第6話 バック=バグとアーク=ディザスターは水面下で

「金はある、金はあるんだ」

 通常の病院にも行けない状態で自分で手当するアーク=ディザスター。病院に行けば手当を受けられるが特定されかねない。

 彼は高級マンションの最上階で包帯に巻かれた手をさすりながら、微笑む

「念の為の発信機は取り付けたが、どうも破壊されたようだな。だが、特徴は覚えたぞ」

 次はもっと上手くやる、そう誓ったアークだった。



 エラは内心早く学校が終わって欲しいと願っていた。博士から昨日何があったかを聞いていたからだ。

 心配で心配で仕方ない。バックはいつも通りの顔をしていたが、きっと怖かっただろうと思うエラ。

 だがバックは本当に何事もなかったかのように過ごしていた。

 エラは学校が終わってから友達と別れ、すぐにバックの家に向かった。

 ドアを開けるバックに飛びつくエラ。バックは驚いていた。

「怖かったでしょう?」

「え? 何が?」

「昨日のことよ!」

「ああ……何も。普通のことだよ」

 その言葉に耳を疑ったエラは家の中に入りバックの話を聞く。


「狂信者の顔も行動も私の頭の中には当たり前のように思い出せる。あの時は私も狂信者だった。だから、別に私にとっては何も怖くないんだよ」

 エラはバックを抱きしめて呟く。

「本当にあなたって人は……」

「でも心配してくれてありがとう。今日エラの顔がおかしかったのはそのせいね?」

 エラは苦笑して、尋ねる。

「私そんな変な顔してた?」

 バックは吹き出して笑った。友達として心配できない外でなのに、心配だからと変な顔をしていたエラの顔を思い出したからだ。

 バックはエラの顔を真似てみた。

「こんな顔してたわ」

 するとエラも吹き出した。

「私そんな顔してたの?」

 二人で笑いあった。だが懸念事項もある。


「捕まえられなかったそうね」

 エラが博士から聞いた情報を言った。アーク=ディザスターは捕まえることができなかった。

 今は身分証も顔も変えているアークを捕まえるのは容易な事ではない。

 場面を見かけた人たちの証言も曖昧だ。カメラで撮っている人はいたが、その顔の主は見つからなかった。


 恐らくあの後、直ぐに違法整形外科に行き、顔を変えたのだろう。多少の変化でも見つけるのは困難になる。

 この国の整形技術はかなり高度なのだ。

 そしてその高度な整形技術に携わり投資もしていたのがアークであったらしい。人間の顔を変える程の技術力を悪用し、成長させたアーク。

 それだけの資金力と影響力を持っていた男が敵であることにエラは震えた。


 だが、バックは冷静だった。

「髪を染める、髪型を変える、これだけで私もちょっと見つかりにくくなる。わかるかな?」

 エラはだからかと頷いた。バックはブロンドベージュの髪からホワイトブロンドの髪になっていたのだ。

 結び方もツインテールからサイドテールに。これなら後ろからならわからない。

「整形はしたくないよね」

 エラはバックの整った顔を見る。

「した所でどうにもならないわ。相手は三つの顔の月と契約しているんだと思う。私が顔を変えても、その姿は三つの顔の月の背面を見ればわかる」


「髪型とかはバレないの?」

「そこまではバレないわ。でも身長はバレた。これからもっと大きくならないと」

 エラは吹き出した。そして爆笑した。

「ミルクでも飲む?」

 ふふっと、笑ったバックは今日も神薬の植物のためにダンスを踊る。

 不安が全くないわけではない。今はまだラックの月だから、そんなに心配してないだけ。もしデスの月の時にこられたり、何か武器を持ってこられたら……。


「駄目ね、感情を低下させそうになる。エラ、一緒に踊ろう!」

 エラと踊るバックは心を跳ね上げた。どこまでもどこまでも上を向いて。

 エラもまた嬉しかった。バックの心を助けることのできる自分に酔っていたのだ。

(私ならバックを助けることができるんだ!)

 エラのその驕りは次にどうなるか、それは三つの顔の月が知っていた。

(あらあら、友を得ましたね? バック=バグ。それはお前の枷となるよ? きっとね。ふふふ、俺のターンが待ち遠しい、ハッハッハ!)

 月は笑う。今はその凄惨な顔を欠けさせて、時が来るのを待つのだ。



(今度は武器も持っていかないとな)

 アークは傷の付いた手を見ながら何かを思いついた。

「そうだ、これならば! 急いで違法医師会に連絡しよう」

 また金を積む、それでも何としてでも、三つの顔の月を完全にしなければならない。

 それは男の悲願、必ず叶えなければならない願い。何故男がそこまで拘るのか、男の過去に何があったのか、それはまだわからない。


 それでもバック=バグを殺し、三つの顔の月にこの国を滅ぼしてもらう。

 それさえすれば、もう彼は彼自身がどうなろうと構わないのだ。

 何が彼をそこまで動かすのか。彼はある写真を見た。

(もうすぐだよ、マリー。奴らに復讐する時だ)

 写真に映る彼と、傍の女性の写真。ウェディングドレスの彼女はお腹も大きく膨らんでいる。

 その彼女がもう既にこの世に存在しないことは状況から見て明らかだった。

 それが遺影だったからだ。アークの願いは彼女のために復讐をする事のように考えられるだろう。

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