第35話 魔王荘、解散
「お、アズトの野郎やっと戻って来たか……って、ヒスイも一緒なのか?」
ひとまずは、何事もなく魔王荘まで戻る事ができた。皆もいつもの調子だ。まだワタルの手はここまで及んでいなかったようだ。
「おいアズト! 俺達が起きる前に一人でコッソリ出だしやがって! 抜け駆けは許せねぇ!」
「……すまんレクス、今はそんな場合じゃないんだ。落ち着いて聞いてほしい。……リンドウが殺られた」
「……は?」
やはり皆も、この事実を受け止めきれないようだ。彼らは俺よりもリンドウとの付き合いが長い。その分彼の強さも十分知っていたはずだ。そんな彼がいきなり消滅したなんて言われても、信じられるわけが無い。でもこれは現実なんだ。
「実は、リンドウが……」
俺は彼から聞いた一連の話、そして天魔会のボス・ワタルに急襲を受けた事を話した。
「成程……その天魔会というのが、ここ最近の一連の事件の裏にいた存在という訳か。だが『革命』だと……? コウみたいな犠牲者を出しておいて革命だなんて、よく言えたもんだ」
「それより、リンドウが一瞬で消滅したってどういう事? 私も彼とは何度か一緒に戦ったけど、彼はそこらの能力者にやられるような奴じゃ無いハズよ」
「……文字通り、一瞬で消滅したんだ。ワタルの手に触れられた瞬間にな。止めようと思ったけど、間に合わなかった……!」
「触れただけで消滅だと? そんな無法な能力、ワシが出会って来た中にはいなかったぞ。強力な能力には大抵制約があるものだ。それを大した制約もなく、ただの一触れで消滅とは……。そのワタルという奴の能力は、ワシらとは次元が違うのかもしれんな」
エビリスの言う通り、俺が目撃したワタルの能力は常軌を逸していた。
弾丸の反射に消滅、回復……あまりにもできる事が多すぎる。そんな能力がこの世に存在するのか……?
「……おい、お前ら」
俺達が推理を進めていると、突如レクスが声を上げた。普段からは想像もできない程、怒りに満ちた声だった。
「レクス……? どうかしたのか?」
「どうかしてるのはお前らの方だろ!? リンドウが死んだってのに、冷静に推理なんかしやがって……お前らに人の心は無いのか⁉ やっぱお前らは俺とは違う、真の魔王なんだな。やってらんねぇぜ」
「レクス……」
普段とは真逆の、切羽詰まった心の奥底からの叫びだった。
……確かに、彼の言う事も最もだ。だが、「お前らは俺とは違う」というのは……?
「……確かにお前の言う事も一理ある。でも、そこで終わっちゃダメなんだよ。ここで何もせずワタルに殺されるのを待ってたら、それこそリンドウの死は無駄になってしまう。だからこそ俺達は、前に進まないといけないんだ」
「リンドウを忘れろって言うのか⁉ 俺達にあんなに良くしてくれたのに? ふざけんな! やっぱ俺はお前らとは違う! これ以上お前らと同じ『魔王』なんか名乗ってられるか!」
激情に駆られたレクスは、そう吐き捨てて魔王荘から出て行ってしまった。
「レクス!」
「待てアズト。どうせアイツは一時的にカッとなってるだけだ。すぐ戻って来るさ」
「…………」
俺はレクスを追おうとしたが、ヴェルトに止められる。不安な気持ちもあったが、ヴェルトの言う通りすぐ戻ってくるだろう。今は天魔会に対抗するための策を考えなくては。
「……だが、天魔会に関する情報が足りないな。組織のトップと組織名が割れたのは大きいが、本当にそれだけだ。本拠地も目的も分かってない。ヒスイ、リンドウから何か聞いてないのか?」
「すいません、ザンガが吐いたのは今日の事だったので……。私もリンドウさんに伝えられた事しか知らないんです。ごめんなさい、私が今日リンドウさんと一緒に取り調べに参加していれば……!」
「ヒスイが悪い訳じゃないさ。色々な偶然が最悪な形で重なっちまっただけだ」
「……あ、でもちょっと待ってください。さっき警察から何か情報が届いたみたいです。ここに何か天魔会に関する情報があるかも!」
ヒスイはスマホを開き、警察から届いたデータを確認する。そしてすぐに、驚きの表情を浮かべた。
「これ……六天ワタルの情報です! どうやらリンドウさんが、部下に調べるように伝えてたみたいですね」
「流石リンドウ、抜け目ないな……! よし、すぐ確認だ!」
そこにあったデータから分かったのは、六天ワタルは今24歳である事。彼には「六天メグル」という名の双子の弟がいる事。兄弟が12歳の時に両親が失踪している事。そして一年前に表社会から姿を消した事。
「アイツ、双子の弟がいたのか……。この感じだと、メグルも天魔会のメンバーになってそうだな」
「それに12歳の時に両親が突如失踪している。私の推理にはなってしまうけど、ここで能力に目覚めて両親を消滅させたんじゃないか? これなら両親が『死亡』ではなく『失踪』というのにも説明がつく」
「可能性はあるわね。そして奴が天魔会を立ち上げたのは大体一年前。エデンの実が出回り始めたのもその頃らしいし、これはほぼ間違いないわ」
「でも、天魔会に関する情報はほぼありませんね……。ここまで組織の痕跡を残さないなんて、ワタルは相当慎重な人物みたいですね」
ワタルの素性は何となく分かったが、肝心の天魔会に関する情報が欠けている。これでは対策のしようが無い……。
どうしたものかと思考を巡らせていると、突如押し入れからヤマが大慌てで出てきた。息を切らして、尋常じゃない慌てようだ。
「ヤマ!? そんなに慌ててどうしたんだ?」
「大変だよ君達! これを見てくれ!」
ヤマはスマホに映るあるサイトを俺達に見せてきた。
……それはダークウェブだった。そしてそこには、俺達の写真と共に俺達に懸賞金がかけられていた。
「これ……どういう事だよ⁉」
「ワタルの仕業だ……! 俺に能力が通用しなかったから、賞金稼ぎを使って俺達を消そうとしてるんだ!」
ひとまずヤマにワタルと天魔会について伝えたが、その間に状況はさらに悪い方に傾いてしまったみたいだ。
「……おい皆、悪い知らせだ。外を見て見ろ……」
窓から外を確認したヴェルトが、絶望的な表情で告げる。
……外には既に、俺達を狙う賞金稼ぎが集まりつつあった。
「チッ、もう居場所が割れてるのか……!」
「……こうなったら仕方ない。君達、賞金稼ぎに捕まらないように散り散りになって逃げるんだ。……魔王荘は一時解散とする」
追い詰められたヤマは、苦悶の表情を浮かべながら苦渋の決断を下した。
「魔王荘、解散……?」
「そうだ。この状況では集まって行動する方が賞金稼ぎに目を付けられる。バラバラに行動して、少しでも注意を逸らすしかない」
「待ってくれヤマ! さっきレクスが一人で飛び出して行ってしまったんだ。このままだとアイツが危ない!」
「とにかく! 今は全員生きる事だけ考えるんだ! 賞金稼ぎ達が落ち着いてきたらまた集まればいい。だから今は……こうするしかないんだ。すまない、皆」
次の瞬間、俺達はヤマの能力で散り散りに飛ばされてしまった。
「ヤマ……! 皆……!」
俺はただ、そう零す事しかできなかった。……俺はなんて無力なんだろう。
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