第十六話 前日

 文化祭前日。帰りのホームルームでパンフレットが配られる。一人二部渡されて、一部は生徒用、もう一部は保護者用だ。


 終礼のあと、皆が思い思いの歓声を上げながらパンフレットのページを捲る。もちろん俺が真っ先に探すのは自分の出番の部分だ。文化祭一日目の午前中は書道部によるパフォーマンスと家庭科部によるファッションショーでほとんど埋まっているので、午後のところに名前があるだろう。


【プログラム六番 サックス&ピアノDUO

 三年二組 糸井万里子

 三年六組 平川拓也

 曲目:木漏れ日影、Sax by 3、夢に菊花

 吹奏楽部サクソフォンパートのエース、平川拓也と二年連続弊学合唱コンクール最優秀賞伴奏者賞受賞の糸井万里子。弊学きっての実力者の本日限りの共演。サックスとピアノの織りなすハーモニーをお楽しみください。尚、平川は吹奏楽部のコンサートでもソリストとして登場 by吹奏楽部顧問】


(ウワォ、絶対俺らじゃ書けないわ……)


 ちゃんと顧問が書いたとわかるようにしてくれていて良かった、と心の底から思う。書いてあることはある程度正確だ(弊学きっての実力者かは主観による)が、自分で書くには恥ずかしすぎるし、書ける人はナルシストだろう。というか、かなりハードルを上げられている気がする。


(それにしても、俺の宣伝要る?まぁ、そりゃ部活の宣伝もしたいだろうけど、吹奏楽部の発表で寝るやつはいなくないか?)


 そんなことを思っていたら、背中にドンッと衝撃が走った。この感覚は、というか俺に対してこんなに馴れ馴れしい絡みをしてくるのは、浅山しかいない。


「糸井さんとデュオって何!?」

「何って、書いてある通りだけど」

「最近昼休みにいなかったのってそれ?」

「うん、練習してたからね」

「部活の方だと思ってたけど、これの練習?」

「うん」

「ちょっと平川くん、聞いてないんだけど!」

「笹野さんまで……。別に一日目だから、全校生徒聞くことになるしいいかなって思って」

「そうだけど!それはそうだけど!」


 離れた席にいた笹野さんが人垣をかき分けてすっ飛んできた。はぐれ文系は今年も全員同じクラスに入れられているので、笹野さんの後ろから元はぐれ文系の女子たちが顔を覗かせる。


「え、二人付き合ってるの?」

「え?なんでそうなるの?別にデュオはカップルって意味じゃないよ」


 笹野さんに言われて、俺は首を傾げた。確かにデュオを組んでいるが、別にカップルになったわけではない。単なる音楽仲間で、良い友達だ。


「だーかーらー、言ったじゃん。コイツにそういう気はないんだって」

「余計に似たもの同士じゃん!付き合えばいいのに」

「いや、友達付き合いしてるし?」

「こりゃ鈍感なのかぶっ壊れてるのか……」

「清く美しい男女の友情ってことね」


 浅山と笹野さんがため息をついた。面白くなさそうな顔だ。


「別に元はぐれ文系の関係性だって男女間の友情だと思うし、なんでそんな珍しいって顔されてるのかわからないんだけど」

「いや、あの、平川……浅山と笹野は付き合ってるんだけど?」


 近くにいた男子がボソボソっと小声で教えてくれる。あまり喋ったことのない相手だと思う。声では誰かわからない。だが、顔を見ようにも元はぐれ文系に囲まれていて見えない。


「あ、え、そうなの?」

「マジで気づいてなかったのお前。教室だとほぼ浅山と一緒にいるのに?」

「うん。まぁ、別にどっちにしろ仲良しじゃん?」

「そうだけど、いや、そうではなく……まぁもういいや」

「富樫、諦めるな富樫」

「無理。あとそろそろ机運ぶぞ」


(富樫……あ、サッカー部のキーパーか)


 名前を言われてやっと顔が浮かぶ。運動神経が悪い俺の代わりに、体育でよく浅山と組んでいる人のはずだ、と思ったのは良いが、なぜ呆れられているのかはわからない。周りが机を動かし始めたので、俺は思考を放棄して移動の準備を始める。と同時に、浅山と笹野さんを除いて元はぐれ文系の女子たちは各々の席に戻っていく。


「きっとコイツの彼女はハナちゃんなんだろ。それかサックス」

「確かにハナちゃんはかわいい女の子だけど柴犬だよ。サックスが恋人は言ったことあるけど……」

「マジかよ」

「もういいじゃん、お互い友達だと思ってるんだから」

「俺、同窓会で付き合い始めるに賭けるわ」

「じゃあ、私は既に付き合っているに賭ける」

「何?賭博は禁止だよ?」

「お金かけてないし数年後なんて忘れてるからいいの」

「大体賭けのネタにされてるんだから怒れよ。本当、平川お前おもしれーわ。見てて飽きない」

「はぁ?……もうなんでもいいや。早く机運ばないと迷惑になるよ」


 俺は社員をしっしっと追い払う。二人はなぜかやけに盛り上がっているが、俺にはどうでも良いことだ。今何よりも大事なのは、明日の演奏。


 この文化祭で、夢は捨てる。いや、夢を殺す。勇気を振り絞っての親に対する音大受験の最後の打診は「音大に行きたい」という一文すら全文言わせてもらえなかったし、ダメ元で受けてみようと思った自衛隊音楽隊の今年の採用にサックスはなかった。音楽の道には縁がなかったのだ。サックスが恋人という生活はここでスッパリやめて、趣味路線に舵を切ったほうが良いだろう。


(非凡を諦めて平凡になったら、なんで浅山たちが盛り上がっていたのかわかるようになるのかな)

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