第8話 バック=バグ、遊園地に憧れる

 それはある時発せられた言葉からだった。踊るのは楽しいが毎度は飽きると言うウェイがテレビをつけた時だった。

 それは遊園地の宣伝だった。ついた瞬間反射的にチャンネルを変えたウェイだったが、付いてしまったものは仕方がない。そのバックの言葉が部屋に響いた。

「遊園地か……行ったことないな」

「ええ? バック、それは本当?」

 エラは驚いてダンスを止める。バックは踊り続けている。

「それはそうだよ、私の状況考えたらね」

「でも、呪ったのは八歳の時でしょう? それまでは?」


「お父さんもお母さんも宗教に熱心で、そういうのをしてこなかったから」

 エラはそれを聞いて何やら企んでいた。ウェイはすぐさまそれを見抜いた。

「何を企んでいますの? エラさん」

「ねぇ……ウェイ、バックを遊園地に連れて行けないかな?」

 ウェイは顔をしかめた。何故なら人の多い遊園地での護衛が困難だからだ。こんな事になるならテレビをつけなければ良かった。

「別にいいよ、気にしなくて。私は行って感情が低下する方が嫌」

「えー、楽しいのに!」

 ウェイはホッとした。これで何とか遊園地に行かなくて済むだろう。

「ちなみにウェイはあるの?」

「ないですわよ」

 言ったウェイがハッとした。エラがニヤリと笑っている。

「バックの護衛が終わったら、また殺し屋稼業になるんじゃないの? そうしたらもう遊園地には行けないかも」


 バックはハッとした。

(そうか、ウェイもまた……ならば、自分のためだけでなくウェイのためにも)

 そう思うバックは提案した。

「ウェイ、遊園地へ行きたい」

「バック!? 正気ですの? 遊園地での護衛がどれだけ大変だと……」

「でも三人で楽しみたい」

 こうなると断れば逆に……そう思ったウェイはため息をついてこう言った。

「なるべく小さめの遊園地を探しますわ……」

「駄目よ。この国一番のローディアランドへ行きましょう」

 エラのこの提案に流石に殺気立つウェイ。だがエラはちゃんと計画があった。

「ローディアランドは八時から二十二時までの経営だから時間を絞ればメンテナンス中の乗り物以外に楽に乗れるわ。それ以外の時間はカフェにいればいい。更に平日に行けば人混みは少ないわ。どうせなら楽しみましょう?」


 要するに学校をサボって行くということだ。それならと、ウェイも提案する。

「変装のための格好を用意してもよろしくて? 学生だと分かれば入れないですわよ」

 偽証身分証も用意するというウェイ。ここまできたら何としてでも行ってやると言うエラ。

「今はラックの月だけど、いつハーフの月になるかわからない。ラックの月の間の方が助かるよ。ハーフの月は結構厄介だから」

「そういえば、まだラックの月なの? 半月はとっくに過ぎたけど」

「ラックは約三ヶ月、ハーフは約一ヶ月半、デスは約一ヶ月半。ラックの期間が長いの」

 そういえばと、ハーフの月の時はどうなるのかを尋ねるエラ。


 ハーフの月の時は命が半分になる。そしてハーフの月のみ、ある人間が対象となる。

 それは病気を持っている人。病院に入院してる人が命を半分にされる。

 呪いが進めば更に半分になる可能性があるから、ハーフの月の時は半蝿はんばえを発生させてしまったら、病院を駆け回ることになる。

 政府公認許可証を見せて入院患者に薬を飲ませていくことになるのだ。

 博士との連絡の連携も必要でかなり厄介な部類のようだ。


 ならばと今のうちに遊園地に行こうと言うエラ。バックは笑ってウェイを見た。ウェイは既にタブレットで何かを操作している。

「今からチケットが届きますわ。変装用ウィッグと、服、偽証身分証も届きますので、この家から明日朝五時出発で」

 仕事が早いと言うエラは家族に連絡する言い訳を今から考えることになる。

「悩むくらいなら、提案しないでいただけますか?」

 エラは頭を掻きながら、ウェイを頼る。

「仕方ありませんわね。ワタクシから連絡しておきますわ」

 ウェイはエラの両親に、ウェイの誕生日祝いを盛大にやるため泊まっていき学校を休むという嘘を伝えたのだった。


 唐突に来たウェイとのお泊まり会にドキドキするエラとバックだった。お風呂の時間になった時、エラはこの家のお風呂は大きいから、三人で一緒に入ろうと提案した。

 ウェイは苦笑して、先に脱衣所へ行く。バックとエラは、ウェイの背中を見て目を疑った。

 その背中は傷だらけだった。ウェイは笑いながら言う。

「見える場所に傷があるとハニートラップで使えませんの」

 その言葉通り、胸や腹には残るような傷がなかった。当然服で隠れない部分には傷がない。

 それだけ器用に、対象を守るために受けた傷なのだろう。

 そして前側の傷がないのが、向かい合えば無敵であることを物語っていた。


 バックとエラは服を脱いで風呂場でウェイに抱きついて、一緒にお風呂に入った。

 風呂から上がり、布団を敷いて語り合う。こんな日々は長く続かないことをウェイは知っていた。だから作り笑顔で話を聞いていた。

 唐突だった。バックが寄ってきて、ウェイの顔をつねる。

「なんですの?」

「もっと笑って欲しい」

「笑っていますわ」

「私にはバレバレ」

 それを聞いて困るウェイは、バックの顔を見つめてふっと優しく微笑んだ。

「あなたがどうして笑えるのかがワタクシにはわかりませんわ」

「そう?」

 ウェイはゴロンと横向きに寝転がり、バックに背を向け言う。

「明日は早いですわよ。早く寝ますわよ」

 バックとエラは顔を見合せて微笑んで、布団の中に入っていった。

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