第36話 波乱
「はぁ……これで四人目だったか? ったく、無限に湧き出てきやがるな」
魔王荘が離散してから二日が経った。俺はヒスイと同じ場所に飛ばされていた。非戦闘員のヒスイを一人にするわけにはいかないという、ヤマの配慮だろう。
この二日間は、ひたすら追っ手を返り討ちにしながら隠れて生活していた。今倒した奴で四人目だ。ここまでの短期間で能力者と連戦したのは初めてなので、かなり体力を消耗してしまった。
「アズトさん、大丈夫ですか?」
「あぁ。今度の奴はちょっと手強かったが、問題ない。でも流石にちょっと疲れたな……。もうすぐ日が暮れるし、どこか泊まるのに良い所って無いか?」
「昨日は警戒しすぎてずっと起きてましたからね……。今日こそはホテルかネカフェ、取りましょう!」
天魔会の奴らはヒスイにも懸賞金を懸けやがった。しかも保馬市警は、被害が出る事を恐れてヒスイを切り捨てた。なのでヒスイも、俺達と同じで行く当てが無いのだ。
「保馬市警も突然リンドウが死んで混乱するのは分かるけど、ヒスイを追放する事無いだろ……。アイツら結局は自分の保身が第一かよ⁉ 本当ならヒスイは、こんな危険な事に巻き込まれて無かったはずなのに……!」
「……良いんですよ、アズトさん。仕方なかったんです。もしも私が保馬市警に残って、賞金稼ぎや天魔会の襲撃を受けたら……被害は計り知れない。それに、それを受けて公安が動き出す可能性だってあります。きっと公安は、この街を滅ぼしてでも天魔会を潰そうとする。……そんなのは、私が望む正義じゃありません。今、私の正義を叶えてくれるかもしれないのは魔王荘の皆さんだけなんです。だから私、アズトさん達の力になれるよう頑張ります!」
「ヒスイ……最初に比べて随分強くなったんだな。実際、動物での偵察とか凄く頼りになってるよ。ありがとな」
俺はヒスイの能力で動物の視界を使えるから何とかなっているが、他の皆は大丈夫だろうか。ひとまずメールで今日の昼までの無事は確認が出来ているが。……一人を除いては。
「それにしてもアズトさん、レクスさんからの連絡はまだ来ないんですか……?」
「あぁ。アイツ、どこで何やってるんだ……?」
魔王荘が賞金稼ぎに囲まれる少し前に魔王荘を飛び出していったレクス。彼の無事だけが、唯一確認できていない。
あれっきり、レクスは全く音沙汰がない。メールにも反応しないし、既読もつかない。スマホは持っていたはずなので、無視しているのか、それとも……。
「まさかレクスさん、賞金稼ぎに……」
「アイツがそこら辺の能力者に負けると思うか? それにアイツにはクレイジーバードの高い索敵能力がある。だから俺達よりは生き延びやすいハズ。……そう信じたい」
実際に戦い、共闘した俺は、彼と彼の能力の強さをよく知っている。それでも関係なしに、不安というのは襲ってくる。
「レクス……無事だよな?」
「……レクスさんの事も心配ですけど、今は私達自身の事を考えましょう。ここで死んじゃったら、レクスさんや他の魔王荘の皆さんとも会えなくなっちゃいますよ?」
「……それもそうだな。今はゆっくり体を休められる場所を探そう」
「ここから二十分くらい歩いた先にネットカフェがあるみたいです。そこに行きましょう」
俺達はフードを深くかぶり、ネットカフェへと移動を開始した。
「……ところでヒスイ、リンドウの事はもう大丈夫なのか?」
「…………大丈夫な訳ないじゃないですか。今でもずっと後悔してます。あの時私がちゃんと動ければ、リンドウさんが庇う必要も無かった。生き残ったのが私じゃなくてリンドウさんなら、もっと戦力になったはずなのにって。でもあの時、リンドウさんは刑事としてあるべき姿を身を挺して教えてくれました。私達刑事は、誰かを守るためにいるんだって。だから私は、天魔会から一人でも多くの人を助けるために戦い続けます。この街を守ります。リンドウさんの意志を引き継いで」
