第30話 動き出す刑事たち

 魔王荘の全員が無職になってから三日目。早速俺達は死にそうになっていた。


「おいヴェルト、そろそろ普通の飯を食わせてくれ。三日連続で三食全部雑草飯なんだ。流石に何か普通の物を……」


「そうだぞヴェルト。そんなに節約しなくても、まだ魔王荘にはある程度の貯金があるだろ? それを使って何か雑草以外の物をワシらに……」


「はぁ……。君達は何も分かっていないよ。確かに、最近はミュータント犯罪が多かったから貯金はまぁまぁある。でもそれ以上に、収入が無いというのは恐ろしい事なんだよ! 電気代にガス代に水道代……レクスがいつ問題を起こすかも分からないから、その資金も用意しておかなくちゃいけない。だから今の魔王荘に余裕なんてものは無いんだよ!」


 現在の魔王荘の資産、400万円!

 今月のガス代電気代水道代、未納!

 さらにレクスの借金50万円!

 世はまさに大貧困時代!


 ……冷静に考えたらヤバすぎるなこれ。大家がヤマじゃなかったら確実に追い出されてるだろ。


「えーヴェルト、それじゃあ今年はクリスマスツリーも飾れないってこと?」


「当たり前だ。世間はクリスマスが何だお正月が何だと騒ぎ始めた頃だが、ウチにそんな物はない! 公園の木の枝を一本拝借して飾り付けるくらいだな、できても」


「それはできてるって言わなくないか……? あと公園の木が可哀想だからやめろ」


「あ~~~久々にもやし鍋が食いてぇよォ~~~」


 そんな終わりきった会話をしていると、突如チャイムが鳴った。ヴェルトがドアを開けると、そこにいたのはヒスイだった。


「あら、ハムちゃん。今日は一人?」


「はい。ちょっとアズトさんに用があって……」


「え、俺?」


 予想外の客に予想外の呼び出し。俺は呼ばれるがまま外に出て、ヒスイと向かい合う。


「最近私、アズトさんに色々助けられてるなーって思って。この前のユニシロでも助けてもらったし、HUTOに潜入した時も私の仕事手伝ってもらったりしたし……。私、アズトさんにお礼がしたいんです。明日休みが取れたので、一緒にお出かけしませんか?」


「あぁ何だ、そんな事? それなら全然良いよ。最近魔王荘は金欠で困ってて地獄だからさ、一日でも抜け出せるなら万々歳だ」


「ふふっ。そうなんですね。それじゃあ明日は久しぶりに美味しい物、食べましょうね!」


 それだけ伝えて、ヒスイは帰っていった。


「おかえりアズト。ヒスイと随分楽しそうに話してたけど、何を話したんだい?」


「どうしたんだヴェルト、そんな死人みたいな顔して……。別に大したことじゃないよ」


「な に を 話 し た ん だ い ?」


 そうやって聞いてくるヴェルトの表情が非常によろしくない。なんでそんな血の涙を流しそうな顔で聞いてくるんだお前は。


「そーだぜアズト、俺達はチームなんだからよ、秘密は無しにしようぜェ?」


「お前までどうしたんだよレクス……。まぁ、ヒスイから明日一緒に出掛けようって誘われただけだよ。という訳で明日一日、ここでの極貧生活から抜け出させてもらうぜ」


 俺がそう言った途端、クリエとエビリスまで血眼になってこっちに寄って来た。


「アンタ一人だけハムちゃんと一緒にクソ貧乏な魔王荘から抜け出そうですって!? そんなの許せないわ!」


「そうだぞアズト。今この状況で女の子と二人呑気に出かけようなんて、お前には危機感という物がないのか⁉」


「おいおいおいおい抜け駆けは許せねぇなァアズトさんよォ? お前一人だけヒスイとイチャつくのが許されるとでも思ってるのか?」


「お前ら落ち着け! ヒスイが俺にお礼したいって言ったから出かけるだけだから! あとレクス、お前なに妄想してんだこの馬鹿!」


 詰め寄る四人を影の腕で押し返しながら、俺は叫ぶ。


「……まぁそういう訳だから、俺は明日外出るわ。何かあったら頼むぞ」


「そうかそうか。魔王荘がこんな危機的状況なのにワシらをほっといて遊びに行くという事は、つまり君はそんなやつなんだな」


「おい! 出かけるんだったらせめて俺達に土産を買ってこい! それが流儀ってモンだろ⁉」


「アンタ私の大事なハムちゃんに手出したら許さないからね⁉」


「お前らほんとに一回落ち着けよ……」


 明日が楽しみじゃないという訳ではなかったが、その夜は外野がうるさくて全然眠れなかった。


 ~~~


 刑事・猿飼リンドウはこの所、ずっと剣持ザンガと睨み合っている。

 部下の羽牟ヒスイはそんな彼を差し置いてどこかに出かけたが、そんな事は気にするまでもない。一刻も早くこの男に情報を吐かせて、ゆっくり熟睡できる心の平穏を取り戻さなくては。


「ただいま戻りました、リンドウさん」


「おかえり。魔王荘に行ってたんだろ? まさかアイツらに、まだザンガの取り調べが終わってないとか余計な事言ってないだろうな?」


「はい。アズトさんを誘いに行っただけなので」


「そうか。まだ取り調べ中な事がバレたら絶対アイツらに馬鹿にされるからな……。あーあと一つ言っておくけど、アズトは大丈夫な部類の奴だと思うぞ。明日、楽しんで来いよ」


 最近はパトロールどころではないので、ヒスイには休みを取ってもらった。こんな狭い所でリンドウと一緒にいるのも退屈だろうという、彼の計らいだ。


「それで……ザンガはまだ何も喋りませんか」


「あぁ。ずっと黙秘を貫いてやがる。それだけ『魔王』とかいう奴への忠誠心が高いって事なんだろうな。まぁでも、何とか俺が吐かせてみせるから。明日は思う存分羽根を伸ばしてこい!」


「はい。ありがとうございます!」


 それから夜になるまで、リンドウはザンガと一緒にカツ丼を食べてみたりしたが、何も聞き出すことはできなかった。


「はぁ……。今日もだんまりかよ。一緒にカツ丼食べたんだし、少しくらい喋ってくれても良いだろ? ……それじゃまた明日、取り調べするからな」


 そう言ってリンドウが取り調べ室を後にしようとした時。


「……明日。夜夢コウの証言から作った似顔絵が完成するんだろ? それの出来次第で、話すかどうか決めてやる」


「本当か……⁉」


 ついにザンガが、口を開いた。

 コウは『魔王』から実を買った者の中では唯一、顔を見ていてかつ協力的だ。彼の情報で大きく事態が動く予感はしていたが、まさかここまで上手く行くとは……。


 これは俺も、明日が楽しみになっちまったな。

 そう思いながら、リンドウはカツ丼の材料を買ってから家に帰った。

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