第3話 この世界の事情

「おい……何でお前がこんなに小さくなってる? 俺を馬鹿にしてるのか?」


「いやいや、冥界と同じ姿でこっちの世界に現れる訳ないでしょって。オレの場合、この世界で適合する姿がこれだっただけだよ。君も鏡を見てみなよ。前と随分姿が変わってるよ?」


 そう言われたので、ヤマから渡された鏡で自分の姿を見てみる。


 身長は生前より少し縮んだな……170センチくらか? 見た目からして年齢も二十代前半くらいに若返っているようだ。顔の左側を覆っている長い前髪は生前と変わらないみたいだ。コレ、不気味さが出て魔王らしく見えるから無くならなくて良かった。


「確かに、ある程度は変わってるみたいだな。……だがそれはそれとして、こんなに弱そうになった閻魔大王なら誰でも殺れそうじゃないか? お前らも半ば無理矢理ここに連れてこられたんだろ? どうしてコイツにやり返さないんだ?」


 恐らく俺と同じような経緯でやって来たであろうレクス、クリエ、エビリスに聞いてみるが、彼らは全力で首を横に振るだけだった。


「アズト、それはやめといた方が良いよ。オレは冥界の管理者として、現世で生きる者に手出しする事はできない。けど、オレが転生させた者は別だ。君達がオレに反旗を翻したり、ミュータント能力で悪事を働いたりしたら、即座に地獄送りにできるからね」


「舐めた口聞いてすんませんした!」


 やはり閻魔大王、一筋縄ではいかないという訳か……。


「……というか、俺はまだその『ミュータント能力』が何なのかよく分かってないんだが。ちゃんと俺の上司として責任もって説明してくれないか?」


「とても上司に対する口調には思えないけど……みんなこんな感じだしまぁいいか。勿論、ちゃんと説明はするから安心してくれ」


 ヤマは改まって説明を始めた。


「この世界では危険な超能力が飛び交っているって言っただろ? それが『ミュータント能力』だ。一人一能力だけど、戦闘に使える物から日常生活に役立つ物まで、その能力は多種多様。そしてこれが一番重要で、『ミュータント能力による現象は』」


「成程、つまり能力者が非能力者を一方的に攻撃する、なんて事もできるのか」


「その通り! だからこの世界ではミュータント能力を用いた犯罪、『ミュータント犯罪』が発生している。能力者自体は百人に一人くらいの割合なんだけど、何故かこの『保馬やすま市』は能力者の数が異様に多く、ミュータント犯罪発生率も平均の二倍もある! だからオレはこの世界有数の能力者密集地帯・保馬市の治安を守るために魔王荘を作ったんだ!」


 一通りの説明を終えたヤマは、一呼吸ついて水を飲んだ。だが泥水のろ過水に当たってしまったのか、まずそうに顔をしかめる。


「……大体は分かった。それで、俺のミュータント能力はさっき使った力、って事で良いんだよな?」


 俺は先のレクスとの戦いの時のように、影の腕を作り出してヤマに見せてみた。


「まぁそうなるね。ところでさっき使った、っていうのは……?」


 ヤマはちらりと辺りを見渡して、窓ガラスが割れているのに気が付くとレクスを一睨みした。あ、やっぱアイツ問題児なんだ。


「この能力、俺が生前使ってた影の魔法と使用感がすごく似てるんだが、お前の計らいなのか?」


「別に計らいって訳じゃないよ。君だけじゃなくて、ここの転生者は皆、生前と似た能力に目覚めてる。転生者が能力を得る時の決まりなのかもな。そこら辺はオレにもよく分からないけど、使い慣れてない能力よりかは全然良いんじゃない?」


「全くもってその通りだな。ちょっと違う所もあるが、それもまた面白い」


 影の腕の手をを開いたり閉じたりさせてみながら、俺は言った。半径3メートルの影しか操れないという制約こそついたが、影の中に潜れるというのは新しい長所だ。この能力、存分に活かしてやろう。


「そういえばさっきレクスの奴が何か叫んでたが、ミュータント能力って名前があったりするのか?」


「そりゃ勿論! 名前があった方が自分の能力に愛着が湧くし、戦いの時に名前を叫べばスイッチ入るだろ?」


「ちなみにワシらの能力の名前はみんなヤマが付けてくれたんだ。中々センスのある名前を付けてくれるぞ」


 横からエビリスが補足してくれる。センスのある名前なんて言われたら、期待してしまうじゃないか……!


「それじゃあヤマ、俺のミュータント能力にも名前を付けてくれないか?」


「当然よ! えーっと、アズトの能力は『影を操る』だったよな……」


「あと、生前には無かった『影の中に潜る』力も追加されてたな」


「成程……つまり『影の世界』に入れる訳か。影の世界……守るべき物の為ならば道をも外れる覚悟……はずれ者の暗影の世界……よし決まった! アズト、君のミュータントの名前は『アンウェイ・ワールド』だ!」


「アンウェイ・ワールドか……気に入った!」


 前評判を裏切らない中々良い名前。流石は閻魔大王と言った所だな。


「という訳でアズト、君には今日から魔王荘の一員としてミュータント犯罪の対策に当たってもらう。細かい任務は明日持ってくるから、その時にまた会おう! オレはそろそろ閻魔大王の業務に戻らないとだから、さらばだ!」


 そう言ってヤマは現れた押し入れの中に戻っていった。ガタンと音がした後、彼の気配が消えたのが分かった。


「……そういう事で、魔王荘の一員になったからよろしく頼む!」


「よろしくな。期待しているぞ、アズト!」


「奴隷じゃなくなっちゃたのは寂しいけど、あなた優秀そうだから今後の活躍が楽しみだわ。これからよろしくね」


「ケッ、俺に一撃入れたくらいで調子乗りやがって……。まぁ、任務でお前よりも俺の方が上だってことを見せつけてやるよ」


 魔王というだけあって一癖も二癖もありそうな奴らだが、ヤマが集めたメンバーだ。仕事はキッチリとこなしてくれるんだろう。この世界に生まれ変わった以上、俺も魔王としてこの世界の者達を守らなくてはな。


「そういえば、魔王荘のメンバーはこれで全員なのか?」


「いや、あと一人いるんだけど……今来られちゃヤバそうだな」


 エビリスはやや不安げな表情で割れた窓を見つめていた。その様子を見たレクスとクリエはスーっと窓から視線を逸らしていた。


「なんだ、そんなにヤバい奴なのか……?」


 三人の不穏な反応に恐怖を覚えるが、次の瞬間、俺達は月までブッ飛びそうな程の衝撃を受ける。


 ガチャリ


「やべぇ……帰ってきちまった……まだ窓ガラス片付けてねーのに……」

 

 玄関の鍵を開ける音が響き、異様な気配を漂わせた一人の男が現れた。

 その男から溢れ出ていたのは、漆黒の殺気だった。


 ~~~

 ヤマのメモ

 能力名:アンウェイ・ワールド 能力者:アズト・ホーサ

 能力:影を操り、影の世界を自由自在に移動する。操作できる範囲はアズトの半径3メートル。影の世界には自分以外の人や物を入れる事もできるようだ。

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