第36話 いよいよラストダンスが始まる

 やがて夜が明けていく。バックは九時頃まで眠っていた。

 うなされる様子もないのに嫌な予感しかしない。エラはバックの髪を撫でる。

 ようやく目を覚ましたバックは皆に挨拶した。

「おはよう」

「おはよう、バック。目覚めはどうですか?」

 シャルが尋ねる。エラは心配そうだ。

「死蝿が出た。私、うなされてた?」

「いいえ、全くうなされていませんでしたの」

「そう、呪いのせいかもしれない。皆が向こうに走っていって、必死に追いかけるんだけど追いつかなくて。皆天に昇っていって消えていく夢。真上には三つの顔の月が笑っていたんだ」

 その悪夢を思い出したいのではなく淡々と言うことで皆に発散したかったバック。

「大丈夫?」

 エラが心配そうに尋ねる。バックは、大丈夫と言って、立ち上がった。

「こうしてる間にも死蝿が人を殺している。人々を助けに行かないと! そして死蝿を潰さないと!」


 バックの意気込みに、まずウェイは地図を取りだし、どの辺に死蝿が湧いているのか聞く。今は四匹、場所をマークしていく。

 そしてウェイは事前の突破ルートと共に導き出した。それをシャルに素早く伝える。

 シャルは操作をした。車をAIシステムで呼び出したと同時にシャルが先頭、ウェイが殿しんがりでバックとエラを守るように走った。ドアを開けて外を見るとどんより曇り空。車に乗り込んだエラは尋ねる。

「雲で隠れてるなら月の力が弱くなったりしないの?」

「そうだったら良かったんだけどね……」

 バックは神薬の植物をウェイに任せ、車に載せてもらい答える。

 銃撃音が聞こえる。後部座席に座るように言われたバックとエラは頭を下げるようにシャルに指示される。


 銃撃を弾きながら反撃しつつ、ウェイは助手席に乗り込んだ。防弾ガラスとはいえ、タイヤなどが狙われてはいけない。

 シャルはすぐさま車を出した。

「博士、発車しましたの。信号操作をお願いしますわ」

『わかった。幸運を祈る』

 ウェイは電話でほんの少し連絡し、すぐさま前方の敵に集中した。

 窓から発砲して応戦するウェイ。

「お願いだから殺さないでね」

 バックは嘆願した。人の死ぬところはあの日を思い出してしまう。

「確約はできませんの! あちらも殺しに来ている以上殺らなければ殺られますわ!」

 それでも必死に急所を外すウェイ。足を狙えば簡単には追ってこれまい。

 車も突っ込んでくる、シャルの運転の腕が問われた。ギリギリで躱す。


 なるべく敵の少ない場所を選んだウェイとシャルだからこそ乗り越えられた。ここからが本番だ。

「バック、死蝿はどこにいますの?」

「この方角を道路沿いに一匹いるよ」

「車が走りながら潰せますの?」

「多分この走行車線にいるはずだから大丈夫。駄目そうなら停めて!」

 そうしてまず一匹潰す。人を救おうとするバックは数々の人が協力していることを見た。

「お願いですの! この薬を倒れている人へ!」

「私は政府の人間です! 信用してください!」

 国の和が広がっている気がした。最後くらい皆と共に。

「バック、大丈夫でして? 守られていたら感情が……」

「違うよ、皆で守ってるんだ。どうして気づかなかったんだろう? 皆で守ればよかったんだ」

 エラは車の後部座席でバックの手を握る。

「成長したんだね、バック」

 次の死蝿を潰しに行く。今度は歩道橋の上にいるようだった。バックとウェイで登っていき、死蝿を潰す。

 そうして倒れた人に薬を飲ませた後、階段を降りようとしたバックを引き止め、抱き上げるウェイは歩道橋から飛び降りた。

 車に装備してあったクッションの上に降りたウェイは、薬を飲ませて回るエラとシャルと人々を見ながら、バックを車に乗せた。


「バックは能力蝿を潰すことに集中してくださいませ」

 そうしてウェイと方角を確認する。エラとシャルが戻ってきて車を発進させた。

 徐々に南に向かっている死蝿二匹。最短ルートで駆け抜けるシャルの運転に惚れ惚れしながら、ウェイは聞く。

「建物に入る可能性もありますの?」

「基本的に外の人達を殺していくよ、人の多い方に行くから」

 だがその方角は孤児院だった。恐らく中にいる。ウェイのピッキングで中に入った四人。

 中に入ると子供たちが倒れていた。拳を握りしめるバック。薬を飲ませていくエラとウェイとシャルに任せて、バックは死蝿を潰した。

 すぐにその場を後にしようとするのだが、遂に殺し屋たちが追いついてきた。

 車に乗り込むバック達は殺し屋達に追われながら最後の死蝿を潰しに向かう。

 こちらの位置は把握されてることを知ってるからこそ、シャルはある程度遠回りしながら、車を走らせる。

 後ろから来る殺し屋を射撃で足止めするウェイ、弾数は気にしない、しっかり積んであるし、装備もしっかり服に仕込んである。

 薬は事前に沢山作ってある。神薬の植物は今、葉を採り尽くされた状態だ。

 植物を成長させるためにはバックが楽しくならなければならないが、今そんなことを言っている場合でもない。


 博士の信号操作でこちらに有利な状況を作っていく。そうして最後の死蝿が近くなってくる。そこはある場所だった。

 殺し屋との戦闘で遠回りしながら向かった先、まだ日が落ちていないというのに、そこだけ暗くなったように見えた。

 取り潰された空間。そこに死蝿がいる。誰も殺さない、バックの心を殺すためだけにいた。

(やぁ、ちょっとした前夜祭さ)

(ほほほ、どうですか? ご気分は?)

(ククク、平静でいられるはずかないよなぁ?)

「……」

 三つの顔の月が幻影には幻影をと見せてくる。それはバックの家族や月神会の人達の幻だった。

 バックは号泣した。そして三つの顔の月に礼を言った・・・・・

「ありがとう、ラックムーン、ハーフムーン、デスムーン。最後に皆に会わせてくれて。これで心置きなくあなた達を消せる!」


 三つの顔の月に届いたかは分からない。だが正真正銘ラストダンスが始まった。

「欠蝿一匹と、半蝿一匹、死蝿が一匹でた。半蝿から行こう。面会時間が終わってしまう」

 四人は半蝿のいる病院へ向かう。そこは大学病院だった。半蝿を潰しに行く。

「死蝿で運ばれた人達がここへ来ますわ。でしたらシャルかエラには残ってもらいましょう」

「私がここに残ったら後でどうしたらいいか分からないよ」

 エラは困った顔をする。シャルはウェイと別れることを伝える。

「バック……どうか無事でいてください……」

 シャルは泣いていた。これが今生の別れのような涙にバックは抱きしめる。

「きっと国を救ってみせるよ。ありがとう、シャル」

 半分の神薬を渡し、何かあったら連絡するようにとシャルに言うウェイ。

「誰が運転するの? ウェイ?」

「当然ですわ。行きますわよ」

 アクセル全開のウェイは車を走らせる。

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