第9話 アズト怒りの鉄拳

 エビリスの能力で空中を駆け、最短経路で宝石買取店クリスタに迫る。

 俺達がクリスタを視界に収めた時、ちょうどヒョウが大金を抱えて出てきていた。


「見つけたぞドグサレ野郎! 逃げられると思ってんのか⁉」


「お前はさっき『いつか殺しに来てやる』とか言ってたが、逆だ! 俺達がお前を捕まえに来たんだよ!」


「チッ……タイミングが違ぇよクソッ!」


 ヒョウは再び車に触れ、憑依した。また全速力で逃げられたらどうしようもない。


「エビリス、俺を車目掛けてぶん投げろ!」


「了解! 足止め頼んだぞ!」


 上空からエビリスにぶん投げられた俺は、発車よりも早く車の近くに到達する。


「今度こそ射程圏内だ……『アンウェイ・ワールド』!」


 ヒョウの憑依した車の影を操り、影の網をタイヤに絡ませる。勢いよく発進しようとした車は、ガタンと動きを止める。


「ブチかませクレイジーバード!」


 今度はレクスのクレイジーバードが車に羽根弾を発射する。タイヤをパンクさせ、窓ガラスを破壊し、内部にも突き刺さる。車は一瞬にして見るに堪えない壊れ具合になった。


「あとは派手に爆発させるだけだな。『スライミー・メタモル』」


 最後にエビリスが髪の毛をマッチに変化させ、車に火を放つ。レクスの攻撃でガスが漏れていたのか、車は派手に炎上し大爆発を起こした。


「ブッ飛んだなこりゃあ! 流石にヒョウも死んだか?」


「……いや、まだだ。俺の予想が正しければ、まだアイツは……」


 影の中に潜んで爆発をやり過ごした俺達は、外に出てヒョウを確認する。

 ……やはりだ。俺の予想通り、車の残骸の側に無傷のヒョウが立っていた。


「奴の憑依した警官がダメージを受けても無表情だったのが気になってな。だが今ので確信できた。奴が憑依している物への攻撃は奴にフィードバックしない。そして憑依した物が破壊されると能力が強制解除される!」


