第33話 急襲・消滅

 side:アズト・ホーサ


「いや~、やっぱりジェットスニーカーズは最高ですね!」


「俺も初めて聞いたけど、あんなに良い曲だったとはな。今度アイツらにも勧めてやるか」


 俺とヒスイはジェットスニーカーズのライブを聞き終えて、帰路についていた。

 やはりバンドの人気は凄い物で、会場はギュウギュウ詰めだった。群衆に押されるのは非常に不愉快だったが、それさえ吹き飛ばしてしまうほど彼らの音楽は素晴らしかった。これが音の力か……!


「……あれ? リンドウさんから着信あったみたいですね」


「ライブ中にか? もしかしたら、ザンガから何か聞き出せたのかもな」


 リンドウは休日の相棒に意味もなく連絡するような奴じゃないはずだ。彼がわざわざ電話してきたという事は、何か動きがあったという事だ。


「もしもしリンドウさん。どうかしたんですか?」


『羽牟、無事だったか。アズトも一緒か?』


「俺も一緒だけど、何かあったのか?」


『無事なら良かった。今どこにいるんだ?』


「どこって……ちょうど東保馬駅に戻って来た所です。リンドウさん、もしかして何かあったんですか?」


『話は後だ。二人とも、尾行されてないか確認しながら、すぐにそこを離れるんだ。紅虎地蔵の前で落ち合おう』


 それだけ言って、リンドウは一方的に電話を切ってしまった。


「リンドウの奴……様子がおかしかったな」


「はい。何だか凄く焦ってましたよね。それに尾行に気を付けろって……」


「まさか……俺達は追われてるのか?」


「追われてるって、誰に?」


「考えられるのは……白コートの男、『魔王』だな。処刑人の剣持ザンガを倒したんだ。奴からマークされてたとしてもおかしくない。とにかく今は、一刻も早くリンドウと合流しよう。ヒスイ、動物と会話して俺達を追ってる奴がいないか確認してくれ」


 相手の実力は未だ未知数だ。だが少なくとも、ザンガ程の男が従う強さは持っていると見て間違いない。

 なら、襲われた時の為にもまとまっておくのが吉だ。リンドウと合流したら、そのまま魔王荘に戻ろう。今は少しでも戦力が欲しい。


「今は幸い人が多いな。ヒスイ、今から俺の能力で歩行者の影に潜行しながら移動する。しっかり手を握っててくれ」


「は、はい……!」


 ヒスイの手を握り、駅を歩く人達の影に潜りながら移動する。ヒスイが手を握る時の動作が若干ぎこちなかった気もするが、多分この状況に緊張しているんだろう。いつ敵が襲ってくるか分からないこの状況、俺だって内心震えている。


 歩行者の影を転々としながら、俺達は駅を脱出する。ここからは人がまばらになってきたので、気付かれないうちに一気に駆け抜けるしかない。


 ヒスイの能力で周囲を確認してもらいながら、最短距離で駆け抜ける。そしてやっと、紅虎地蔵前に到着した。そしてリンドウの方も、ちょうど今着いたばかりのようだった。


「……お前ら、無事だったか!」


「リンドウ、本当に一体何があったんだ? お前のその焦り具合……尋常じゃないぞ」

 

「……時間が無いから端的に伝える。ザンガが吐いた。白コートの男の名は『六天ワタル』、組織の名は『天魔会』。奴らは革命を目論む危険な組織だ。早く何とかしないと公安も動き出して、甚大な被害が出る。その前に———」


「はいストップ。それ以上喋られると困るなぁ」


 突如、俺達しかいないはずの通りに手を叩く音が鳴り響いた。

 声のした方を向くと……そこには白いコートを羽織った青年が立っていた。


「お前……六天ワタル! 何故ここにいる!?」


「追尾されてたのか……? 人目は徹底的に避けて、動物の目線も借りて尾行が無いことは確認したはずなのに……」


 あまりに突然現れたワタルに、俺達は動揺を隠しきれなかった。


「尾行はしてたさ。でも、君達二人じゃなくてそっちの刑事の方ね。ザンガが逮捕されたって聞いた時から、僕は留置所の周辺を張ってたさ。魔王荘の奴らを追おうと思っても、ホームページに顔までは載ってなかったからね。だから魔王荘に辿り着くために、彼らと絡みのあるリンドウ、君を利用することにしたんだ」


