第31話 デート&ファイト

 翌日の朝。俺は六時に起きて、一人こっそりと魔王荘を出た。

 理由は単純明快。アイツらに絡まれると面倒だからだ。ただヒスイとちょっと出かけてくるだけなのに、何故かアイツら異様に突っかかってきやがる。何考えてるんだマジで。


 ヴェルトも仕事をクビになったお陰で、起きる時間が少し遅くなっていた。幸いにもそのお陰で、俺は早朝にこっそりと出ていく事に成功した。


 外で適当に暇をつぶして、約束の九時になった。ヒスイとは保馬市名物の一つ、紅虎あかとら地蔵の前で待ち合わせた。何やら昔、この辺りで有名だった侍の功績を称えて作られた地蔵なんだとか。


「あっ、アズトさんお待たせしました! ごめんなさい、こんな寒い中で待たせちゃって」


「いやいや。俺も早い所魔王荘から脱出したかったし。良いんだよ」


 そう言うとヒスイは何だか微妙そうな表情をしていたが、まぁいいか。


「それじゃ、行きましょうか!」


「そういえば、今日はどこに行くんだ?」


「今日は二時から、あの『ジェットスニーカーズ』のライブがあるんですよ! アズトさん知ってますか?」


「じぇっと……? すまん、初耳だな」


「ジェットスニーカーズは最近人気になってきたバンドで、ここ保馬市の出身なんです。今日は地元への感謝って事で、保馬中央公園でライブするんですよ! 実は私、ペアチケットに当選しまして……。他に誘う相手も思いつかなかったので、アズトさんに声を掛けたんです。迷惑でしたか……?」


「いやいや、迷惑なんかじゃないよ。俺は知らない物に触れるのは結構好きだからな。聞くのが楽しみだ」


 バンドか。この世界に来てから音楽はあまり聞いていなかったが、この世界ではそういうのが流行っているのだな。俺が好きだった民謡とかはほとんど見ないがな……。


「保馬中央公園は、ここから電車で三十分くらいの場所にあります。着いた後もそこそこ時間があるので、あっちでご飯も食べる予定ですね」


「そうそう。本日のお楽しみだ! 店は見当ついてるのか?」


「この前私達が潜入したHUTOのレストランがあるみたいです。折角だしそこに行ってみようかなーって」


 実際に働いて分かったが、HUTOの料理はマジで美味い。チェーン店とは思えない程のクオリティと豆腐アレンジのレパートリーだ。そんな凄い所に俺は勤めてたんだなぁ……と感慨深くなったものだ。

 

 それから雑談をしながら、俺達は電車で保馬市中央部まで移動した。

 話していて思ったが、やっぱりヒスイはだいぶ印象が変わったと思う。前までこんなに積極的だったか……?

 あと、サイダー2Lを一気飲みする特技を持っているらしい。どういう特技なんだ。


「お、そろそろ着きますね。HUTOのレストランは駅のすぐ近くにあるらしいですよ」


 彼女の言う通り、駅を出て二分歩いたところに件のレストランが見えてきた。

 HUTOが出店するそのレストランの名は『フートリヤ』。ビルの六階に入っているようで、高所からの景色も楽しめそうだ。それはそうと、名前はもう少し何とかならなかったのか?


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


「それじゃあ私、豆腐カルボナーラとディアボラ風豆腐ハンバーグで!」


 ヒスイは迷うことなく呪文のような名前を唱えて注文した。この店にはよく来るのだろうか?


「そういえばヒスイ、ここの会計って誰持ちなんだ?」


「誘ったの私ですし、流石に私が払いますよ。今魔王荘お金無いんですよね? 大丈夫です、刑事の給料甘く見ないでください!」


「それじゃあ豆腐入りミートソーススパゲティとミラノ風豆腐ドリアと豆腐とチキンのサラダと豆腐コーンスープとグリルステーキを頼む。あ、あと豆腐プリン5個も追加で」


「ちょっとちょっと頼みすぎ頼みすぎ! アズトさんは常識人のままでいてくださいよお願いだから!」


 流石にやりすぎたので、スパゲティとコーンスープ、ステーキと豆腐プリン5個だけにしておいた。やっぱり豆腐プリンだけは絶対に外せないよな。


「アズトさん……いくら普段の食事が貧相だからって、ハメ外しすぎですよ。私は大丈夫ですけど、店員さんちょっと引いてましたよ?今度から気を付けてくださいね」


「あぁ、すまない……。普段からレクスの奇行を見てたら、無意識に引っ張られてしまったみたいだ」


「まぁでも、私はアズトさんのそういう所も面白くて良いと思いますよ。特にプリン狂信者な所とか」


「え? プリン狂信者は国民の義務じゃないのか?」


「……魔王荘の人達って全員どこかイカれてるんですか?」


 本当に、最初会った時からは想像もつかない位おしゃべりになったな。ここまで変わるには何か理由がいるはずだ。彼女の身に何かあったのか……? 少し心配になってくる。

 少し雑談していると、すぐに料理がやってきた。豆腐プリンは食後に来るらしく、最初に食べようと思っていた俺は出鼻をくじかれてがーんとなった。


「……ゥンまああ~いっ! ただの豆腐のハズなのに、この味のバリエーションにハーモニー、豆腐とは変幻自在のカメレオンだったのか⁉ そして極めつけはこのステーキよ! ただでさえ美味いってのに、特製豆腐ソースが肉の美味さを引き立てる! この引き立て役は助演男優賞受賞確定だァ~!」


「アズトさん食レポ上手いですね! グルメライターとかやってみたらどうですか?」


「成程な、考えておこう!」


 色々と喋りながら食べているうちに、あっという間に全部平らげてしまった。残すところは豆腐プリン×5だけだ。


「では……いただきます」


 期待と緊張で震える手を鎮めながら、慎重にスプーンですくって口の中に送り込む。


「……どうですか?」


「これは……コイツは……ゥンまああ~いっ!!!」


 どうやら俺は、再び至高のプリンを見つけてしまったようだ。


 ~~~


 時を同じくして、留置所のリンドウとザンガ。


「ほらよ。カツ丼と、コウの証言を基に描いた似顔絵だ」


 ザンガはカツ丼を払いのけ、似顔絵を注視する。そして納得の行ったような顔をして、似顔絵を机に置いた。


「カツ丼はもう飽きたわ。だがこの似顔絵は、間違いなくアイツの物だ。……分かった。俺の知ってる事を、お前に話してやろう」


「そうか。じゃあまず、『魔王』という男は一体何者なんだ?」


 リンドウが問うと、ザンガは数秒の沈黙の後に答える。


「そいつの名は六天ワタル。今の日本に『革命』を起こそうとしてる、最高にクレイジーな野郎だぜ」

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