第4話 魔王荘、全員集合!

「オイオイオイ……これは一体どういう状況なんだい? ヤマから魔王荘に新入りが来たから仕事を切り上げて戻って来いと言われたんだが……どうして窓ガラスが割れている? 外があんなに荒れている?」


 隠し切れない程の怒りを感じた男だったが、意外にも話し方は丁寧だった。スーツをピシッと着こなしており、話し方も相まってまともそうな印象を受ける。ただ一つ、圧倒的な怒りを除けばだが。


「そこの片目隠れの男……君が例の新入りかい? 私の予想だと、レクス辺りが君と喧嘩でもしたか、君がとんでもない破天荒なのかの二択なんだが、どっちだい?」


 男は俺を睨みつけながら迫り、質問した。彼の目の奥で黒い怒りの炎が燃えているのが分かる。とんでもないプレッシャーだ。ここまでの物はかなり久しぶりだ。


「レクスだ。レクスが窓をブチ破って、外で勝手に戦闘を始めたんだ!」


「おまッおい! 馬鹿正直に話してんじゃねーよ!」


「はぁ……やれやれ。レクス、表出ろ」


 男は静かにレクスの名を呼び、彼と一緒に外に出た。


「君は何回言えば分かるんだ⁉ 窓ガラスの修理代は誰が出すと思ってるんだ⁉ あァー⁉ ロクに働きもしないでタダで毎日過ごしてるくせに他人には湯水のように金を使わせるのか? それが君の趣味なのか⁉ 君はどれだけ私の胃を痛くすれば気が済むんだね⁉ 良いか、今回君が窓ガラスを割って白昼堂々と戦闘をしたせいで、私はガラス代を払い、近所に謝罪に回らないといけないんだ。この魔王荘の家計がカツカツだって事は君もよォーく分かってるだろう? だったら何故何度も何度も私に迷惑をかけるんだこのボケがァーッ!」


 とんでもない勢いで繰り出される説教と同時に、レクスをボコボコに殴りつける音が響き渡る。音だけで外がとんでもない事になっているのが容易に想像できそうだ。


「……すまないね新入り君。お騒がせしてしまって。レクスも反省してるみたいだから、許してやってはくれないか?」


「はび……ずびばぜんでじだ……」


 少しして、男はボロ雑巾のようになったレクスと共に戻って来た。あんなに威勢の良かったレクスが今や、見るに堪えない姿になってしまった。この男、タダ者じゃない……!


「私はヴェルト・シューゲイズ。君の名前を教えてくれるかい?」


「あ……アズト・ホーサだ。新しく魔王荘の一員になった。よろしく頼む……」


 さっきのえげつない様子を聞いていたので少し震えていたが、今のヴェルトからは先程の威圧感はほぼ感じられなかった。それどころか、固い握手で歓迎してくれている彼は、魔王荘の良心に感じられた。


「この感じだと……ヤマはもう帰ってしまったみたいだね。彼とも少し話がしたかったんだが……まぁ良いか。それより皆座ろう。折角新入りが入ったんだし、皆で改めて自己紹介でもしようじゃないか」


 ヴェルトは鞄を置き上着を脱いで椅子に腰かけた。他の三人、そして俺も椅子に座り、テーブルを皆で囲む形になった。


「まずはエビリスからお願いするよ」


「分かった。ワシはエビリス=ディア。ここに来て三年目になるな。昔は魔王をしていたんだが、政策で対立した息子に負けて今に至る。よろしく頼むぞ、アズト」


 エビリスが期待に満ちた眼で俺を見ながら言った。


「次は私ね。私は造物ぞうぶつクリエ。ここに来たのは二年前よ。私も昔魔王をしてて、海の上にあった国を支配してたけど、地上の国の奴らに攻め込まれて殺されちゃった。あなたには期待してるわよ、フフ……」


 不敵な笑みを浮かべながらクリエは名乗った。


「……チッ、俺か。レクス・マーラ。魔王荘に来たのは去年。過去は……お前なんかには教えるかよ。お前にはこれから魔王としての力の差をこれでもかと教えてやるから覚悟しとけ!」


