第29話 水面下の戦い

 バックを探すためにアークは殺し屋たちにダミーの人間の血を集めさせていた。それらはマップに点のように付く。

 その点はマップを動いて把握できるようになっている。

 最新の衛星がその血液の人間を認識して追いかけるのだ。

 血さえ得られればと思うと、「あの時」血を得られなかったのは悪手だった。

 そしてあの時の不手際が今の苦戦に繋がっていると考えると、自分の焦りからの失敗があまりに滑稽で笑えてくるのだ。

 だが徐々にダミーも把握してきている。本物に近づくのも時間の問題だ。

「バック=バグ、必ず殺してみせるぞ」

 私利私欲のためにバックを狙うアーク。自分には殺すための力がないことを知っているからこそ、殺し屋頼みだ。金はある、あとは見つけるだけ。

 針のような物で血をとるだけなら、殺気すら出ない。殺し屋たちはプロだ、血を集めるだけならいくらでもやれる。



 そうやって水面下で動くアーク=ディザスターに博士たちは苦戦していた。ダミーもそんなに作れない、犯罪を犯した少女をダミーにしていたのだが、バックと同じ年代で協力してくれる人間にも限りはある。

 針で刺されたような跡のある少女たち、相手が殺しに来れば護衛が逆に殺せるのに、敵は殺しに来ない。

 街中で針を刺すだけの行動に返せない。近づくだけでもと思ってもすれ違う人もいる。

 プロの殺し屋はそういうものに紛れているようだった。

 これではいずれバックが見つかる。バックのショッピングモールでの買い物では鉢合わせなかったが、時間の問題だ。

「バックの行動を制限すべきか……」

 博士は悩む。例えバックの感情を低下させてもバックの安全の方が大事だ。

 だがバックの感情を低下させれば結局バックは飛び出していく。人を救えなければ更に能力蝿は飛び回る。

 そう考えていると電話が鳴った。


『博士、相談がございますの』

 ウェイからの相談だ、当然内容はバックに関することだろう。

『明日映画館に行きたいとエラから言ってきまして、それにバックがのりましたの』

 映画館、大きな映画館でない方がいいが、そうもいかないだろう。

『そこでワタクシ、映画に集中するために人の少ない映画館がいいと言いましたの』

「それはいい提案をしてくれた。こちらで手配してシャルにチケットを渡しておこう」

 博士は映画館を調べ始める。ダミーを配置している所より離れた小さな映画館の予約を取ろうとして、どの映画を観たいかを尋ねる。

 暫くしてウェイから恋愛映画の『ルービックキューブのように』を観たいと言う返答だったという事を聞いて、その映画館ではやっているようだったので、昼間の予約でいいかを再度聞く博士。

 予約チケットを部下に取りに行かせて、一息つく。映画館ならば暗いからバレにくいだろうと安心する。

 だがいずれアークの魔の手は迫ってくる。博士はバックの誕生日を無事迎える事を祈った。



 映画館に行くのは二度目のバック、何度も行っているというエラの話を聞き、最近の流行りを聞いていた。

「『ルービックキューブのように』は、今とてもブームみたいだよ! ルービックキューブをぐちゃぐちゃにしてから合わせるように、組み立て答え合わせをしていきながら進む、恋愛映画みたい!」

 それはどんな映画だろうか、想像しながら映画館までの車の中で雑談する四人。

 近くの駐車場に車を停めて向かうと、小さな映画館があった。

 チケットを渡し中に入ると、時間ごとに映画の内容が変わるようだった。ポップコーンと飲み物のセットチケットだったようで渡される。

 席にシャル、エラ、バック、ウェイの順に座っていく。

 ウェイが通路側なのは念の為だ。勿論シャルも守っている。とはいえ、ああ言った以上は映画に集中しなければならない。映画の後、感想戦が待っているのだから。

 ウェイとシャルは集中して映画を見た。勿論守りに手を抜かずにだ。


 映画が終わって、ゴミを捨てる。映画館から出て近くの喫茶店で感想を言い合う。まずエラが切り出した。

「とてもいい映画だったわ! 最後二人が結ばれた時、これは最初から運命だったって思ったの!」

「私もそう思います。たとえグチャグチャになってしまった関係だったとしても一つ一つ直していけばいずれ正解にたどり着くんだと思います」

 シャルもエラに同意した。だがウェイが首を横に振る。


「駄目駄目でしたわ。最初ぐちゃぐちゃになった関係が、そう簡単に直ると思ってはいけませんわよ? 一度拗れた仲が直るのは、まだ最悪の事態に陥っていないだけでしてよ」

 それにエラは反論する。

「そんなのわかってるよ。ルービックキューブだって完全に壊したら直らないじゃない! 直せる関係性だったからこそ直していけて、二人は最後結ばれたんじゃない!」

 そうやって言い合っている二人を見て考え事しているバックを見てシャルが心配した。

「大丈夫ですか? バック?」

「ああ、うん、違うの。ルービックキューブって色を合わせる物じゃない? あの映画では色を少しずつ合わせていってピッタリ嵌めるって物だったけど、私たちみたいだなって思って」

 その発言にエラとウェイはポカンとして固まっている。

「そうですわね、ワタクシ達も最初は色がごちゃ混ぜになっていたのですわ。でもお互いの色を揃えていって、きっともうすぐ完成するんですわ」

 ウェイの言葉に頷いたバックはもうすぐ完成する自分のルービックキューブを思い浮かべながら、映画について感想戦を再開した。

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