第5話 魔王荘の貧乏生活

 その日の夜、贅沢(?)したもやし鍋を食べた後、俺は自分の部屋に案内されたのだが……。


「……嘘だろオイ。これを部屋と呼んでも良いのか……?」


「すまないね。こちらとしても急だったからこれしか用意できなかったんだ。これでも何とか寝られるくらいのスペースは確保したんだけど……」


 俺を部屋に案内したヴェルトが申し訳なさそうに言う。


 魔王荘は、築50年の小さなボロ屋を全員で共有して生活している———いわゆるシェアハウスという状態になるらしい。だが既に四人の状態で部屋にほぼ空きが無く、俺には急遽スペースを開けた物置部屋の一角が与えられた。

 

 その物置部屋も中々に酷い有様だった。散乱する大量のトイレットペーパーやティッシュ箱。恐らくクリエ辺りが買ったであろう、そして二度と使われないであろう美容グッズは部屋の半分ほどを占拠している。


 大急ぎでヴェルトが最低限の片付けと掃除をしてくれたので、ギリギリ睡眠ができるくらいのスペースは生まれているが……。


「いずれはちゃんとした部屋を用意するから、しばらくはここで我慢してくれ……。すまないが私も今日は大忙しで疲れてしまったから早く寝るよ。おやすみアズト」


「あ、あぁ……。ありがとなヴェルト。くれぐれも無理はせずに……」


 疲弊しきったヴェルトの背中は、俺が心配になってしまう程に暗かった。


「にしても、俺も今日は色々あって疲れたな。早めに寝るとするか」


 雑多な部屋の僅かなスペースにしかれた布団に身を投げる。こんなボロ屋と王宮を比較するのも酷な気がするが、寝心地は今までに無い程最悪だった。


 それにしても、今日は本当に激動の一日だったな。つい昨日まで一国の王だったのが、今やこんな貧乏生活を強いられている。転落人生にも程がある。


 ……それでも俺は、この世界で生きて行かなくてはならないのだ。ヤマとの取引に則り、この世界の者達をひたすらに助ける。それが、俺のせいで起こった戦争で死んだ我が国民達への罪滅ぼしになるだろう。


「この世界での使命を全うしたら、俺もいずれそっちへ行く。だからそれまで、こんな情けない王の事を見守っていてはくれないか、我が国民達よ……」


 俺は決意を新たに、狭苦しい部屋で眠りについた。


 ~~~


 翌朝。


「お、おはようアズト。よく寝れたか?」


「おはようエビリス。最悪の目覚めだよ……」


 部屋が狭い上に布団もお世辞にも質が良いとは言えなかったので、中々寝付けなかった。それに加えて勇者に自分が殺される瞬間を夢で見てしまい、結局ほとんどまともに眠れなかった。


「まぁ……魔王がいきなりこんな生活に転落したらそうなるのも無理はない。事実ワシも慣れるのに一週間くらいかかったし。それよりほら、朝食ができているぞ。ヴェルトが作ってくれたんだ」


 眠たい目をこすりながら、俺はテーブルの上に並べられた朝食を確認する。

 そこには食パンの耳6本と牛乳、具なし味噌汁、モヤシ炒めが人数分並んでいた。


「あれ、思ったよりまともなメニューなんだな。雑草とか牛脂とか出されるのかと思っていたが」


「それは昨日クリエに吹き込まれたのか? 確かにそれらもよく使うが、それは本当に何もない時の最終手段だ。今朝は昨日のモヤシが余ってたのと、ご近所さんから余った食パンの耳をいただけたからそれを出しただけだ」


 調理を終えたヴェルトが椅子に座りながら言った。これはヴェルト本人から聞いたのだが、この家の家事はほぼ全て彼一人でやっているらしい。いくら元魔王でも働き過ぎで倒れたりしないのか……?


 それから少し遅れてクリエ、レクスも起きてきて、皆一堂に集まって朝食を食べた。


「おっと、もうこんな時間か。私はそろそろ仕事に行かなくては。昨日いきなり早退してしまったから、今日はだいぶ遅くなると思う。晩飯はご近所さんから貰った食パンの耳が冷蔵庫にまだ入ってるから、それを食べてくれ」


 ヴェルトはすぐに朝食を食べ終えて、そそくさと会社に向かって行った。


「今日はご近所からパンの耳を貰えたのか。アズト・ホーサ、運の良い奴め……。お前にも雑草メニューを食べさせてやりたかったのに……!」


「まぁまぁレクス落ち着け。アズトは新しい仲間なんだから。そんなに敵視してたら、必要な時に連携が取れないではないか」


「うるせーな。おいアズト、俺はまだお前を認めてねぇからな。いずれ完全に屈服させて、俺の奴隷にしてやる……!」


「お前まだそれ言ってるのかよ……。諦めろ、俺は誰かの奴隷になるくらいなら自死を選ぶ」


「まぁ、奴隷だなんて可哀そうに……。アズト、レクスの奴にいじめられたらいつでも私に言っていいからね。私が慰めてあげる」


「昨日は奴隷にする気満々だったのに、よくそんな事が言えるな……」


「クリエはこういう奴だ。まともに相手してるとキリがないから程々にしておけ」


 そんな風に談笑しながら朝食を食べ終えたタイミングで、押し入れからガタッという音が響いた。


「お、来たか」


「おはよう君達。アズト、魔王荘には慣れたかい?」


「いや、まだ全然だな……」


 ヤマはやはり少年の姿で押し入れから姿を現した。あの押し入れは冥界と繋がっているのか……?


「それじゃ朝早くから悪いけど、任務を伝えるよ。今度の標的はコイツだ」


 そう言ってヤマは一枚の写真を取り出した。白黒の服を着た男の写真だ。


物憑ものつきヒョウ。七年前に無差別殺人を犯し、死刑判決を受けた犯罪者だ。だが死刑決行日が決まった昨日の夜、彼は刑務所を脱獄した」


「脱獄犯の捜索って事か。でも、それとミュータントがどう絡んでくるんだ? そんなの警察がやれば済む話だろ?」


「この脱獄、不可解な点が二つある。まず、そもそも現代の刑務所から脱獄なんて不可能だ。そして、警察が必死に捜索してるにも関わらず、未だに発見できていない。ヒョウが逮捕前は能力者じゃなかったから……獄中で能力に目覚めて、それで脱獄、逃亡してる可能性が高い」


 無差別殺人を犯した危険人物が、ミュータント能力を得て解き放たれた。中々に事態は深刻なようだ。


「警察が検問を張っているけど、ヒョウの目撃情報は上がってない。奴がどんな能力に目覚めたのかは分からないけど、まだ保馬市内にいる可能性が高いとオレは睨んでる。アズト、エビリス、レクスの三人でヒョウの捜索に当たってくれ。クリエは有事に備えてここで待機。君達、頼んだよ」


 俺の魔王荘としての初任務は、中々に難しそうな物だった。

 ……だとしてもやってやるよ。それが俺の、王としての新たな務めだ。

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