「本当に、強くなったんだな。『例え俺達が足を止めても、この世界は我関せずと回り続ける。だから俺達も、立ち直れなかったとしても進み続けるしかない。』昔母上が亡くなった時に、父上が言ってくれた言葉だ。大事なのは前に進む事だ。それさえ忘れなければ、いつか逆転の兆しが見えてくるはずだ。だからそれまで頑張ろうぜ、ヒスイ」
「はい。アズトさん、ありがとうございます。お陰でちょっと元気出ました」
ヒスイがそう言って、微笑みを浮かべた時だった。
道沿いの草むらがガサガサと音を立てた。
「誰だ⁉」
俺はヒスイの前に立ち、能力発動の構えを取る。
……だが、その必要は無かった。草むらから出てきた人物を確認して、俺はすぐに警戒を解いた。
「お前、無事だったのか……! レクス!」
「アズト……」
草むらから現れたのは、音信不通になっていたレクスだった。
~~~
日も沈みかけた頃。天魔会の本拠地の研究所にて、ワタルは電話を待っていた。
「兄貴、魔王荘の奴らはまだ一人も殺れてねぇのか?」
「そうだね。まだ誰からも連絡が来ない。依頼を達成したら指定した番号まで電話するように書いてあるんだけどね……。まぁ彼らもプロの能力者だ。気長に待つとしよう」
そう言った直後、ワタルの持つ携帯が通知を鳴らした。
「お、噂をすれば何とやら。来たみたいだね。はいもしもし、依頼達成かな?」
『あぁ。賞金のかかってた奴の一人を殺った。この紫ロン毛、名前は確か……『エビリス=ディア』だ』
電話の向こうの男はそう告げた。
「悪いけど僕は慎重なんだ。何かエビリスを殺したという証拠と君を一緒に映した写真を撮って送ってくれるかい?」
『心配ない。ちゃんと首を取ってある』
数秒後、ワタルの携帯に一枚の写真が送られてきた。殺し屋の男が、エビリスの生首を持っている写真だ。
「……うん、ちゃんと殺れてるみたいだね。それじゃあ、懸賞金2000万円はキッチリお支払いするよ」
『それなんだが、現金で直接手渡ししてもらっても良いか? 痕跡が残っても困るからな』
「それじゃあ場所を指定しておくから、そこに取りに来て。僕の部下を送っておこう」
『悪いが、俺も慎重派なんだ。手渡しはお前に直接してもらいたい』
ここで、会話の流れが変わった。ワタルはわずかに警戒心を強め、通話を続ける。
「そうか……それは中々難しい相談だね」
『ならこんなのはどうだ? エビリスの分の懸賞金はいらねぇ。この首を上納金にして、お前らの組織に俺を入れてほしい。お前らに全面的に協力した方が、後々の利益は大きくなると思ったんだ。勿論俺の専門は戦闘、殺れってんなら誰でも殺るぜ? どうだ、俺を雇ってみないか?』
「ふーん……面白いね。良いだろう、君を僕の組織に入れてやる。明日の指定した時間に、指定した場所に来るんだ。僕達『天魔会』の本拠地に招待してあげよう。勿論、エビリスの首も持ってくるんだぞ?」
『オーケーだ。ありがとな』
そこで通話は終わった。
「兄貴、良いのか? こんな簡単に組織に入れちまって」
「まぁ、ちょうどザンガの代わりになるような人材が欲しかったからね。それに彼は実績のある殺し屋みたいだ。僕達の戦力としてこれからしっかり働いてくれると思うよ」
ワタルはサイダーを片手に、余裕そうな笑みを浮かべた。
「この調子なら、残りの奴らが死ぬのも時間の問題だね。その時が楽しみだ」
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