第24話 判明、逃亡、不幸
翌日の朝。ヴェルトには始業一時間前の八時に、灰谷を呼び出してもらった。
約束の時間まで、あと五分だ。
「灰谷、本当に来るのか……?」
「あぁ。『急ぎで相談したい事があるから』ってお願いしたからね。部長として断る訳にはいかないだろう。逆に、ここで来なかったらほぼ確実に彼が犯人だ」
俺とヴェルト、ヒスイはただひたすら、灰谷が来るのを待った。
そして約束の時間の一分前に、ようやく彼は現れた。
「ヴェルト、相談とは何だ? それにそっちの二人は……。とにかく、私は今あまり余裕が無いんだ。なるべく早く済ませてくれ」
「分かりました。それじゃあ、これを見てください」
そう言ってヴェルトは、一枚の紙を灰谷に見せた。
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昨日会社から帰る前。灰谷が犯人だと予想したは良いものの、俺達には彼が能力者だと証明する術が無かった。
「馬鹿正直に聞いたところで否定されるだけだろうし……何か良い方法は無いものか」
あと一歩の所で決め手に欠ける。どうしたものかと考えていると、ヒスイが何か思いついたかのようにポンと手を叩いた。
「あ、あれが使えるかもです!」
「ヒスイ、何か案があるのか?」
「はい。私が警察に入った時の事なんですけど……」
ヒスイによると、新入りの警察官はまず、ミュータント能力を持っているかどうかの審査が行われるらしい。
「審査と言ってもすごく単純なもので、紙に書かれた質問に答えていくだけです。でもその中に一つだけ、能力によって作成された質問が混じってるんです。当然その質問は能力者にしか見えないから、それに答えているかどうかで見分けが付く仕組みになってるんです」
「成程。確かに、中には無自覚の能力者もいるらしいから、それを見つけ出すにはもってこいだ。ミュータント犯罪対策課の人手不足を何とかしたい警察の苦労が身に染みて伝わってくるよ」
警察が能力者を見つけ出す方法を聞いて、俺はヒスイが何を言いたいのか何となく分かった。
「つまり、灰谷に同じように能力で作成した文章を見せて、それが見えるか見えないかで判断できるって事だな?」
「はい。今からリンドウさんに連絡して、その能力者の方に文書を作ってもらえるようお願いしてもらいます」
「よし、頼んだぞヒスイ! あとリンドウも!」
ヒスイはリンドウに電話をかけ、事の顛末を説明する。少し経った後、リンドウから快諾の返事が返って来た。
「……ふぅ、何とか作ってもらえそうですね」
「よし、そうと決まればあとは明日を待つだけだな」
灰谷が犯人だという確証を掴むための最後のピースは手に入った。
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ヴェルトが灰谷に見せたのは、その能力者によって作成された文書が書かれた紙だ。これに彼が反応を示せば、彼が犯人だという事がほぼ確定する。
どうだ……?
灰谷は困惑した様子で紙を眺めている。そして一言、こう言った。
「……ヴェルト、これは一体何だ? 何も書かれていないじゃないか」
———この反応、嘘はついていない。灰谷は非能力者、犯人じゃない。
「……え? 本当に何も見えないんですか?」
「ヴェルトお前、こんな事の為に私を呼び出したのか⁉ 私は昨日父が亡くなって気が気じゃないんだ! 君のくだらない遊びごとに付き合っている暇はない。こんな下らん事をするとは、見損なったぞヴェルト」
灰谷は怒り狂い、ヴェルトに紙を乱暴に押し付けて帰っていった。
……そうか。恐らく灰谷の父親は、ここ数日で危篤状態になっていたのだろう。灰谷の電話が多かったのは、恐らくそのためだ。そして昨日休んでいたのも、父親が亡くなったから。
「……ヴェルト、俺達は大きな思い違いをしていたみたいだ」
「部長が違うって事は、他の営業部の誰かか? いや、まだ他にも候補がいる可能性が……」
ヴェルトだって気付いているはずだ。灰谷が違った以上、もはや彼しか候補が残っていないことを。
だが、認めたくないのだろう。友人が殺人を犯したという事を。
「ヴェルト! ……もう、認めるしか無いんだよ。お前がコウの事を友人だと思ってるなら、これ以上罪を重ねる前に止めてやるのが、友としてお前がやるべき事じゃないのか⁉」
「……確かにお前の言う通りかもな、アズト。私だって、まだ認めたくない。だが……ミュータント犯罪に対処するのが魔王荘の役目だからな。それが定めなら、それに従おう」
ヴェルトも覚悟を決めてくれた。
コウはまだ会社に来ていない。彼の元に向かおうとした、その時だった。
「泥棒! 泥棒よ! 金庫のお金を盗んでいった!」
一階の方から、店長の若林さんの叫び声が聞こえてきた。
「店長! 泥棒って!?」
「金庫の方を掃除しようと思ったら、金庫を漁ってる人がいたの。私が声を掛けたら、慌ててあっちの方に逃げて行ったわ」
「このタイミングで泥棒、まさか……」
「分かった店長! 泥棒は俺達が捕まえる!」
まだそこまで遠くには行っていないハズだ。俺達は全力で駆け、そして見つける。
「止まれ! ……やっぱりお前だったんだな、コウ」
声を掛けると、泥棒はこちらを振り返った。その青い髪は間違いなくコウだ。
「コウ、どうして……」
「…………ヴェルト、すまない」
コウは一言呟いた後、ヴェルトを殴って再び逃走した。
「おいコウ! 待て!」
「アズトさんちょっと待ってください! これを見て!」
俺はコウを追跡しようとしたが、ヒスイが俺を引き留める。
コウに殴られたヴェルトの左手の甲には、例の青い紋章が浮かび上がっていた。
「これって、部長にも浮かんでたっていう……?」
「あぁ、間違いない。これで確定してしまったな。……部長を殺したのはコウだ」
ヴェルトは真上を見上げながら、悔しそうに呟いた。
「それより、今はこの紋章をどうにかしないと……!」
「その必要は無い。仮に車が突っこんで来ようと、私の能力なら対処できる。今はとにかく、コウを追いかけないと!」
「分かりました。鳥達にお願いして、コウさんの居場所を探ってもらいます!」
ヒスイは能力で鳥達と会話し、コウの居場所を探ってもらう。そして鳥からの情報を元に、俺達はコウを追走する。
「コウさんは現金が入った鞄を抱えてます。それなりの重量があるみたいなので、そこまで速く走れないみたいですね」
「だったら、追い付くのも時間の問題か!」
だが俺達の追走は、意外な形で中断される事になる。
ヴェルトに紋章が浮かび上がって五分が経った時だった。突如、彼の手の甲から紋章が消えた。
「あれ、紋章が……?」
不思議に思ったのも束の間、俺達の前にバットを持った五人の男が立ちふさがった。
「おいゴラァ、金出せや」
「……コイツら、コウの仲間か?」
「いや、この感じは多分叩き……強盗ですね。最近多いとは聞いてましたけど、よりによってこのタイミングで……! 不幸が過ぎますよ!」
面倒な事になってしまった。だがヴェルトは一人、堂々と前に出ていった。
「ここは私に任せてくれ。十秒で片づける」
「何だテメェ舐めた口を! おいお前ら、この身なりの良い男の身ぐるみ剝いでやるぞ!」
男たちはバットを振りかぶり、一斉に襲い掛かってくる。
一方のヴェルトは、静かに拳を合わせていた。
「……『ヴェンデッタ・レジリエンス』」
ヴェルトがそう呟いた瞬間、彼の気配が変わった。
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