第28話 フルアームド・アンウェイ・ワールド

「『フルアームド・アンウェイ・ワールド』。これを発動したからには、テメェはもう無事ではいられねぇぜ」


「影を全身に纏った……? それで何が変わるかァ!」


 影を纏っただけだと甘く見たザンガは、再び剣を突き立てて能力を発動しようとする。


「させるかよ!」


 だが俺はそれより早くザンガの元に辿り着いてやり、剣を持って動きを止める。


「速ッ——」


「その剣、使わせてもらうぞ!」


 さらに俺はザンガから剣を奪い取り、彼の体を斬りつける。鮮血が舞い、それを剣は吸収した。


「テメェ! 剣を返しやがれ!」


「お望み通り返してやるよ。だが、これ以上能力が使えるか?」


「何だとテメェ!」


 吠えた後で、彼は何かに気付いたようだ。自らの能力たる剣を、疑り深く凝視している。


「俺が見た限り、この剣は確かにお前の血を吸収してたぜ。次に能力を使ったら、自分にもダメージが行っちまうんじゃねぇか?」


「……そんなのハッタリだ! 俺の能力が俺自身に牙を剥くわけがないだろ!」


「そう思うんだったらやってみろよ。お前も分からないんだろ?」


「そんなに言うんだったらやってやるよ! その生意気な口が二度と利けねぇようになァァァァァ!」


 ザンガは剣を突き立てようとしたが、一瞬ためらった。だがその一瞬が命取りだ。


「ヴェルト、今だ」


「何二人だけの世界に浸ってんだ、大馬鹿野郎。俺がいるってのを忘れちまったか⁉」


 ザンガがためらった一瞬の隙に、ヴェルトの拳が叩き込まれる。彼の能力がふんだんに乗った拳は、顔面に直撃してザンガの歯を何本か吹っ飛ばした。


「テメェやりやがっ———」


「っと、まだ終わるにはもったいねぇよな⁉」


 そこにすかさず、俺が追撃に入る。全身に影のアーマーを装備して底上げされた身体能力を駆使して、ザンガの脚を掴んで地面に叩きつける。


「容赦はしねぇ。徹底的にやらせてもらう!」


 腹を思い切り殴りつけ、体がくの字に折れ曲がった所に、すかさず回し蹴りを撃ち込む。さらに起き上がって来た所に、渾身のラッシュを撃ち込む。


「速ッ……! 反撃の隙———無いッ!」


「ウラァアァァァァァァァァァァァッ!」


 ラッシュを喰らったザンガは、血を吐き散らしながらぶっ飛んだ。……だがそれでも諦めていないのか、剣を持って立ち上がってくる。


「やれやれ……しぶとい奴だな」


「アズト、どうする? このクソ野郎はどうやって倒す?」


「ここまで来たら策も何も必要無い。『倒れるまでぶん殴る』これで良いだろ!」


「お前ら……俺を甘く見るんじゃねぇ! その程度でこの剣持ザンガが倒せるかァ!」


 ザンガは剣を振りかぶるが、ヴェルトの一撃が直撃する。


「よし、決めるぜヴェルト」


「俺にも分けてくれるのか? ありがたい事この上ないな!」


 血を吐くザンガに、俺達でトドメのラッシュを決めてやる。


「ウラァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

「イライライライライライライライライライライライライライラァ!」


「ぐがじゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 影のアーマーを乗せた俺の拳と、ストレスを全開放したヴェルトの拳。それを同時に何発も喰らったザンガは、聞き取れない悲鳴を上げながら空高く打ち上げられた。そして地面に落ちてきた時には、完全に気を失っていた。


 ~~~


「こりゃ随分とひでぇ有様だな……。生きてるのが不思議な位だぜ」


 現場に戻って来たリンドウとヒスイ、そしてコウは、ボロ雑巾のようになったザンガを哀れな目で眺めていた。


「とりあえず、コイツは意識が回復するのを待って、警察で事情聴取を行う。ようやく『魔王』に近しい奴を捕まえられた。そっちの捜査も大きく進展するはずだから、期待して待っててくれよ」


「あぁ。調査は頼んだぞ」


 ザンガの話が一段落したのを確認して、コウがリンドウの元に歩いてくる。彼は両手を上げながらリンドウに近づき、彼の前に両手を差し出した。


「……俺は自分の能力で、自分の意志で、部長を殺しました。その後で、店の金庫を襲って400万を盗みました。……俺は最悪の犯罪者だ。逮捕してください」


「コウ……」


「……君が犯罪を犯してしまったのは確かな事だ。だが、部長が君をそこまで追い詰めていたのも事実だし、強盗の件に関しても、スマホの通話記録から君が脅迫されていた事は照明できる。情状酌量の余地は十分にあるはずだ。それよりも俺は、両親を守るためにザンガに立ち向かった君の勇気を称えたい。本当に、よく頑張ったな」


 リンドウはすぐにはコウに手錠をかけず、その手を彼の頭の上に置いた。


「リンドウお前、たまには良い事言うじゃないか」


「俺は悪を裁くよりも、正義を尊重するために警察になったんだよ。悪人糾弾するより、こっちの方が俺の性に合ってる」


 リンドウの言葉に、俺は感心した部分があった。

 悪を裁くより正義を尊重する、か。

 

 かつて俺は、国の為にいくつもの悪事に手を染めてきた。国の為に必要な事だった以上ためらいは無かったが、心の中にはどこか後ろめたさがあった。

 だが魔王荘に来てからは、そんな事は無くなった。それは多分、俺は今正しい行いをしていると、自信を持って言えるようになったからだ。

 悪を許さない心も確かに、大事だが、それ以上に大切なのは正義を尊重する心なのかもしれない。


 ……本当に、魔王荘に来てから俺の心は変わったみたいだな。


「……ヴェルト、ごめんな。こんな事になっちゃって。こんな方法で部長を何とかするなんて、お前は望んでなかっただろうにな……。結局あの居酒屋、行けないままになっちまったな」


「何言ってるんだよ、コウ。そんなの、出所した後でも行けるじゃねーかよ。それに部長の件だって、確かにやり方は間違ってたかもしれないけど……お前の行動で確かに状況は動いたんだ」


「ヴェルト……!」


「私はいつまでも君を待つよ。だってあの地獄を生き抜けたのは、君がいてくれたからだから。時が経とうと、君が私の大事な友人だという事は変わらない。オススメの居酒屋たくさん用意して待ってるよ」


 ヴェルトとコウは、固い約束の握手を交わした。雨は上がり、雲の隙間から一筋の光が俺達を照らしていた。

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