第16話 裏切り者
「姉上。今度はどうされたんですか」
「話したいことがあってな。もう少し待ってくれ」
訝しむように訪ねてきたオリナスは、先程同様に全身鎧かつ顔を覆う兜を被っていた。
シャリアも全身鎧のまま兜を被っているが眉庇【まびさし】は上げて表情は窺える。
私達が今居る場所はマーサ砦城壁の上で、夕焼けが緑一色の木々を照らした何とも幻想的な風景が目の前に広がっている。
見るだけなら良い景色だが、森の中では夜行性の魔物達が食糧となる獲物を探して徘徊中だ。
今の私には脅威ではないが、魔物の数を考えればやはり入るのは遠慮したい。
「は、はぁ。畏まりました」
オリナスは合点がいかない様子で頷きつつ、私を横目で睨むように動きを見せる。
存外、兜で顔を隠していても何を考えているのかは意外とわかるものだ。
「ところで、姉上。アラン殿は本当に……」
彼が切り出したその時、シャリアが「すまんが後だ。役者が揃った」と制止する。見れば、飄々とこちらにやってくるガドラスと階段が老体に染みたのか肩で息するジークがやってきた。
「姫様。こんなところに呼び出して大切な用事ってのはなんだ」
「はぁ……はぁ……。殿下、大切な用事であればわざわざこのような場所に呼び出す必要はないでしょう」
「二人とも、急に呼び出してすまんな。オリナスを含め、三人揃ったところで少し話したいことがあったのだ」
シャリアが告げると、三人は顔を見合わせた。
「我等にですか。どのようなことでしょう」
オリナスが問い掛けると、シャリアは顔を顰めて凄んだ。
「この中に一人、裏切り者がいてな。そいつのせいで、今回優秀な部下を大量に失った。だが今すぐ自ら名乗り出れば、せめてもの情けで一思いに殺してやろうと思ったまでだ。後の二人は、証人だな」
「な……⁉」
三人の顔が一斉にたじろぐが、すぐにオリナスがシャリアの前に躍り出た。
「私は断じて違います。帝城で姉上とジュリア様がいたからこそ、私はあの伏魔殿からこうして生き残れました、姉上に命を捧げこそ、奪うような真似は決していたしません」
「殿下、それを言うなら私もでございます」
彼に続いたのはジークだ。
「確かに、私は当初こそグスタフ帝の命令で殿下の監視を命じられておりました。しかし、殿下は皇帝、いえ、女帝となるに相応しい器です。故に、私は自らの役目を明かし、全ての情報を殿下にお渡ししたのですぞ」
ジークが語り終えると、この場に静寂が訪れる。
一人だけ何も反論しなかったガドラスに、この場の視線が自ずと注がれた。
「二人はこう言っているが、ガドラス。お前は何か言うことはないのか」
「俺から言うことは何もねぇ」
彼は肩を竦めて頭を振るが、急に真顔となって低い声で凄む。
「しかし、裏切り者を殺すのには賛成だ」
「そうか、わかったぞ」
ジークはそう言うと、ガドラスを指差した。
「裏切り者は貴様だ」
「あぁ? 本気で言っているのか」
ガドラスは睨みを利かせてガラ悪く聞き返すが、ジークは怯まない。
「当たり前だ。そもそも、超越者【アンリミテッド】に助力を求めるべきと言いだしたのは貴様ではないか。マーサ砦における指揮官の座をシャリア殿下着任と同時に奪われたこと、随分と根に持っていたな。おそらく、チャールズから暗殺成功後に自らの保身と立場を約束されたのであろうが」
「ふざけたことを言いやがって。俺は帝都出身だが、チャールズなんぞ会ったこともなければ、話した事もない。てめぇも陰でこそこそ、帝都の奴等と連絡を取り合っているじゃねぇか。こっちの情報、流してんじゃねぇのかよ」
「これだから、軍人は脳筋ばかりだと揶揄される」
ジークは鼻を鳴らし、やれやれと肩を竦めた。
「情報は取らねば危ういのだ。情報戦という言葉を知らんのか、野蛮人め」
「てめぇ……⁉」
