第23話 苦渋の決断

「はぁ……仕事というのはこんなにも大変な物なのだな」


 一日の労働を終えた俺は、既に疲れ果てていた。

 労働という物は、俺が考えていた何倍も過酷な物だった。次々と訪れる客の対応をし、品出しをし、何度も思い荷物を運び……。

 正直舐めていた。でもヴェルトは、これをほぼ毎日やってるんだよな。そう思うと、とてつもなく彼を労ってやりたくなった。


「二人ともお疲れ様。初日からこんなに働いてくれてありがとね。また明日もよろしく!」


「はい……お疲れさまでした」


 若林さんはそう言って帰っていった。他の店員たちも続々と帰っていき、残ったのは俺とヒスイだけになった。


「それじゃあアズトさん、帰る前にもう一回エンゼルフィッシュの話を聞きに行きましょうか」


「そうだな。何か分かってると良いんだが‥…」


 俺達は階段を上り、再び営業部のデスクまでやってきた。

 かつてはブラック部長により何時間も残業させられていたようだが、灰谷が部長になった事でそれも無くなったようだ。既に営業部の半分ほどが帰宅していた。


「お、アズトにヒスイか。アズトはかなり疲れてるみたいだな……」


「あれ。ヴェルトさん、コウさんと部長は?」


「二人ならもう帰ったよ。二人とも何か用事があるみたいな感じで急いで帰っていったけど……」


 どうやら俺が営業部で特に怪しんでいる二人は、もう帰ってしまったみたいだ。だがそれはそれで、怪しまれずに調査ができて良いという物かもしれない。


「俺はヴェルトから今日の様子を聞くから、ヒスイはエンゼルフィッシュの話を聞いてくれ」


「はい。分かりました」


 ヒスイは水槽の中に向かって小声で話し始める。そんな姿を見られたら怪しまれるかもしれないので、俺とヴェルトは彼女を隠せる位置に立って話し始める。


「今日は特に、これといって大きな動きは無かった。ただ強いて言うなら、灰谷部長とコウがやたら電話で席を外していたな」


「こっちも聞き終わりました。やっぱり、部長とコウさんが席を外している事が多かったみたいです。あとは、二人ともいつもより表情が暗かったとも言ってました」


 ヴェルトとエンゼルフィッシュから得られた情報は、大体同じだった。

 

「ここまで来ると、やっぱり本命は灰谷かコウだな。やたら電話をしているのと、表情が暗いのから考えるに、何者かに犯行の証拠を握られて脅されてるのか……?」


「あるいは……最近になって能力を『買った』可能性もありますよね。決心が決まらなかったっていうのもあるかもしれませんけど、前部長のパワハラは前から行われてたんですよね?」


「あぁ。少なくとも、私が入社した四年前からずっとそんな感じだったよ」


「だとしたら、やっぱり今このタイミングで決行したのは少し変です。でも、犯人が最近になって能力に目覚めたんだとしたら……」


「……そうか! 白コートの男!」


 魔王と呼ばれている白コートの男は、能力を覚醒させられる『エデンの実』を大量に保持している可能性が高い。それに、実を買った脱獄犯のヒョウは実際に700万もの大金を請求されていた。金が払えず、電話で脅されている可能性は十分ある。


「成程、確かにそう考えれば辻褄が合うな。となると、やはり犯人は灰谷部長か……」


「ヴェルト、ちょっと待て。なんでコウを候補から外してるんだ。彼も十分怪しいだろ?」


 俺がそう言うと、ヴェルトは言いにくそうに顔をしかめた。


「それは私も分かってる。……けど、どうしても彼がそんな事をするような奴には見えないんだ。彼は少し気の弱い所があるが、優しく正義感の強い男だ。そんな彼が、殺人なんて……」


「……ヴェルト。友人を疑いたくない気持ちは分かる。でもそれで、万が一にも真実を見誤ったら……余計に彼の罪を増やすことになるかもしれないんだぞ?」


「…………分かった。一日時間をくれ。明日二人をしっかり観察して、確証を掴んでみせる」


「あぁ。俺達も引き続き調査するけど、二人を一番間近で見られるのはヴェルトだ。頼んだぞ」


 友を疑わなければならなくなったヴェルトの顔は、今までで一番辛そうに見えた。


 ~~~


 翌日。犯人が再び凶行に及ぶ前に止めなければならない。だから今日にでも犯人を見極めなければならない。

 ハズだったのだが……。


「結局、二人とも来なかったのか……」


「あぁ。灰谷部長もコウも、今日は休みだったよ」


 何故か二人とも、今日一日会社に来なかったのだ。これでは見極めようがない。


「……どうしますか? もう少し期間を延ばして、しっかりと見極めた方が……」


「いや、それはあまり良くないな。もし今日休んだのが、遠くに逃げる準備を整えるためだったら? 海外に高飛びでもされたら、それこそ捕まえる機会を失う。そうなる前に仕掛けるべきだ」


「確かにそうですけど、まだ情報が……」


「……仕方ないが、もうヴェルトに決めてもらうしかない。これまで一番二人を見てきたのはヴェルトだろ? 無責任かもしれないが、これが今は一番の見極め方だと思う。お前から見て、あの二人はどっちが怪しいんだ?」


 俺もこうしてヴェルトに丸投げしなければならないのは辛かった。彼に四年も共に働いてきた同僚を疑わせるなんて、かなり酷な事だろう。でもこれも、平和を守るためには必要な事なんだ。許してくれ。


「…………私はやっぱり、コウが殺人なんて事をするとは思えない。だから、私は灰谷部長が犯人だと思う」


「分かった。ヴェルトを信じるよ。明日、彼をここに呼びだしてくれ」


 果たしてこの選択が、吉と出るか凶と出るか。今はただ、ヴェルトの選択を信じるしか無かった。

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