第37話 三人で走り抜ける

 道中でバックは質問する。

「三人になったから聞くけど、ウェイ=ヴォイスって偽名って聞いたよ」

 博士か、と俯くウェイ。余計なことをしてくれるなと思うウェイ。

「そうなの? 本当の名前はなんて言うの?」

「……ワタクシ、七つほど名を持ってますの。ウェイ=ヴォイスは特に気に入ってる名前でしてよ。ですからこれからもウェイといってくださいませ」

「それはそれとして気になるじゃん」

 バックもエラも本当の名を知りたがる。バックの感情を低下させるのも問題だ。

「絶対に内緒にしてくださる? 誰にも教えてはなりませんわよ」

「うん」

 ウェイはバックとエラに本当の名を教える。

「愛くるしい名前だね」

「あはははは! 似合わない!」

「だから嫌でしたのに……」


 元々この国の人間でないウェイの両親が付けた名前。それは三人しか知らない。博士や車の盗聴器にもジャミングをかけたからだ。

「素敵な名前だよ」

「もう一度言いますが、ワタクシはウェイ=ヴォイスですの。それ以外の名前は金輪際使わないでくださいませ。いいですわね? 特にエラはですわよ」

「はいはーい。それより戦闘がないね。どうして?」

「ここら辺は元々いた場所ですし、逆に殺し屋達が出払っているのかもしれませんわね」

 欠蝿も潰し、命が欠けた人に無理矢理薬を飲ませていく。


 もう辺りは暗かった。最後に死蝿を潰すために車で大学病院に戻り、そこから死蝿の元へ行く。

 救急車が走り回っている。バックは救えてない人がいないか周りを見渡す。

 薬は十分にある、大学病院へ送られた人達はシャルが救うだろう。後は死蝿を潰すだけ、ウェイの運転で車が走る。

 そこは体育館だった。夕方に倒れた人達が集まっていた。恐らく連絡する前に取り憑かれたんだろう。

 死蝿を潰して、人を救い、体育館を後にする。その後、車で走り続けた。自分たちのいる場所はバレている。とにかく走り続けた。



 アーク=ディザスターはいよいよ本格的な指示を出した。

「諸君、必ずバック=バグを死ぬ寸前に陥れさせてくれ。私がトドメをさしたい。敬意を持ってバック=バグを殺そうと思う。とはいえ念の為言っておくがデッドオアアライブだ。誤って殺してしまっても構わない」

 だが殺し屋の数が少ない。アークは尋ねた。

「何故こんなにも少ない?」

「馬鹿な男だな。殺し屋たちは皆殺されるかあちら側についた。あちらも金はあるからな。とはいえ我らは政府の犬になるつもりはないからお前についた。ここからは総力戦だろ? 必ずバック=バグをお前の元に連れてこよう」

 どうやらしてやられたらしい。だがそれでもこれだけの殺し屋がいる。最後に支度をして殺し屋たちに語りかけた。

「必ず成功させてくれ」



 朝日が昇り、バックとエラとウェイは車を乗り換える。武器を換装しているウェイを見て、まるで戦争だと感じるバック。

「日が昇ってる間はまだ大丈夫ですわよ。殺し屋たちは夜仕掛けてきますわ」

 車の中でハンバーガーを口にするウェイ。バックはサンドイッチ、エラはチーズパンを食べる。

 補給としても役に立つ車の交換は、昼も行われる。その間、バックの感情が低下しないか悩んでいたウェイに、ふとバックが語りかける。

「ウェイは何故殺し屋になったの?」

「……? 師匠にそう育てられたからですわ」

「師匠さんは他の道を示してくれなかったの?」

「そうですわね、様々な教養も殺しの道具としてしか教わりませんでしたわ」

「師匠さんの元から逃げようとは思わなかったの?」

「正確には逃げられませんでしたの。師匠はとても強い人ですので」

「……人を殺して後悔してない?」

「しておりませんわ。政府公認の殺し屋として、悪人しか殺しておりませんもの。殺されて当然の人間なんてものに興味ありませんの」

 それにはエラが怒る。

「殺されて当然の人間なんているわけないじゃん!」


 だがウェイは反論する。

「中にはそういう人間もいましてよ。それらを殺して救われた人もいますの。それよりエラ、トランクから神薬の植物を取ってくださる?」

「わかった」

 エラがトランクに行こうとした瞬間を狙って、ウェイは囁いた。

「ワタクシはあなたが殺されて当然だなんて思っていませんでしてよ。愛してますからね、バック」

 バックは驚いて、ウェイを見つめる。そして何かを囁いて平静を装った。

「取ってきたよ」

 エラの持った神薬の植物を後部座席の真ん中に固定して音楽をかけるウェイ。

「最後くらい楽しく行きましょう」


 そして夕暮れ時、その時はやってきた。前から車がやってくる。何台も道を塞いでやってくるその車に停車するウェイ。

「バック、エラ、車から出ないでくださいませ」

 ウェイは車から降りる、相手も降りてきた。圧倒的数に臆しそうになるバック。ウェイは大声で言った。

「この車は完全防備ですわ! ワタクシを殺さずしてバックを殺れると思わないことでしてよ!」

 男たちはニヤリと笑った。襲いかかる男たちに的確な射撃で応戦するウェイ。相手のマシンガンを回避しながら的確に眉間を撃っていく。

「殺さずは不可能ですわ! できるだけ、感情を維持してくださいませ!」

 ウェイにとって困るのは敵の数よりバックの感情。ウェイにとってこの程度の敵は戦争も知らない赤ちゃんなのだ。

 だがバックの感情が低下すれば困るのはこちらだ。

 ウェイはとにかく敵の数を減らすことに集中した。ウェイの射撃は百発百中、弾を無駄撃ちすることなく殺し屋たちを殺していく。

 逆に相手の攻撃は全く受けない、守るべきものがある、それは生きていなければ守れない。

 だから冷静に冷静に、尚且つ確実に敵を殲滅していくのだ。

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