第25話 キャッチ・ザ・フォーチュン
「あぁ? 何言ってんだこの男。まぁいい、さっさとやっちまおうぜ!」
「『さっさとやっちまおうぜ』だと? それはなァ……俺の台詞なんだよ!」
能力発動後のヴェルトは、明らかに普段と様子が違っていた。それどころか、普段の面影が見えない程に荒々しく変貌している。
「テメェ舐めた口聞いてんじゃ———」
叩きの一人がヴェルトに殴り掛かるが、一瞬でヴェルトのカウンターパンチが炸裂していた。男は鼻血をぶちまけながら派手に吹っ飛んだ。
「……ひ、怯むな! 全員でかかれば何とかなるハズだ!」
リーダーの一声で、残りの四人が一斉にバットを振りかぶる。
だがヴェルトは一切怯むことなく、目にも見えない速さのラッシュを繰り出した。
「イライライライライライライライライライラァ!」
怒りが溢れ出ている掛け声と共に放たれたラッシュで、叩き達は一瞬で再起不能にさせられてしまった。
ヴェルトは宣言通り、十秒で叩きを始末した。
「す、すげぇ……。なんてパワーとスピードなんだ」
「ふぅ……。私の『ヴェンデッタ・レジリエンス』は日々のストレスを蓄積し、一気に解放することで身体能力を強化できる能力なんだ。久々に解放したからスッキリしたよ」
ストレスの蓄積か。確かに、あの魔王荘で過ごして、ブラックな部長の下で働いていたら、とんでもないストレスが溜まるだろう。溜めすぎて逆にオーバーフローとかしないのか……?
「とにかく、早くコウを追わないと。ヒスイ、コウの居場所は?」
「……鳥さんによると、駐車場の方に向かってるみたいです。車で逃げるつもりですかね?」
「そうなったらヤバい。早く追わないと!」
「待てヴェルト。普通に追うんじゃ間に合わない。ヴェルトはもう一回能力を発動して、全速力で走ってくれ。俺とヒスイはヴェルトの影に潜って一緒に移動する!」
「アズト、その案採用!」
折角ヴェルトの能力が使えるなら、それを活かさない手は無い。俺とヒスイはヴェルトの影に潜り、ヴェルトには能力を発動してもらう。
「『ヴェンデッタ・レジリエンス』、トばすぜ!」
能力を全開にしたヴェルトは、車にも匹敵する程のスピードで走り出した。建物の窓枠に足をかけて跳躍し、屋上を飛び回って最短距離でコウに迫る。
「見つけたぞ、コウ!」
「ヴェルト……!」
到着と同時に、俺達も影から出てコウを捕捉する。ヴェルトを見つけたコウは、安堵と不安が混じったような複雑な表情をしていた。
「……すまない。あの二人を守れるのは俺しかいないんだ」
コウは一言そう言うと、車のエンジンを入れて発進してしまった。
「クソッ! 一足遅かったか!」
「流石にこのままヴェルトが追い続けるのにも無理がある……。どうするんだ? 俺達車持ってないぞ!?」
万事休すかと思われたその時だった。
「おいお前ら、待たせたな! 車が欲しいんだろ? 特別に乗せてやるよ!」
颯爽と現れたのは、パトカーに乗ったリンドウだった。
「リンドウ!? どうしてここに?」
「こんな事もあろうかと、私が呼んでおきました!」
「ヒスイナイス! ありがとな!」
「さぁほら、さっさと乗れ! 逃げられるぞ!」
俺達はリンドウのパトカーに乗り込む。全員乗った事を確認すると、リンドウはサイレンを鳴らして全速力でパトカーを走らせた。
「ヒスイ、鳥と会話してコウの行先を特定してくれ!」
「了解ですリンドウさん!」
ヒスイは窓を開け、通りすがったカラスに何かを話す。カラスはヒスイの頼みを承諾するように首を動かし、飛び立っていった。
そして数十秒後、別のカラスが情報を伝えに来た。
「……コウさんは市境の方に向かってるみたいです。もしかして、保馬市を出るつもり……?」
「どこに行こうとしてるのかは知らんが、絶対に逃がさない。何としても捕まえるぞ!」
リンドウはさらにアクセルを強く踏み、パトカーを走らせる。
ここにいる全員、目標は一つだ。コウがこれ以上罪を犯す前に、絶対に止めてみせる。彼の友人であるヴェルトのためにも。
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コウは一心不乱に車を走らせながら、ある男に電話をかけていた。自身にエデンの実を売った、白いコートの男に。
『君、見ればわかるよ。自分の現状に深い絶望を抱いている。相当深い闇だ。……もし、その闇を晴らせるかもしれない方法があるとしたら、君はいくら出す?』
一週間前の帰り道で、白コートの男に声を掛けられたのが、全ての始まりだった。
『これはエデンの実。これを食べて選ばれれば、現状を変える事ができる特別な力が手に入る。ただし、能力を得られるかは君の才能次第だ。さぁどうする? このままくだらない運命に弄ばれるか、僕に投資して運命を打ち砕くか。選ぶのは、君だ』
男の言葉に乗せられて、金に余裕が無いにも関わらず実を買ってしまった。後払いで良いとは言ってくれたものの、700万なんて今のコウにはとても払えなかった。
何とか700万用意してみせる。そんな覚悟と共にコウは実を食べ、無事にミュータント能力に目覚めた。
『キャッチ・ザ・フォーチュン』。それがコウの能力の名前だ。この能力で、コウは文字通り幸せを掴むはずだった。
それがどうだ? コウは立派な犯罪者になり、一番の友人に追われる羽目になってしまった。そして白コートの男からも、両親を殺すと脅しをかけられる始末。部長を殺した所で、少しも幸せにはなれなかった。
そんな事を考えているうちに、ようやく男に電話が繋がった。
「……お願いです。どうか、どうかもう少しだけ時間を頂けませんか? もう少しだけ時間があれば、必ず700万用意できます! なのでどうか、両親の命だけは……!」
『……コウ君。人間を突き動かす最も大きな力は利益だ。僕は利益を追い求めて今のビジネスをしている。その点君はどうだ? 僕が要求した額も満足に用意できない。僕に利益をもたらすどころか、損害を負わせるような人間は、一族皆殺しにされて当然だと思わないかい?』
コウの懇願を、男はあっさりと払いのけた。
「ちょ……ちょっと待ってください!」
『あぁ、一つ忘れてたよ。人間を突き動かす、利益に並ぶ大きな力。それはリスクだ。どんな怠け者でも、自分の身に危険が迫るならば、それを排除するための努力を惜しまない。金を支払えず、さらに僕に会っている君はリスクでしかないんだ。……僕の言いたい事、分かるよね? それじゃ』
電話は一方的に切られてしまった。
コウは思い知った。あの男には一切の慈悲が無いという事。そして、両親を守るためには自分が立ち向かうしかないという事を。
目指すは、両親が住む耕田市——保馬市の隣の市だ。全力で車を走らせれば、一時間程度で着くだろう。
何としても白コートの男よりも早く辿り着いて、両親を守らなくては。
「『キャッチ・ザ・フォーチュン』……俺は今度こそこの能力で、幸せを掴んでみせる」
コウは覚悟を決め、車のアクセルを強く踏み込んだ。
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ヤマのメモ
能力名:ヴェンデッタ・レジリエンス 能力者:ヴェルト・シューゲイズ
能力:日々のストレスを蓄積し、一気に解き放つ事で身体能力を一時的に上昇させる。ちなみに、ヴェルトはこの能力を使うと非常にハイになり、普段と性格が逆転する。
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