第22話 犯人を見つけ出せ
「二人が今日からウチで働いてくれる、アズト・ホーサさんと羽牟ヒスイさんね。私はこの直売店の店長、若林です。今日からよろしくね!」
俺達が来て早々、店長の若林さんは愛想よく挨拶してくれた。
「それじゃあ早速なんだけど、この先月の売上報告書を上の営業部に届けてきてくれない? この会社は直売店と事務方でも交流があるから、上の人達にも挨拶してくると良いわよ」
「そうですね。上には俺にこの仕事を勧めてくれた人もいるので、挨拶してきます」
早速、営業部と接触するチャンスが訪れた。他の場所に犯人がいる可能性もあるとはいえ、本命は営業部。そこに探りを入れられるのは大きい。
「いきなり最有力候補先との接触ですね、アズトさん」
「あぁ。でも俺達が能力者だとバレたら、ソイツに殺されるかもしれない。慎重に行かないとな」
俺達は報告書を持って、二階の営業部に向かう。
「失礼します。直売店の先月の売上報告書を持ってきました」
「今行きます」
俺が言うと、営業部のデスクからヴェルトが来て、報告書を受け取った。
「ここにいるメンバーで営業部は全員だ。把握しておいてくれ」
俺達に耳打ちした後に、ヴェルトは俺達を営業部のデスクまで連れて行った。
「皆さん、こちら新しく直売店の方に就職した二人みたいです」
「アズト・ホーサです。少しでもこの会社の力になれるように尽力しますので、よろしくお願いします!」
「あっ……羽牟、ヒスイです。よろしく、お願いします……」
ヒスイの自己紹介はかなりたどたどしかった。やっぱり、まだ知らない人の前では緊張するみたいだ。
「二人とも、こんな時期に入って来てくれてありがとう。俺は夜夢コウ。何か困ったことがあったら、俺で良ければ力になるよ」
真っ先に声を上げてくれたのは、青みがかった髪の男だった。
コウ……確か、ヴェルトが偶に名前を出していたな。一緒に飲みにも行っているようだし、仲が良いんだろう。
「コウさん、ありがとうございます!」
「当然の事だよ。俺は誰かの力になりたいんだ。だから、俺の事はいつでも頼ってくれて良いからね」
コウは一見、かなりのお人好しに見えた。
だが、魔王として数々の人間を見てきた俺には分かる。顔色が悪いし、目の下に大きなクマができている。明るく振る舞って取り繕うとしているが、何かあるのは目に見えている。
「……そうだ皆さん! 折角ですし、二人を迎える新人歓迎の飲み会でもやりませんか? 久々に直売店の方々も誘って、交流を深めましょうよ!」
ここでヴェルトが、さらに探りを入れる為の機会を用意しに動いてくれた。こういう所に気が利くあたり、流石は魔王荘の良心だ。
「そうか。私は遠慮させてもらうよ。やるなら皆で好きにやってくれ。ちょっとタバコ吸ってくる」
だが、部長席に座っていた男はあっさりと断って、席を外してしまった。
「あの……」
「やめとけやめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ」
男を引き留めようとしたが、別の社員が俺を止めに入った。
「灰谷ジュン、33歳独身。仕事はまじめでそつなくこなすが、今ひとつ情熱のない男。なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしているため女子社員にはもてるが、会社からは配達とか使いっ走りばかりさせられていたんだぜ。悪いやつじゃあないんだが、これといって特徴のない……影のうすい男さ。それが今や後任で部長になったんだから、驚いたもんだよな」
「あんた……何でそんなに詳しいんだ?」
「そりゃまぁ、彼の同僚だからね。それ以上でもそれ以下でもないさ」
少し変わった同僚のお陰で、新しい部長の素性が分かった。
灰谷ジュン。部長のポストに収まったのをみるに、中々疑わしい。前の部長を殺害し、その後釜に座るという動機が成立するわけだからな。
彼の事は少し警戒しておこう。
「まぁ歓迎会は、機を見てやるべきなんじゃない? まだ前の部長も亡くなったばかりだし……もう少し経って色々落ち着いてからにしましょ?」
