第十二話 朝の一幕、蚊帳の外

 吹奏楽部の朝練は週二回、月曜日と水曜日。今は文化祭前だから毎日。俺はいつもより早く高校に向かう。


(どの曲も良い曲だったなぁ……)


 ばあちゃん家からの帰り道、スマホを見れば既に曲を送ってくれていて、その日のうちに全曲聞いた。どれも良い曲だったけど、その中からサックスとピアノのデュオが映えそうな曲をいくつか選んで、その曲番号を返信した。すると「いつでも良いけど、できれば年内に気に入った曲の旋律をサックスで吹いてみて欲しい」と返ってきた。続けて、ハナちゃんの写真が欲しいともきたから、俺的ベストショット5選を送っておいた。


 糸井さんとしては来年の文化祭の日まで、というか来年の文化祭の日にしか他人に聞かれたくないのだろうから、誰にも聞かれず旋律を録音するには音楽室に一番乗りするのが良いだろう。毎日朝練する今はちょうど良いタイミングだった。アルトサックスならまだ家に持って帰ることもあるが、テナーやバリトンはさすがに大きくて持って帰らないから先に試してしまいたい。


(まぁ、朝イチだからピッチには目を瞑ってもらって……)


 高校の最寄り駅から考え事をしながら歩いても足は勝手に動いて音楽室に着く。音出しもほどほどにこっそりスマホのボイスレコーダーを起動して、いくつかフレーズを吹いていく。足音が聞こえた時点で演奏は終了、スマホはリュックサックの奥底に仕舞う。


 朝練を終えて教室に向かえば、笹野さんが机にやってきた。近くの浅山の席は机の横にリュックサックがかかっていないから、まだ教室に来ていないのだろう。サッカー部だから、まだ部室で着替えているに違いない。


「会えたんでしょ、糸井さんに」

「なんで知ってるの?って、糸井さんに俺のこと言ったのは笹野さんか」

「ふふっ。昨日、糸井さんから個チャでお礼のメッセージが来たから。本当真面目だよね」

「そうだな。ってか笹野さんも個チャ持ってるんだ」

「も、ね……。そりゃ、私と糸井さんは伴奏者だから、一年生の時に交換したの。で、糸井さんとなに話したの?」

「なにって……本当に糸井さんの家だったんだねって話と、ピアノ上手いよねって話と、うちの花ちゃんかわいいよねって話」

「ふーん、それだけ?」

「それだけ。え、どういう意味?」


 俺は怪訝な顔をする。作曲しているのを知られたくないのだから、笹野さんに来年の文化祭のことは漏らさないだろう。他の話題、と言われたら進路の愚痴しかないが、そんなことをわざわざ笹野さんには話さない。


「まぁ、それなら良いんだけどさ」

「は?なに?」

「いや、だって……尾山にあるのっておばあちゃん家でしょ?普通、自分の家の近所というわけじゃないのに、住所を知りたいと思わないもん。そろそろ年賀状を考える時期もやってくるわけだし」

「え?年賀状とか中学以降出したことないけど」

「もー、だから、何にもないならいいの。私が先走っただけなの」

「はぁ?」

「なにを揉めてんの」

「あ、浅山。おはよ」


 下敷きでパタパタと顔を仰ぎながら浅山がやってきた。その風に笹野さんは寒い、と眉を顰める。


「別に揉めてないよ」

「という割に笹野女史は機嫌が悪い」

「女史ってなによ女史って。それが似合うのは糸井さんでしょ」

「え、なに?」

「わっ!」


 予期しない糸井さんの登場に、笹野さんはびっくりしてよろけて勢いよく椅子に座った、というよりは尻餅をついた。椅子がひっくり返らなくて良かったと思う。


「え、ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫、全然大丈夫、あとなんでもない」

「あ、そう?おはよう」

「うん、おはよう」

「おはよう」

「おっす」


 登校してきた糸井さんは自分の席へと向かっていく。朝のホームルームが始まる五分前。いつもと同じ時間だ。


「で、笹野さんはなにが言いたいの?」

「今のでよくわかったからもういいでーす」

「あー、なるほどね」


 浅山がニヤリと笑いながら苦笑いする。


「え、なんで当事者じゃない浅山がわかるわけ?」

「お前がそういうことに鈍すぎるんだろ」

「え?」

「いいのいいの。ってか今日、一限目に英単語のテストあるじゃん、周りがのほほんとしてるから忘れてた」

「え、マジ?ヤバいんだけど。範囲どこ?」


 話題は変わって小テストの話になる。なんだったんだろうと思いながら、俺も英単語帳を開いた。

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