第7話 バック=バグに護衛がつく

 博士は悩んでいた。バックを利用する人間が現れては困るからと、これまで護衛をつけなかった。

 だがアーク=ディザスターの件がある。彼は放っておけない。今のところどんな顔なのかもわからない。

 バックは咄嗟のことで特徴をほぼ覚えていなかった。

 カメラで顔を撮ってくれていたら助かったが、男はフードを深く被っており、情報提供者からの写真では判別できなかった。

 どっちみち違法整形外科でまた顔を変えている可能性もある。

 違法整形外科を取り締まれれば簡単なのだが、普通の整形外科と区別がつかないので、厄介な所だ。

 カルテは個人情報だから、令状のある捜査でないと受け取れない。


 最悪の場合、誰かとそっくりに変えてる可能性もある。

 いやむしろその方が違法な偽証身分証を作りやすい。

 大金が必要だが、アークは金だけはあるようで、とにかく何をしてくるのかがわからない。

 あまり大きくも動けない博士『達』は考えていた。会議の中で一人の男が手を挙げた。

「バックに護衛をつけるべきだろう」

「それは駄目だ、バックの心に負荷がかかる」

 博士はそう言うが、男は言う。

「秘密裏に護衛する特殊部隊を作るべきだろう」


「昔、彼女に護衛をつけたのがバレて彼女の心を大きく低下させたことがある。その案は飲めない」

 あくまでも飲めない博士に、では……という男は続けた。

「一人の護衛も無理なのか?」

 男の問いかけに博士は悩む。どうしてここまで博士が悩むのか、男たちは聞く。

 博士は話す。自分がバックの傍にいない理由を。バックは気を遣うのだ。

 そして気遣った気疲れが心の低下に繋がった事があった。

 それを聞いた男たちは悩む。その時ある女性が手を挙げた。


「同年代の女の子であればいいのではないでしょうか?」

「エラを護衛に鍛えるつもりか? 却下だ。バックの心の低下に繋がる」

「違います。ウェイ=ヴォイスという女の子がいるんです」

 特殊部隊にはバックと同年代の女子が一人だけいるのだそうだ。

 実際は年齢は二つ歳上らしいが、小柄なため偽証すれば何とかなるだろう。

「わかった、検討しよう。ただバックには内緒にしておく。事前情報があると身構えてしまうだろう。ウェイ=ヴォイスの腕前を見せてもらおう。ただし責任は持つようにな?」

 女性の顔に冷や汗がたれるが、博士は気にしない。こちらも金はある。どうやってもバックは十八歳までは生きらせる。そう考えていた博士だった。


 バックが登校するとエラが見えた。話しかけられないが心が安定する。今日は転校生が来るようだ。先生がやってきて紹介する。

「初めまして、ワタクシ、ウェイ=ヴォイスと申しますわ。よろしくお願いしますわ」

 ぺこりとお辞儀をする彼女の様子はお人形さんのように見える。

 水色の髪に短いツインテールの可愛い女の子だ。

 どちらにせよ自分に関わることはない。そう思っていたバックは休み時間になると、机に突っ伏して眠る。


「ちょっとよろしいかしら?」

 バックは驚いた。他の人の制止も振りほどき、ウェイはバックに話しかけてきたのだ。

「何か用?」

「感情を低下させないでくださいませ」

 耳元でそう囁かれる。ああ、博士か……と、危ないと考えるバック。

「ワタクシの評価に関わるので感情を低下させないでくださると助かりますわ。ちょっと抜け出してお話ししてくださりません?」

「しない」

 バックは机に突っ伏して寝る。その肩を叩くウェイ。


「何?」

「ちょっと失礼」

 ウェイはバックの足を持ち上げ、そのままバックをお姫様抱っこして行った。

「ちょ、ちょ、ちょ! は、恥ずかしいんだけど!」

「授業を度々抜け出すのは恥ずかしくないのに?」

 それを言われると辛いバック。困った表情のバックを屋上に連れ出して、ゆっくり降ろす。

「ワタクシ、あなたと友達になりたいのですわ」

「なってどうするの? 私の心の低下を抑えるの?」

「違いますの。共有したいんですの」

「共有?」

「ワタクシ、五歳の頃から訓練をさせられた国のために戦う兵士ですの」

 ウェイは語る。戦争屋に拾われた孤児のウェイは人を殺すための訓練を受けてきた。

 それから育ての親の戦争屋が負けて拾われたのがこの国の諜報機関。


 腕を買われ、汚いことならなんでもやってきた、プロの殺し屋。

 それは壮絶な過去だった。バックでさえも可哀想と思うほどに。

「ですから、共有したいんですの。国を守るために何でもしようとしている、国を呪ってしまったアナタと、心を」

 国を守りたいのは、心は同じ。ウェイが言いたいのはそういう事だった。

「ワタクシにアナタを守らせてくれませんか?」

 バックは手を差し出した。

「私にもあなたを守らせて欲しい」

 その言葉に一瞬驚いた顔をしたウェイだったが、瞬時にそういう事・・・・・だと気付き、笑ってバックの手を握った。


 放課後、バックの家に集合したエラに説明したウェイは自己紹介した。

「ウェイ=ヴォイス、殺し屋ですわ。この度、バックさんの護衛を承りましたの。よろしくお願いしますわね、バックさんの『ただの』お友達のエラさん」

「ちょ、ちょっと、なんなの? この子?」

「聞いた通りだよ、仲良くしてね」

 ウェイのあまりの自己紹介にエラは困惑していた。そして、『ただの』お友達と言われたことに怒り心頭だ。

「ふざけないで! 私はバックの『親友』よ!」

「それはあなたが決める事ではありませんわ」

 そうして言い争っていると、二人共ハッとして、バックを見る、感情を低下させていたら……と。だがバックは笑っていた。


「ど、どうしたの? バック」

「何か可笑しい事でもありましたかしら?」

「いや、なんか、楽しいなって、あはは!」

 お腹を抱えて笑うバックに、顔を見合せたエラとウェイは、ふっと吹き出して一緒に笑った。

 そしていつもの日課のダンスをするバックとエラ。ウェイは見ていたが、バックに一緒に踊らないかと言われ困惑する。

「何が楽しいんですの? 楽しくてやってるんですわよね?」

「いいから! ほら、やったらわかるよ!」

 バックにダンスを教わるウェイは、少しずつ気分が上がるのがわかった。

 それは楽しい空間に楽しい友達と、楽しく踊っているからだなと分析するウェイだった。

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