第32話 シャル=ムースの自宅で

 その日は一日中、シャルの現在の自宅で過ごすことになった。旦那を失ってから政府に仕える事になり、祖父母に息子を託した実家には帰れないシャル。

「息子さんに会いたいと思わないの?」

「いつも手紙を書いたりしてます。きっと帰るから待っていて欲しいと。この任が完全に終わるまで、会うわけにはいきませんから。息子を巻き込んだら後悔しますから」

 そこまでシャルの覚悟は決まっている。国を守るために戦うシャルを誇らしく思ったバックは、今日一日くらいは家にいても大丈夫だろうと思っていた。

 四人でゲームをしていたのだが、エラは楽しんでるものの、バックは浮かない顔だ。

「ごめん、飽きた」

 踊っている方が楽しいと、ダンスを始めるバック。するとこれはどうだろうかとダンスゲームを取り出すシャル。

「あ、私これダメなの」

 バックは拒否する。ダンスは自由に踊ってこそダンスなのだ、それがバック流。

 上手く踊るのは二の次だ。綺麗に踊るのもきっちり決まると楽しいけれど、やっぱり何も考えないで自由に踊る方が性にあっている。


 それならばとウェイが提案する。

「リビングで社交ダンスはどうですの?」

 物を片付けて広くしたところで二人一組になって踊る。

「これはいいかも」

 バックも納得する、これならば楽しい。バックはウェイと、エラはシャルと踊っていたのだが、バックは折角だからパートナーを交換し合おうと言った。

 今度はバックとシャル、エラとウェイが踊る。

「楽しいね!」

 バックはシャルと踊りながら笑顔になる。ただ、エラはウェイの事を不気味だと思った。

「なんでそんなにピッタリこちらの動きに合わせられるの?」

「ふふふ、ワタクシを甘く見られてはいけませんわ」


 踊るのは不慣れなエラにピッタリリードしていくウェイにバックは感心した。

「ウェイって何でもできるよね」

「お化けは怖いのにね」

「一言余計ですわ」

 エラの言葉に反射的に反応するウェイ。次はバックとエラ、ウェイとシャルが踊る。

「バックはなんでそんなに踊るのが好きなの?」

 エラの問いにバックは踊りながら答える。

「小さい頃からどんな時も踊っていて、習慣化してるの。踊ったり歌ったりする事はとても発散になるわ。こうして一緒に踊ってくれる人がいたら、とても嬉しいの」

 バックは自由で独創的な踊りをする。それにエラは何とかついていく。


 夜になり音楽を止めても踊り続ける。それには流石にエラが根を上げた。

「つ、疲れたよ! ちょっと休もう?」

「そうですね、時間を忘れて踊ってました。ご飯にしましょう。何がいいですか?」

 シャルが冷蔵庫を開けながら聞く。それに対してエラはヤケクソ気味に肉を食べたいと言った。

「どうせでしたら沢山食べましょう。届けさせますわね」

 その間にも冷蔵庫の中にある肉を焼いていくシャル。

「前も思ったんだけど、ウェイって調理しないよね」

「あら、よく気付きましたわね。ワタクシ料理をしてはいけませんの」


 何でもできるウェイだって苦手なものもあるだろう。何故ウェイが料理が駄目なのかを聞くバックに苦笑するウェイは肉を続きながら話す。

「ワタクシ、切ったり焼いたりしてますと人を拷問してる時の事を思い出しますの。その顔が余りにも凄惨すぎるので料理や調理はするなと強く言われていますの」

 それはどんな顔だろうかと興味が湧いたエラが、ちょっとやってみよと言う。

 ウェイは困ったのでシャルを見る。シャルは助け舟を出した。

「ウェイだって見られたくない顔もあります。弄るのはそれくらいにしてあげてください」

 はーい、とエラは再び肉を食べ始める。


「私、見たい。ウェイの凄惨な顔」

 ウェイとシャルは驚いた。バックがそんな事を言い出したからだ。だがこれには理由があった。

「ウェイの全てを見たい。殺し屋としてのウェイも知りたい。だからここで私の前で調理してよ。ウェイ」

 バックの言葉に黙るウェイ。エラは流石にウェイを助けた。

「バック、ウェイが嫌ならいいじゃない」

 そうかもしれないと思ったバックだったが、ウェイは首を横に振る。

「嫌ではありませんわよ。ただかなり殺気を放ちますので、気絶しても知りませんわよ?」

「私は大丈夫。エラは?」

「私もいいよ、元々興味あったし」

 ウェイはシャルに交代するように言って調理を開始する。

 肉を切っていく調理、最初はいつも通り冷静だったが、焼いていくと徐々に表情が変わってくる。こんがり焼き上げると凄惨な笑顔で笑っているウェイ。


 シャルはあまりの殺気に震え上がった。自分に向けられたものではなかったが、漏れ出た殺気に、これが殺し屋ウェイの殺気かと感じた。

 だがバックとエラは平気そうだった。

「こっわ! ウェイ、あなたどんな気持ちで焼いてるのよ」

「勿論人間を調理している時と同じ気持ちですわ」

 野菜をトントンと包丁で切っていく、表情はそのままだ。

「ウェイは殺し屋の時こんな顔してるんだね」

 バックはうっとりとした表情でよく観察していた。恐らくウェイは幾千の戦場をこの顔で切り抜けてきたのだろう。それは楽しささえ含まれていたのかもしれない。憎き敵を掃討する時、拷問する時、この顔でいたのかもしれない。


「もう十分でしょう? ウェイ、変わりますから、その顔をやめてください。殺気で私が倒れそうです」

「そうですわね。では交代しましょう」

「そんなに殺気出てるの?」

 エラがシャルに尋ねる。

「私に向けてではなく料理に向けてでしょうけど、この気に当てられ続けたら私がもちません」

 恐らく一般人の二人だから感じないのだと言うシャルだったが、バックは違った。

「私には心地いいよ、この殺気」

「バックにもわかるの?」

「わかるよ。何度も三つの顔の月と戦い続けたからね」

「じゃあ私だけかー。それにしても写真に残したかったな、あの顔」

 エラがつまらなさそうにため息をつく。


「それだけは勘弁してくださいませ」

 ウェイはシャルと交代して、シャルが肉を焼いていく。肉や野菜を届けに来たシャルの同僚の荷物を受け取って、更に焼いていく。

「もう食べられない!」

 最初にダウンしたのはエラだった。シャルも食べながら焼いているのだが、限界のようだ。

 ウェイは小さな体のどこにそれらが入るのか分からないほど食べていた。

 バックが限界を迎えたところで、食事会はお開きとなり、お風呂に入って就寝する。

「狭いですが布団を敷いて寝ましょう」

 シャルの家の布団に寝ると安心感からぐっすり眠るバックとエラ。二人が寝静まったのを確認してから、いつでも起きられる浅い眠りにつくウェイと、それを見守るシャルは複雑な顔をした。

 自分より一回り以上幼い彼女達の運命は……とても悲しいものだとシャルは感じていた。

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