ガドラスがジークの衿を掴む。
一触即発の雰囲気で二人が睨み合う中、「もういい。わかった」とシャリアが告げた。
「どうやら、裏切り者は名乗り出るつもりがないらしいな」
「姉上。恐れながら伺いたい。どうして、この面々の中に裏切り者がいると断定できたのでしょうか」
「オリナス様の言うとおりです。殿下、まずその点を説明していただきたい」
ジークが自らの衿を掴んでいたガドラスの手を払い、シャリアの前に出ようとしたその時、「跪け」という冷酷な怒号と共に銃声が轟いた。
見れば、彼女の手には回転式魔拳銃が握られている。
この場にいる三人の目が点となった次の瞬間、悲痛な叫び声と共に一人の男が片足を抑えながらその場に崩れ落ちた。
「裏切り者は貴様だ、ジーク・バンカー。チャールズの腐った権力にたかる蛆虫が」
シャリアは突き放すように冷たく吐き捨てた。
「で、殿下。これは何の冗談ですか。私は、私は決して裏切り者ではありませんぞ」
「往生際の悪い奴だ。アラン、『あれ』を出してくれ」
「あいよ」
城壁の凹部分に腰掛けていた私はその場に立つと、次元収納を発動。
何もない場所に生まれた黒い渦の中に手を突っ込んだ。
そして、生きた屍を取り出し、通路の上に捨て置いた。
三人は私の動作に呆気に取られるも、すぐに捨て置かれた人物が誰かに気付いて血相を変えた。
「こ、この者はザクス・アンダーソンではありませんか。まさか、本人なんですか」
オリナスが確認するように問い掛けると、シャリアは「勿論だ」と頷いた。
「アラン、悪いが彼等に説明してやってくれ」
「わかった。まぁ、子供でも理解できる簡単な話だよ」
私はザクス達とのやり取りを掻い摘まんで三人に説明していく。
なお、次元収納内の時間は止まっているが、生き物を入れることは『人道的』にはお勧めできない。
時間が止まっているので中で肉体的に死ぬことはないのだが、身体は動かせないのに意志や思考が停止されないという不思議な空間となっているからだ。
おまけに外と中で流れる時間が違うので、もれなく精神に異常をきたして発狂してしまう。
ちなみに、外での一日は中では約二年である。
どんな強者であっても『考えることをやめる』ことになるだろう。
動物実験をしたことも一応あるが、翌日取り出してみたら息はしても自ら動き出すことはなかった。
精神が破綻し、思考を放棄したのである。
当然、数日後にはその動物は死んでしまった。
しかし、ザクス・アンダーソンは例外である。
何せ、彼はすでに記憶を抽出されたことで思考を放棄、というかできない状態だ。
極端な話、世界の終焉まで次元収納に入れておいても不都合は基本ない。
強いて言うなら、次元収納の容量増加による発動時における魔力消費量の増加ぐらいだ。
「……というわけでね。彼の記憶は全て、私の『ここ』に入っているんだよ」
ザクス達との出会いから現在に至るまでの説明を終えると、私は自身のこめかみを人差し指で軽く叩いて見せた。
「ば、馬鹿な。そんな魔法など聞いたこともなければ、見たこともない。大体、そんな魔法は人知を超えているではないか」
ジークは打ち抜かれた右太股の傷口を抑え、私を必死に凄みながら怒号をあげた。
私は白い歯を見せ、悠然と彼の目と鼻の先まで顔を寄せていく。
「だから、超越者【アンリミテッド】って呼ばれているんだよ。信じられないなら、もう少し若造のことを語ろうじゃないか」
「な、なに……⁉」
激痛と困惑で額に脂汗を流すジークに、私は引導を渡すべくザクスから得た記憶とシャリアから聞いた内容を照らし合わせ、あえて語り始めた。
これから断罪される『ジーク・バンカー』についてを。
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