第34話 魔王荘に迫る危機
「よし、これで君もチェックメイトだ。さよなら」
俺に触れたワタルは、微笑を浮かべながら言った。
俺は……死ぬのか? さっきのリンドウみたいに、一瞬で消滅するのか?
死は初めての経験ではない。だが決して慣れない物で、再び俺の心を死への恐怖が覆いつくした。
「……ッ! 俺は、俺はッ!」
あまりの恐怖に発狂しそうになった所で、俺はある事に気が付いた。
「消滅が、起こらない……?」
ワタルに触れられてから五秒は経った。さっきリンドウに触れた時は一秒足らずで消滅させていたのに、何故か俺は未だに消滅が起こらない。
「何だこれは……? 僕の能力が効いていない? いや、そんなはずは……!」
ワタルにとっても、これは不測の事態らしい。先程の余裕は跡形もなく消え去り、初めて焦りの表情を見せた。
「……とにかく、これは好機だ! 『アンウェイ・ワーァァァァァルド』ッ!」
ワタルが接近していたのもあって、影の腕で渾身のラッシュを浴びせる事に成功した。ワタルは全身から血を流しながら、大きく吹っ飛ばされる。
「ヒスイ! 大丈夫か⁉」
「わっ、私は大丈夫だけど……リンドウさんが……!」
「とにかく立つんだ。リンドウが命がけで守ってくれた命、ここで絶やす訳にはいかないだろ!?」
俺はヒスイを立たせ、いつでも退避できる状態を作り出す。
一方のワタルはかなりのダメージを受けている様子だったが、先程ほどの焦りは見えなかった。
「あのラッシュを受けてこの余裕……不気味すぎる」
「……そうか。何となく分かったぞ。君なんでしょ? ヒョウとザンガを倒したの。それ、良い能力だね。あの二人を倒せるのも納得だ。……でも、能力は僕の方が遥かに上を行っている」
そう言うと同時に笑みを浮かべたワタルの体に、異変が起きる。
ラッシュで負ったはずの全身の傷が、一瞬で消えてしまったのだ。傷ついた服までもが完全に元通りになり、まるで最初から攻撃など無かったかのようになってしまった。
「回復した……⁉ コイツ、マジに何者だ⁉」
「まさか僕の能力が効かない相手に出会うなんてね。正直驚いたよ。……騒音で人が集まって来てるな。これ以上戦うのはリスクが大きそうだ。僕はここで退かせてもらうよ。まぁ、もう君達に会う事は無いだろうけどね」
次の攻撃を警戒したが、ワタルはあまりにもあっさりと退いていった。
「おい待て!」
俺はすぐに追跡しようとしたが、煙幕を投げられてワタルを見失ってしまった。
「クソ……ッ! あの野郎逃げやがった!」
リンドウを消した相手を逃がしてしまった。俺は悔しさを抑えきれず、近くの壁を蹴り上げた。
「……アズトさん、私どうしよう。リンドウさんが……」
「…………ヒスイ、一旦魔王荘に戻ろう。今はとにかく、戦える能力者にこの事を伝えないと」
俺はヒスイに肩を貸して、魔王荘まで歩き出す。
この世界に来て初めて、仲間と呼べる人物を失った。その感覚は、かつて俺が治めていた国が攻め込まれ、壊されて行った時と同じだった。
心全体を濃い霞が渦巻いているようなこの感覚の後には、決まってそれまでの「日常」が壊れていく。そんな前兆の感情だ。
魔王荘での日常も、壊れてしまうかどうかは分からない。ただ少なくとも、引き返せない大きな戦いに足を踏み入れてしまった事だけは確かだった。
~~~
保馬市某所の研究所、天魔会の本拠地。六天ワタルはアズト達との交戦後、すぐここに戻って来た。
「兄貴。魔王荘の奴らは消せたのか?」
ワタルの帰還を察知して出迎えに来たのは、彼の弟・六天メグル。事実上の天魔会ナンバー2だ。
「残念だけど、魔王荘の奴らは一人も。ただ、ミュータント犯罪対策課の刑事は一人処理できた。もう一人は戦闘向きな様子じゃなさそうだったから、これで保馬市警の戦力は削ぎきった。オマケにこんなのも手に入れちゃったしね」
ワタルが取り出したのは、リンドウのスマホだった。リンドウに触れた時に、こっそりポケットから奪っていたのだ。
「あの刑事……確かリンドウって言ったっけ。彼にはかなりお世話になったよ。こうやってスマホも奪い取れたし、ヒョウやザンガを倒した奴ともコンタクトが取れた。しかも、僕の能力のさらなる段階の実験台になってくれたんだからね。彼、きっと面白い事になるよ」
ワタルは意味深な事を言った後、スマホをある人物に渡す。
「スガス、解除をお願い」
「ったく、相変わらず人使いが荒いッスね。まぁ秒で終わりますけど」
名指しされて出てきたのは白衣を纏った気だるげな男、
「はいはい、終わったッスよ」
「ご苦労様。恐らく、いや間違いなくこの中に、僕の作戦を完成させるピースが…………ほらあった」
ワタルはスマホを操作し、あるものを発見する。
「人っていうのは何でもかんでも写真に残したがる生き物だからね。親しい人の写真ってのは大体入ってるのさ」
スマホに映し出されていたのは、魔王荘の面々の写真だ。それはリンドウが新人歓迎パーティーの時に撮影していたものだった。
「それで兄貴、作戦って何だ? 俺達にこの写真から奴らを探し出せとでも言うのか?」
「いや、そんな面倒かつリスクの高い事はしないよ。別に、僕達が直接彼らを仕留める必要は無いんだからさ。結果的に彼らが死ねば何でも良いわけだ。僕達が表に出ない方が、公安も動き出さないだろうし。まぁつまり、こういう事」
次にスマホに映し出されたのは、ダークウェブだった。そしてそこには、魔王荘のメンバーが映った写真と共に懸賞金が出されていた。
「そこはミュータント能力者御用達のダークウェブっす。裏の世界で生きる能力者たちが沢山見てますよ~!」
「そしてさらに、僕達の客の中で、資金未払いの奴らにもこれを送り付けてやろう」
エデンの実を売るときに、相手の連絡先などは押さえてある。コウのように実の対価を支払えていない物に、懸賞金の話が舞い込んでいく。
「……成程な。懸賞金で釣って、裏社会の賞金稼ぎや俺達が作った能力者に始末してもらうって事か。流石兄貴、相変わらず自分の手を汚さない犯罪に慣れてやがる」
「さぁ、これで魔王荘もチェックメイトだ。僕達の革命を邪魔するリスクは一つ残らず排除させてもらうよ」
今まさにワタルの凶手が、魔王荘に迫っていた。
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