「……確かにそうだね。すまない、私の配慮が足りなかったみたいだ」
同僚の女になだめられて、ヴェルトの案は取り下げられてしまった。まぁでも、時間を稼いでくれたお陰で営業部全体の雰囲気を何となく掴むことはできた。
「それじゃあ、俺達はこれで。これからよろしくお願いします!」
ひとまずそう言い残して、営業部のデスクを後にする。
「あ、アズトさんちょっと待ってください」
一階に戻ろうとしたが、ヒスイが俺を引き留めた。彼女は営業部のデスクの近くにある何かを指さしている。
「あれは……?」
「魚ですね。熱帯魚かな? とにかく、観賞用に飼っているんでしょうね」
「でも、それがどうかしたのか?」
「私のミュータント『クワイエット・トランスレーション』は動物と会話ができる能力なんです。だから、あの魚たちに話を聞けば何か分かるかもしれません」
「本当か? それはかなり大きいぞ! やるじゃんかヒスイ!」
「あ、ありがとうございます……!」
そうと決まれば早速動かなくては。俺達は熱帯魚が気になったという体で、再び営業部のデスクに近づいた。
「それはエンゼルフィッシュだよ。半年前から営業部で育ててるんだ。餌は大豆から作ったHUTOの特別な物を使ってるんだ」
「そうなんですね。HUTOの豆腐活用術凄いな……!」
俺がコウと話して気を引いている隙に、ヒスイはエンゼルフィッシュとコンタクトを取る。
少しして会話が終わったのか、ヒスイが腕をつついて合図を送ってくる。
「それじゃあ、俺達はこの辺りで。色々教えてくれてありがとうございます」
「良いんだよ。他にも気になる事があったら、何でも聞いてくれていいからね」
営業部のデスクを後にし、階段に誰もいない事を確認してから俺達は話し始める。
「エンゼルフィッシュ達は、最近ジュンさんとコウさんが電話で席を外すことが多くなったって言ってました。有力そうな情報はこれくらいです。今後も営業部の動向を見張っておくように、お願いしておきました」
「成程な……。分かった。ありがとうな、ヒスイ」
「いえ。アズトさんにはこの前助けてもらいましたから。少しでも役に立てたなら良かったです!」
子供のように純粋な笑みを浮かべながら、ヒスイはそう言った。やっぱり、初めて会った時よりもかなり感情を表に出せるようになってるな。これもリンドウの教育のお陰だろうか。
そんな事を思いながら、俺達は直売店に戻って来た。
さぁ、ここからは仕事の時間だ。
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アズト達が戻ってしばらく経った頃。営業部のある男に、一通の電話がかかって来た。
男は席を外し、トイレの個室に入って応答する。
『そろそろ金は集まったかい?』
「いえ、まだ……」
『少し遅くない? 僕の条件を呑んでエデンの実を買ったんだから、もう金の準備はできてるのかと思ったよ。まさか、何も考えずに衝動的に買った、とか言わないよね?』
「それは……」
『はぁ。あのね、こっちだってビジネスなんだ。金が払えないんじゃ、君にはそれ相応の対価を支払ってもらう必要がある。そうだな……二日以内にエデンの実の対価700万を支払えなかったら、君の両親を殺す』
「そんな! 待ってください!」
『そういう訳だから。よろしくね』
そう言い残して、電話は一方的に切られてしまった。
前の部長が給料を渋っていたせいで、ただでさえ金には余裕が無い。それなのに、部長を殺すチャンスがあるという話を白いコートの男から持ち掛けられ、後先考えずに買ってしまった。
何とかしなければ。男はそう決意して、トイレを出て職場に戻った。
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ヤマのメモ
能力名:クワイエット・トランスレーション 能力者:羽牟ヒスイ
能力:動物と会話することができる。また、人も動物のため、異なる言語を話す相手との意思疎通も可能。
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