第26話 ウェイ=ヴォイスの過去

 バックはふと目を覚まし起きた。バックにしてはかなりの早起きでまだ日も昇っていない。午前四時、あまりの早さに二度寝を決め込もうと思っていた時だ。

 この時間にウェイは何をしているのかが気になったのだ。きっとまだ眠っているはずだとウェイの部屋に忍び込もうとするバック。

「どうかしましたの?」

 ウェイの部屋の前で呼び止められた。後ろにいたのはウェイだ。

「うん、ちょっと目が覚めちゃって。ウェイはこの時間に何をしていたの?」

 それをつい聞いたものの、バックももうウェイが何をしていたのかはわかっていた。

「トレーニングですわよ?」

 トレーニングウェアを着て汗をかくウェイ。

「ランニングとかしてたの?」

「護衛中ですし、部屋でできるトレーニングですわ。今はたまたま水を取りにキッチンへ行っていただけですの」

 正直に答えるウェイは自分の部屋の中にバックを案内する。

 トレーニングマシンの置かれた部屋はまるでジムのようで、そんなに広くない部屋だったからか、機械が詰め込まれてかなり狭くなっていた。


 そしてそんな中、ウェイトトレーニングを始めるウェイ。日課だからこそ筋肉を鍛えるのは止められないと言うウェイ。

「それで、何か用がありましたの?」

 ウェイはウェイトトレーニングをしながらバックに語りかける。それを見つめながら話の話題を考えるバック。

「ウェイの昔話を聞きたいな」

 ピタリと筋トレを止めるウェイは、ため息をついて再び体を動かす。

「面白い話ではありませんわよ?」

「それでも知りたいの。ウェイがどんな風に育ったのか」

 ウェイはウェイトを持ち上げながらバックに忠告する。

「話したくないんだろうなって思う。無理はしなくていいよ。でももし教えられる範囲があるならウェイの色んな事が知りたい」

 バックがそう言うのは理由があった。バックの過去はウェイは知っているのに、ウェイの過去はぼかされているのが納得いかなかったからだ。

 それをウェイもわかっていたから逃げ道はなかったのかもしれない。

「あれはワタクシが五歳なった誕生日でしたわ」

 筋トレをしながら淡々と語るウェイ。それは悲惨な幼少期だった。



 戦争の盛んな地域から何十キロと離れたある国の村に生まれたウェイは元気に育っていた。

 だがその村は戦闘民族と呼ばれる、兵士を育てる村だった。だから屈強な男や女がいて、老人すらも筋骨隆々だった。

 ウェイ自身が三歳の頃から厳しい訓練を受けていて、もうすぐ五歳なのにも関わらず元気に武器を振り回して動き回れるような女の子だったのだ。

 そんなウェイの五歳の誕生日。盛大に祝おうと両親が、ウェイに川に行ってるように言った。誕生日を楽しみにするウェイは一人川に向かうと、筋トレを始める。

 家に帰れば両親が迎えてくれるはずだった。それなのに誰も予想だにしない事態が訪れる。


 村に大量のミサイルが撃ち込まれたのだ。その光景を川のそばで呆けて見ているしかできなかった幼少期のウェイ。

 更に生き残りがいないか兵達が村の中に入って死体蹴りを始めた。

 ウェイは様子を伺いながら逃げる算段をつける。だがどこに行けばいいのかわからない。そうやって考えていると兵達に見つかってしまう。

 ウェイは抵抗しようとしたが、相手は大人で武装している。いくら何でも分が悪すぎた。性欲のハケにされるか、奴隷として働かされるか、死も覚悟したウェイだったが、そこへある人が現れて兵士を殺していったのだ。

 それがウェイの師匠、トップ=キラーとの出会いだった。

「あなたは?」

「俺はこの村出身の殺し屋だ。お前が望むならお前を殺し屋として育ててやる。勿論ここから自力で脱出するも自由だ。どうする?」

 選択肢はなかった。生き残るためにトップについて行くしかなかった。そして師として仰いだ瞬間から、地獄が始まった。

 あらゆる毒物への耐性、強靭な肉体、艶美な身体。最高の殺し屋として育て上げられていく。

 だが暮らしはちっとも豊かにならなかった。危険や依頼の準備のための出費であまりプラスにならないせいだった。


 そんな時、ローディア王国が裏で要人警護に殺し屋を雇うという噂を聞いて二人はローディア王国に入国した。要人を誰一人死なせないどころか傷一つつけさせないウェイと師匠の評価は上がっていく。

 メイド服でメイド口調のような喋りが定着した頃、最強の殺し屋として名を馳せるようには……名を知られたら殺すのでそうはならないのだが、それでも影では最強の殺し屋二人として暗躍していた。

 そしてウェイが十歳の時、それが起きたのだった。と、言ってもウェイと師匠は他国に暗殺に向かっていたので、その場面に直面しなかったのだが。

 それがバックの八歳のときだった。



 ウェイが話し終えるとバックはウェイに抱きついた。なるべく感情を低下させないようにしながらバックは抱きしめる力を強くしていく。

 ウェイはウェイトをゆっくり下ろし、バックの方を見る。

「大丈夫ですわよ。過去は過去ですわ。たとえどんなに苦しい過去を持っていたとしても、今が素晴らしければ何も問題なんてありませんの。振り返って悲しくなる人もいますわ。でもワタクシはどれだけ振り返っても、今に繋がる過去であるならワタクシの糧でしかありませんわ。ですからこうして思ってくださるだけでワタクシは嬉しいんですの」

 そうして笑って抱きしめ返すウェイ。バックは涙を拭いて苦笑した。

「ごめん、ウェイ。死蝿が出たよ」

 頷いたウェイはすぐに支度する。

「二人を起こすのは早いですわ。今回はワタクシ達だけで処理しますわよ」

「うん!」

 こうして早朝の死蝿を処理して人々を救った後、朝食までには戻る二人だった。

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