第29話 黒幕、降臨

 応援で駆けつけたパトカーに乗せてもらって、俺とヴェルトは魔王荘に戻って来た。


「お、二人ともお帰り~。無事で良かったよ!」


 帰宅早々、魔王荘に来ていたヤマが出迎えてくれる。見た目だけは可愛い子供だから、こうして出迎えてくれるのもまぁまぁ嬉しいかもな……。


「今回は結構ヤバかったよ。けど、コウも頑張ってくれたお陰で誰も死なずに済んだ」


「いやほんと、例の白コートの男の部下と戦闘始めたって聞いた時はビビったよ。レクスを応援に送ったけど、必要なかったみたいだね」


 ヤマがそう言うと同時に、俺は後ろから強い視線を感じた。振り返った所にいたのは、息を切らしながら俺とヤマを睨みつけるレクスだった。


「……おかえり」


「おいヤマテメェ、ヴェルト達がピンチだから走って耕田市まで行けなんて無理難題指示しやがって……! しかもその十分後には戦闘終わってるってどういう事だよ⁉ 全速力で走った俺の苦労はどうなったわけ⁉」


 レクスは死にかけのままヤマに掴みかかる。一方のヤマはヘラヘラ笑ってやり過ごそうとしている。


「ハハハッ、流石最速で面接落ちた奴は違うな! 店じゃ働けないからここでこき使ってもらうってか?」


「うるせーエビリス! というかお前も面接落ちたのは同じだろうが! ニートが調子乗るな!」


「そういうお前もニートだろ。まぁ、俺は職持ちだけどな」


「そうだぞお前ら。私とアズトを見習うんだ」


 今回の一件で、俺は晴れて社会人になれた。どうやら魔王荘の中に明確な格が生まれてしまったようだな……。

 そんな事を考えていると、突如ヴェルトのスマホが鳴った。

 

「……ん? 部長から電話だ。はいもしもし……え? ちょっと待ってくださいよ! あれは本当に申し訳なく———あぁ、終わった」


 ヴェルトは部長との電話を終えた途端、絶望の表情を浮かべた。


「ヴェルト、どうかしたのか……?」


「………………会社クビになった」


「お、おぅ……」


 コウの一件ですっかり忘れていたが、俺達は父親が亡くなったばかりの灰谷を勝手に疑った挙句、白紙を突き付けるというとんでもない無礼を働いていたのだった。そりゃあクビになって当然だ。


「って事は、ヴェルトもニートって事か⁉ ギャハハハハ! お前もニートじゃねーか! ハハハハハ!」


「おいレクス、そんなに笑ってやんなよ……」


「ちなみにアズト、君もクビだそうだ」


「え俺も?」


 流れるように俺もクビにされてしまった。まぁ実際潜入していた訳だし、それがバレたら解雇されて当然だよな。


「という事は、魔王荘全員ニートになっちゃったって事⁉ ちょっと嘘でしょ⁉」


「全員ニートとか面白すぎだろ、なぁ! というかこれでヴェルトに『働けニート共!』って言われなくて済むじゃん。ヴェルトもニートになっちまったんだからな!」


「おいレクス。馬鹿笑いしてる所申し訳ないが、今まで魔王荘の稼ぎ手はヴェルト一人だけだった。その収入が無くなった今、魔王荘には事件解決を除いた一切の収入が無い。ワシの言いたい事、分かるか?」


「エビリスの言う通りだ。私がまた定職につけるまで、君達には毎日雑草飯を覚悟してもらう! それが嫌ならせめてバイトをするんだ! いいから働くんだよッ!」


 ……事件は解決したが、魔王荘はとんでもない事になってしまった。全員ニートでやっていける訳がない。

 これからしばらくは毎日雑草かぁ……。俺はこの先が不安になって、ボロい天井を仰いだ。


 ~~~


 保馬市某所。

 ここは一年前までは農園だったが、昨年ある男がこの土地を買い取り、研究施設に作り替えたのだ。

 白いコートを着たその男は今日も、その研究施設に入り浸っていた。


「それで、計画は順調?」


「はい。つい先ほど、当面の目標だった総売上5億円に到達しました」


「おぉ! ついに行ったか! いやぁ、この実を量産した甲斐があったね」


 部下からの報告を聞いた男は、手元にある不思議な模様の実を愛でるように撫でた。

 この奇妙な模様の実こそが、彼らの主な研究内容にして商売道具でもある、エデンの実だ。


 エデンの実は謎が多い。まずエデンの実というのは固有の種ではなく、ある時突然果実が変貌するのだ。それがリンゴでもバナナでもパイナップルでも関係なく、突然模様が現れて変異する。エデンの実に変異した実の種を植えても、生るのは普通の果物だ。


 その為意図的な生産ができず、数を集めるのも至難の業だ。だが男はこのエデンの実を、自身の能力を使って量産することに成功した。


「能力が目覚める可能性の高そうな奴を中心に、金持ちや現状に不満を抱く奴とか色々売ってみたけど、ようやく達成できたか。それで、能力の覚醒率はどう?」


「現在のデータですと、能力覚醒率は約20%程度ですね。能力が目覚めそうな客に狙いを絞っているというのもありますが、妥当な数字だと思います」


「確かにそうみたいだね。つまり、僕の能力で複製した実にも、ちゃんと能力を覚醒させる効果は備わっている訳だ」


 男がエデンの実を売りさばいていた目的は三つ。資金調達と、実が正常に機能する事を確かめるため。残り一つは、今の社会をひっくり返す準備を整えるためだ。


「それでは、計画の第二段階に進むという事でよろしいですか?」


「あぁ、そろそろ頃合いだね。メグルが作ってくれたこの『新エデンの実』を売り捌く時が来た」


 男はバスケットから、もう一つのエデンの実を取り出した。元のものと形は同じだが、色や模様が若干異なっている。


「了解しました。それでは、準備を進めさせていただきます」


「あぁ。頼んだよ」


 報告を終え、部下は男の部屋を後にする。それと入れ違いになる形で、男と顔立ちの似た青年が慌てた様子で入って来た。


「どうしたんだい、メグル。そんなに慌てて」


「大変だ兄貴。ザンガの奴がサツに捕まった」


 メグルと呼ばれた青年の報告を聞いて、男はわずかに眉をひそめた。


「本当かい? これまでザンガはどんな能力者も返り討ちにしてきた。そんな彼を倒せる程強い能力者、今の保馬市警にいたっけ?」


「サツじゃねぇ。どうやらこの『魔王荘』って奴らがザンガを倒したらしい」


 メグルはタブレット端末に映し出された、ショボいホームページを男に見せる。


「……成程、ミュータント犯罪の自衛組織か」


「そこそこ有力な奴ららしいぜ。兄貴が期待してた物憑ヒョウを倒したのもコイツらだ」


「ヒョウを? それは驚いたな。となると、やはり相当な強者揃いか……」


 男はしばらくホームページを眺めると、突然立ち上がった。


「兄貴、コイツらほっとく訳にもいかないだろ。『魔王』の名前も被ってるし。どうするんだ?」


「処刑人のザンガがやられた以上、これ以上不用意に兵を送っても犠牲を増やすだけになる可能性が高い。そっちの方がリスクが高い。ここはこの僕、六天ろくてんワタルが直々に彼らを始末することにするよ」


 男——ワタルは白いコートをたなびかせながら、その部屋を後にした。

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