「……チッ、尾行されてたのは俺の方だったって事か……!」


「ザンガが情報を吐いたタイミングで、君は確実に動き出すと思ってた。ザンガが何を話したかは知らないけど、確実に魔王荘と情報共有を行いに行くはずだ。だからそこを叩こうと思ってたんだけど……まさか二人しか釣れないとはね」


 残念そうに言いつつも、ワタルは常に薄ら笑いを浮かべていた。

 この男、今まで出会って来たミュータント能力者とは気配が全く違う。まるで悪意を閉じ込める蓋が最初から無いような……それ程に暴力性がニュートラルな感情として漏出しているのを感じる。


 この男は危険だ。本能的にそう理解した。


「動くな。今すぐ投降しろ。そうすれば命だけは助けると保証しよう」


「君は何を言っているんだい? そうやって理不尽に相手の命を脅かして良いのは、絶対的な強者だけだ。君にそれだけの実力があるのかい? むしろ逆なんじゃないか? 僕も言わせてもらうよ。『今すぐ投降すれば命だけは助けると保証しよう』」


 リンドウは拳銃を抜いてワタルを威圧するが、彼は全く動じていなかった。むしろ、俺達が殺害対象としてロックオンされたようにすら感じる。


「……お前はこの一年で、どれだけの人生を狂わせた? 能力を手にしてこちら側の世界に引きずり込まれた者、能力者の犯罪に巻き込まれた者、その家族や友人。お前がどれだけ崇高な目的を掲げてるかは知らないが、これだけの犠牲が出てる時点でそんな目的はクソ以下だ! 俺が今ここで、お前の下劣な野望を打ち砕いてやるッ! 『ガンズ・マニピュレーター』!」


 交渉の余地が無いと判断したリンドウは、能力を発動しながら銃を撃った。

 銃弾は複雑な軌道を描きながら、ワタルに迫る。突然の発砲を避けられるはずもなく、ワタルは蜂の巣にされる……ハズだった。


「……何が、起きてるんだ?」


 リンドウの弾丸は全て、ワタルに触れる直前で止まっていた。

 そして次の瞬間、弾丸は軌跡を逆戻りしてリンドウの体を貫いていた。


「ガッ……⁉」


「リンドウ! 何だ? 今の現象は一体何なんだ⁉」


 弾丸はリンドウの能力によって操られた軌道を完璧にたどっていた。まるで弾丸が逆再生されたみたいだ。


「とにかくヤバい! 俺も応戦しないと……! アンウェイ・ワー……」


「まずは君から始末する」


 俺が能力を発動しようとしたその時、ワタルは標的をヒスイに変えていた。ワタルの凶手がヒスイに迫る。


「ヒスイ!」


「……あっ」


 ヒスイは恐怖でまともに動けていない。俺もまだ、奴を射程圏内に捉えられていない。

 ヒスイ……!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ワタルの手がヒスイに触れそうになったその時、リンドウが彼女を突き飛ばした。


「……リンドウさん!」


「……誰かを守るのが、刑事の仕事だからな」


 そしてワタルの手は、リンドウの頭をしっかりと掴んだ。


「お疲れ、刑事さん」


 そして次の瞬間……リンドウの体は


「…………リンドウ?」


 一瞬で……消えた?

 あまりに唐突な出来事に、俺は思考が止まってしまった。

 戦場では考えるのをやめた奴から死んでいくというのに。


「アズトさん!」


 ヒスイの声が聞こえる。気付けばワタルの手は既に、俺の頭に触れていた。

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