第十四話 ラスト五十日
「そう、糸井さんとデュオで出るの」
文化祭まで二ヶ月を切った。補講だ模試だと忙しい受験生生活でも、俺も糸井さんも個人練での仕上がりは既に上々で、糸井さんのスケジュール通りあとは二人で合わせる練習をするだけになった。もちろん勉強も疎かにしていない。疎かにした瞬間このデュオプロジェクトは終わるから、勉強の支障になるというよりはむしろ良いモチベーションになった。
おかげさまで、周囲から勉強のために楽器を取り上げられることもなく無事、合奏練習ができるレベルまでたどり着いたけど、問題は合奏練習をする場所だ。親の耳に入らないようできるだけ知り合いに知られたくない、となると学校は避けたいが、サックスは持ち運べるけどピアノは持ち運べないから、そこらへんの河川敷や公園で、とはいかない。しかし、ピアノが置いてあるような楽器の練習ができるスタジオは市街地にしかない。文化祭前一ヶ月限定の出費だからスタジオ代は工面できるものの、市街地までは高校からでも片道三十分かかるから学校帰りにちょっと寄って練習して帰ると言うのは難しい。そもそも今の時期はどこの高校も文化祭前なので土日のスタジオはほぼほぼ軽音楽部で埋まっている。
結局、安牌なのは学校での練習で、吹奏楽部の練習もない昼休みに音楽室を借りることだった。昼休み中は音楽室の下の食堂が賑わっているから、音が漏れたとしても誰も気に留めないだろう。部活終わりに音楽の先生でもある顧問の坂本先生に相談すれば、二つ返事で承諾してくれた。さすがに二ヶ月近く前であるし、坂本先生に気に入られている自覚はあるので断られることはないだろうと思っていたが、他の生徒と先約があったらどうしようかと思っていたのでほっとした。
「文化祭、両日出るの?」
「いや、一日目の在校生のみの日だけです。二日目は申請数が多いらしくて。バンドとか、ダンスとか」
「そうよね、最近ダンスも人気だから。昔は吹奏楽部からも、部全体の発表にも出るけど有志でのアンサンブルもやりますっていう子たちもいたんだけど……。だからなんか嬉しいわ、デュオが出るって。何を吹くの?」
「えーっと……」
「別になんでもいいのよ?J-POPだろうと、アニメの曲だろうと」
「木漏れ日影、サックス・バイ・スリー、夢に菊花です」
「どれも聞いたことないけど……誰の曲?」
(ヤバいヤバい、どうしよう……)
俺は思わずブレザーの袖を握り込む。まさかこんなにも突っ込んだことを聞かれるとは思わなかった。友達同士なら適当なことを言っても誤魔化せるだろうけど、顧問相手だとそうはいかない。絶対、俺が帰ったあと曲名を検索するだろう。糸井さんがYouTubeにでも原曲を投稿していてくれれば良かったが、残念ながら全曲未発表。この文化祭が最初で、今のところ最後のお披露目だ。
「あ……アノニムです」
「匿名ってこと?まぁ学校内だから許されるとは思うけど著作権とか大丈夫?」
「それは大丈夫です」
「……なるほどね」
坂本先生は小さく頷きながらふふっと笑った。
「えっ」
「糸井さんでしょうね。平川くんは作曲するタイプじゃない」
「なんで……」
「昔は自作曲を発表する子が先生見てくれって曲を持ってくることがあったの。中には、恥ずかしいから自分の名前は出したくない、先生の名前使わせてくれ、なんて子もいた。この高校に来る前の話ね」
「そうですか」
「糸井さんはなんで名前を出したくないの?」
「……親に内緒でやっていることだからって。バレたら面倒臭いから。俺はひょんなことからたまたま知って、せっかくいい曲なのにお蔵入りはもったいないし、サックスの映えそうな曲もあったし、文化祭なら学内だしって誘ったら、作曲しているってバレないなら良いって、今回だけ」
しどろもどろになりながら俺が答えれば、坂本は難しそうな、悲しそうな、微妙な顔をした。口には出さないが、残念だと思っているのだろう。周りの伴奏者もそこそこの腕前である中で二年連続、音大や教育学部の音楽専攻の実習生を交えた審査で最優秀伴奏者賞を取るほどの実力で、さらに作曲もできるのに、音楽の道には進まない、進めない。
「なるほど……。親子関係が関わってくるなら、何も言わないわ。そういえば私、空き時間は大抵隣の音楽準備室にいるから曲は聞こえちゃうけど、それはいいのかしら?」
「それは大丈夫です」
「なら良かった。文化祭当日のお楽しみだからどっかいけと言われたらどうしようかと」
「それはさすがに……過去にあったんですか?」
「あったあった。あの時は他に割り当てられてる部屋がないものだから、便所飯よ」
「それは酷い」
「本当にねぇ。あ、そういえばプログラムへの紹介文とかは考えた?そろそろ締め切りだと思うけど」
「それがまとまらなくて……」
目下、頭を悩ましているのが紹介文問題だ。百五十文字以内で五十字は書いて欲しいと言われているが、全く良い案が思い浮かばない。何せ演奏する曲は俺たち二人以外は誰も知らないし、出演者はクラス付きで掲載されるから自己紹介するわけにはいかないし、「サックスとピアノの二重奏をお楽しみください」だけでは短すぎる。かといって、それ以上言えることはない。
「じゃあ、私が書いていい?」
「はい。糸井さんが作曲者だとバラさなければ」
「それはもちろん」
「ありがとうございます。糸井さんにも伝えておきます」
「ええ、よろしく伝えて。遅くなったわね、早く帰って」
「はい。失礼します」
俺はリュックサックを掴んで音楽室を出る。音楽室も貸してもらえるし、紹介文問題も片付いてラッキーだ。
(でも先生、なんて書く気なんだろう)
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