「つまりアイツが憑依した物を片っ端からぶっ壊せば良いって訳か! 面白くなってきた!」


「チッ、そこまで見切りやがったか……! ならもう逃げるしかねぇ!」


 能力を見破られ焦ったヒョウは、決死の逃亡を開始した。


「レクス! クレイジーバードで奴を上から監視してくれ。奴の能力の発動条件は恐らく『憑依する物に触れる』事! 憑依でやり過ごされたらたまったもんじゃねぇ!」


「アズトお前……一々俺に指図すんじゃねぇ! でもな……それは俺も気づいてた事だッ!」


「オイオイオイ……マジで全部お見通しじゃねーかよッ!」


 さっきまでの余裕はどこへ行ったのか、ヒョウは息を切らしながら憑依する物を探しているようだった。そして道端に立て掛けられた自転車を見つけ、それに憑依して逃走する。


「自転車か……だがその程度なら追い付ける! 『スライミー・メタモル』! 二人ともワシの背中に乗れ!」


 一方エビリスは、能力で馬に変身した。俺とレクスを乗せ、街中を堂々と駆け抜ける。

 無人の自転車は縦横無尽に爆走する。だが、それをエビリスは逃がさない。一進一退のチェイスが繰り広げられている。


「それにしてもヒョウの奴、一体どこに向かっているんだ……?」


 しばらくの間鬼ごっこは続いたが、ようやく終わりが見えてきたようだ。


「おい! ヒョウの奴ウオンに入っていったぞ!」


「ウオン……って何だ?」


「言わずと知れた大型ショッピングモールなんだが……おいアイツまさか! エビリス急げ! 早くアイツを捕まえないと!」


 ヒョウの勢いは止まらず、自転車に憑依したままウオンの中に突入した。俺達も扉を突き破ってダイナミックに入店する。


「ヒョウ! もう終わりだ、諦めろ!」


「バーカ、それ本気で言ってんのか? 俺は逃げてたんじゃない、ここに向かってたんだよ! こうするためになッ!」


 自転車の憑依を解除したヒョウは、店の床に触れる。


「お前まさか……ッ!」


「俺の『ヒョーイ・ボーイ』を舐めるんじゃねぇ! 本気を出せばこういう事も出来るんだよ!」


 ヒョウの体が店の床に吸い込まれて行く。次の瞬間、ウオン全体が大きく揺れた。


「嘘だろオイ……ヒョウの奴、ウオンそのものに憑依しやがった!」


 あんなに大きかった建物が、一瞬でヒョウの手中に落ちてしまった。そして、最悪の事態はこれでは終わらず……。


「ッ! お前ら、上から何か来るぞ! 気を付けろ!」


 本能で危険を察知し、俺は走ってレクスとエビリスを押し倒した。二人がいた場所には、上階から降って来た包丁が深々と突き刺さっていた。


「まさかヒョウは……ウオンの中の商品までも自在に操れるのか⁉」


「おい、アレを見ろ!」


 そこに広がっていたのは地獄絵図だった。

 刃物や家電製品、工具などが宙を飛び交い、客を見境なく襲っている。子連れの女が包丁に刺され、スーツを着た男は頭からテレビに衝突している。目に見える範囲だけでも、とんでもない惨劇が繰り広げられている。


「あの野郎……外道な真似を!」


 このまま放っておけば、間違いなく客は全滅だ。そうなる前に止めないと。

 俺はたった一つの策に賭けるべく、入り口へと走った。


「アズト、どこに行くんだ⁉」


「ヒョウをぶちのめす作戦が一つある! 成功するかは分からないが、これに賭けるしかない! 二人は客を守ってくれ!」


「リーダーみたいに振る舞いやがって……。でも、今だけはお前を信じてやる。俺達ができるだけ被害を食い止めるから、さっさと止めてこい! アズト!」


「レクス、感謝する。頼んだぞ!」


 全ての出入り口は閉まっていたが、俺達が突き破って来た所から外に出る事ができた。そのまま俺は、店の影ができている場所まで走る。

 一分ほど走って、大きな影を見つける。あとは賭けるしかない。


「上手く行ってくれ……! 『アンウェイ・ワールド』ッ!」


 能力を発動し、ウオンの影の中に潜り込む。

……そして見つけた。黒い影の中に浮かび上がった、人の輪郭を。


「見つけたぞ! ヒョウ!」


 俺は影の中から勢いをつけて飛び上がり、人の輪郭が浮かび上がっていた部分まで跳躍する。


「影のアーマー! ブッ壊れろッ!」


 右腕に影を鎧のように纏わせ、本気の拳をぶつける。

 崩れだすウオンの壁の中から現れたのは、他でもない物憑ヒョウだ。


「なッ……!? なんで俺の能力が解除されてるんだ!?」


 ヒョウは状況が理解できていないようで、みっともなく冷や汗を垂れ流している。


「……影はな、嘘をつかないんだよ。物体に憑依したとしても、お前の存在が消えるわけじゃない。必ずどこかにお前は存在している」


「テメェ……何が言いたいんだ!?」


「存在している以上、必ずどこかに影はできる。影の世界からはハッキリ見えたぜ、お前が潜んでる部分がな! 俺はその部分だけを破壊し、お前を引きずり出した!」


「はぁ……そんなのデタラメだ! インチキだ! 俺は認めねぇぞそんなの! お前を殺して、店の中の奴らも皆殺しにしてやる!」


 ヒョウの意見も最もではある。俺も正直、成功するかは賭けだった。だがどうやら、土壇場で優先されたのは俺の能力のルールだったみたいだ。


 ヒョウは再び憑依するためにウオンに触れようとする。だが影の腕でヒョウを拘束し、逃がさない。


「ここまで好き勝手にやったんだ。逃がしはしねぇよ」


「……待て! 俺が悪かった! もう絶対に殺しはしない! 金も返す! だから許してくれ!」


「……俺は魔王として数々の悪事を働いて来た。だが、そんな俺でも善悪の基準は死んでなかったみたいだ。お前を見て心の底から怒りが湧いてきたからな! お前はただ、自分の快楽の為に人を殺める『真の邪悪』だ! お前の行動に正義は無い! 少しの容赦もなくぶちのめす! 『アンウェイ・ワールド』ッ!」


 必死の命乞いをするヒョウだが、そんな物は耳を傾ける価値も無い。

 無数の影の腕を作り出し、ヒョウに怒涛のラッシュを喰らわせる。


「ウラァアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!! ブッ飛びやがれ!」


 これまでのヒョウの悪行を思い出しながら、怒りのままに拳を叩きつける。

 最後の一撃でヒョウを打ち上げ、彼は血を吐き散らかしながら宙を舞った。ヒョウの顔面はグズグズになり、しばらく起き上がりそうになかった。


「成敗したぜ、ド畜生」


 俺はヒョウの腹に足を乗せながら、堂々と勝利宣言した。


 ~~~

 ヤマのメモ

 能力名:ヒョーイ・ボーイ 能力者:物憑ヒョウ

 能力:触れた物に憑依する。憑依した物は自在に操る事ができ、破壊されると能力が強制解除される。

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