇ」


 俺とレクスは能力を構え、いつでも攻撃できるようにする。すると目の前の猿は、潔白を示すように両手を上げた。


「……何の真似だ? コイツ、知能があるのか……?」


「能力が覚醒して知能が上がる動物の例もレアじゃねぇ。構わずやるぞ!」


「ちょっと待ってください!」


 攻撃を加えようとしたレクスを、ヒスイは一際大きな声で静止する。


「わっ!? ビックリするなぁ……。どうしたんだよそんな大声出して」


「……いや、私もよく分からないんですけど、その……」


「何でもいい。何か聞き取れたなら教えてくれ」


 ヒスイの能力は、一体何を聞き取ったのか。その真実は、俺の予想の斜め上を行っていた。


「……あの猿、リンドウさんかもしれません」


「……え?」


 あまりのぶっ飛び具合に、俺は目の前の猿よりも間抜けな面を浮かべてしまった。

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