第26話 幸せを掴む覚悟

「よし、コウの車をNシステムで追尾する準備が整った。これで正確にアイツを追跡できるぜ」


 リンドウの手引で、警察がコウの車の現在地を確認してくれることになったようだ。やはり、こういう時に警察の力は頼りになる。


「それで、コウは今どこに向かっているんだ?」


「このルートは……隣の耕田市に向かおうとしてるのか? あっちはかなりの田舎だったはずだが……何を考えているんだ?」


 コウの大体の行き先は分かったが、狙いが見えてこない。逃げるなら、交通手段が多い都市部に逃げたほうが良いはずだ。そっちの方が人混みに紛れる事もできる。

 そんな状況で、彼がわざわざ耕田市に逃げ込む理由は何だ?


「……あ」


「どうしたヴェルト、何か分かったのか?」


「そういえば昔、彼から聞いたんだ。実家が耕田市にあるから、今度遊びに来いよって。結局行かないまま、こんなことになってしまったけど……」


「だとすると、奴は実家に向かっているのか……? 何故こんな時に?」


「……あ。もしかして白コートの男じゃないですか? 現状、コウさんは彼からエデンの実を買って能力者になった可能性が高い。でもコウさんはその代金が支払えず、両親に助けを求めたとか?」


「『魔王』と呼ばれるような奴だ。代金が支払えないなら両親を殺すと脅しをかけている可能性も考えられる。とにかく、コウの実家だ! リンドウ、今すぐ位置を調べて!」


 リンドウは本部に頼み、コウの実家の位置を調べてもらう。一分ほどで場所は分かった。


「よし、あとはここに向かうだけだな。リンドウ、最短ルートで頼むぞ」


「あたぼうよ!」


「コウ……。今行くからな!」


 ナビゲートの案内さえも無視して、俺達は最短ルートを突っ切ってコウの実家を目指した。


 〜〜〜


 耕田市は保馬市とは比較にならないほど田舎な地域だ。そのため、地図に乗っていない近道も多数ある。

 コウは地元民の知識でそれをフル活用して、最速で実家までたどり着いた。


「他の車はいないか。早く父さんと母さんを逃さないと……!」


 両親の車も無いという事は、どこかに出かけているようだ。

 コウが車を降りて実家に入ろうとした、その時だった。家の真正面に、黒い車が停まる。

 白コートの男か? それともヴェルト達? どちらにしても、今のコウにとっては脅威だ。コウは警戒するが、車から出てきたのはどちらでもなかった。


「お、丁度着いた所だったのか。アイツから名前は聞いてるぜ。夜夢コウ、約束通りテメェとその両親を殺しに来た」


 黒いスーツを着た屈強な男は、タバコを吹かせながらそう言った。


「……白コートの男の仲間か。本人じゃないんだな」


「当たり前だ。アイツは利益にならない事のために危険は犯さない。だからリスク対処の為にこの俺、剣持ザンガがいるんだよ」


 ザンガはそう言うと、ゆっくりコウに近づいてくる。


「……最後にもう一回交渉させてくれないか? ここに400万ならある。あと少しだけ時間をくれれば必ず700万集められる。だからもう少しだけ待ってくれないか?」


 コウは金庫から盗んだ400万を出し、ザンガに訴えかける。白コートの男は駄目だったが、もしかしたらザンガなら要求が通るかもしれない。そんな最後の希望にかけての行動だ。


「……400万出した程度で何か変わるとでも? もうとっくにアイツには断られてるくせによ。俺ごときに決定権があると思ったか? マヌケ。俺は処刑人だ。ただアイツに仇なす者を殺すだけの存在。処刑人に救いを求めるだけ無駄だ」


「そうか……。なら、俺はお前を倒す。お前を倒して、父さん母さんと一緒にお前らが追えない所まで逃げてやる」


 自分を殺そうとするザンガに、コウはひるまず立ち向かった。


「……まさか、俺に歯向かうつもりか?」


「当たり前だ。ここは通さないぞ! 俺は今度こそ幸せを掴むんだッ!」


「……フフッ、ハハハッ! お前本気で言ってるのかよ? 面白ぇ、だったらお前は、両親を守れない無力感を味あわせながら殺してやるよ! 『ソード・オブ・ハンター』!」


 ザンガが能力を叫ぶと、彼の手に片手剣が出現した。鍔に翼の彫刻が施された、中世風の剣だ。

 夜夢家の実家は広い庭がある。戦闘するには十分だろう。


「さぁほら、かかってこいよ」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 コウは勇ましい叫びを上げながら、ザンガに殴りかかる。だが、その拳が直撃するより早く、ザンガの剣が彼を切り裂いた。


「がッ……! 痛ッ……!」


「これだから素人は。ミュータント戦の何たるかをまるで分かってねぇな」


 痛みに倒れるコウを横目に、ザンガは剣を地面に突き立てた。その瞬間、コウの体にさらなるダメージが降りかかる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁッ!」


「弱すぎる。こんなので俺を止めようなんて、ガキでも思わない事だろ」


 余裕のザンガは、苦しむコウを蹴り飛ばす。


「お前の能力はアイツから聞いてるぜ。『キャッチ・ザ・フォーチュン』。触れた相手に不幸のサインを付与して、五分後に不幸に襲わせる能力だろ? 正直言って弱すぎるぜ。相手に触れなくちゃならない上に、即効性もない。終いにゃ何が起きるかも分からないんだろ? そんなカス能力が俺に喧嘩売ってんじゃねぇ!」


 ザンガは能力さえ使わず、コウを蹴りまくる。だが鍛え抜かれた体から放たれる蹴りは、コウをボロボロにするのに十分な威力だった。


「ったく……。久々の仕事だからちょっと鬱憤晴らされてもらったぜ。さて、そろそろ殺しとくか」


 しばらく蹴ったところで、ザンガは再び剣を持ってコウにトドメを刺そうとする。

 ……だがその寸前で、コウはザンガの足を掴んだ。


「……何の真似だ?」


「俺の能力は……確かにどうしようもないよ。でもこの能力はな、自分自身も対象にできるんだ。そして不幸のサインは、触れた生物に押し付ける事ができる。不幸が降り注ぐのは、能力発動五分後に不幸のサインを持ってるやつだ」


「……ッ! お前まさか!」


 ザンガは慌てて、自分の左手の甲を確認する。そこにはやはり、青く光る紋章――不幸のサインが。


「お前が俺を無駄にいたぶってくれたお陰で、自分に付与した不幸のサインがもうすぐ五分になる。ありがとな、俺をいじめてくれてよォ!」


「貴様ッ!」


 ザンガが怒りに任せて剣を振り下ろそうとした時、彼に不幸が訪れた。


「それ以上コウに手出すんじゃねぇ!」


 突如飛んできたヴェルトのキックが、ザンガの顔面にクリーンヒットした。


「ヴェルト……!」


「ギリギリ間に合ったみたいだな。これも『ラッキー』って奴か」


 時に他人の不幸とは、皮肉にも誰かの幸運となりうる。コウは間違いなく、この瞬間幸運を掴んだ。


 〜〜〜

 ヤマのメモ

 能力名:キャッチ・ザ・フォーチュン 能力者:夜夢コウ

 能力:触れた生物に『不幸のサイン』を付与する。このサインは触れることで他の生物に押し付ける事が可能。能力発動五分後に、最終的にサインを持っていた者が不幸に襲われる。不幸の内容はコウにも分からない。

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