 ボロボロになりながらも俺を睨みつける眼差しだけは相変わらずなレクスだった。


「さっき名乗ったばかりだけど、私はヴェルト・シューゲイズ。魔王荘は四年目だな。普段は株式会社HUTOフートの保馬支店に勤めている。非常に残念だが、魔王荘の稼ぎ手は私一人だけでね……お陰でここの家計は常に火の車さ。かつて私が治めていた国も、財政難が原因で滅んでしまった。そんなこんなでお金とは縁が無い私だけど、よろしく頼むよ」


 しれっと悲しい事実を打ち明けたヴェルトの目の奥には物凄い疲れが感じられた。あぁ、この人社畜なのか……。


「最後は俺か。俺はアズト・ホーサ。俺も前は魔王をしていたんだが、敵対国との戦争に敗れて殺されてしまった。戦争で死んだ国民達に少しでも良い来世を与えるというヤマとの取引に応じてここに来た。彼らの為にも、この世界の者達を守るよう頑張ってみようと思う。よろしくな!」


 最後に俺が名乗りを上げ、魔王荘のメンバーは一通り揃ったようだ。


「よし、それじゃあアズトも来たって事で、今夜は豪勢に外食にでも行くか?」


「お、良い事言うじゃんかエビリス! 行ってやろうぜ、ヴェルトの会社がやってるレストランとかさァ!」


「残念だけど、しばらくは贅沢できないと思ってくれ。ただでさえ一人増えて普段の食費が増えるってのに、どこかの馬鹿が窓ガラスを割ったせいで今月の家計は絶望的なんだ。今夜は贅沢できてもやし鍋と言った所だな」


「贅沢でもやし鍋って……普段は何食べてるんだよ?」


「普段はそうね……外にある雑草農園で採れた雑草とか、スーパーでタダで貰える紅ショウガや牛脂、あとは虫とかね。ここではもやし鍋なんて物凄い贅沢なのよ?」


「……嘘だろオイ」


 この魔王荘、家計が絶望的に終わってやがる……。本当に大丈夫なのか?

 あまりにもお粗末な魔王荘の実態を前にして、俺は不安を抱かずにはいられなかった。


~~~


 冥界。魔王荘から帰って来たヤマの元に、彼の部下が駆けてきた。


「ヤマ様……ずっと言おうと思っていたのですが、魔王を現世に転生なんかさせて本当に大丈夫なんですか? 転生させるにしても、地獄で罪を浄化させてからにするべきです!」


「まぁまぁ落ち着いて。その点に関しては大丈夫だよ。オレはちゃんと人を選んでるからね」


 勢いよくまくし立てる部下に対し、ヤマは終始落ち着いていた。


「オレだって、むやみやたらに魔王を転生させて現世に送ってる訳じゃない。オレはちゃんと、『自分の正義』を持った魔王を選んでる。さっきのアズトもそうだったでしょ? 彼は自分のプライドよりも、国民の未来を選んだ。自分の正義がある魔王なら、正しい判断ができる。そう信じて、オレは転生させてるんだよ」


「ですが、万が一現世で問題を起こしたら……」


「その時は閻魔大王の権限で地獄送りにしちゃえば良いんだよ。でも、彼らはあの世界のために戦ってくれるはず。魔王だって、立場が違えば誰かのヒーローな訳だし。オレは魔王というベールに隠された、彼らの正義を信じてる。アズトは久々の有望株だからね。彼には期待してるんだ。だから君も信じてあげなよ」


「はぁ……。まぁ、ヤマ様が言うなら多分大丈夫なんでしょう。事実、先に魔王荘に送られた者達も、大きな問題は起こしてないみたいですし。私も信じてみる事にします。その『魔王の正義』って奴を」


 部下はそれだけ言い残して、自分の持ち場へと戻っていった。

 ヤマは魔王達の活躍に期待し、笑みを浮かべながら仕事を再開した。

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