第15話 予防策

「アラン。話したいことは色々あるが、まずその身なりを何とかしよう」


「そ、そうだな」


門の上で自己紹介を終えて地上に降り立つと、呆れ顔のシャリアから冷たく言われてしまう。


周囲から浴びる何とも言えない視線に、私は思わず目を伏せてしまった。


憎い、猛烈な風が憎い。


「リシア、ヴェル、アスリ。私についてこい」


「畏まりました」


シャリアが一緒に帰還した装甲兵に向かって呼びかけると、すぐに三人が返事をして前に出てくる。


声からして、一人はトーマス達をアンに捧げた後、マーサ砦に帰還すべきと進言した兵士だろう。


「殿下。我等の話はまだ終わっておりませぬぞ」


「そうだぜ、姫様。そんなちんちくりんの幼女だが痴女だがわかんねぇ奴が超越者【アンリミテッド】と言われても信じられねぇ」


「姉上、今回ばかりは私も二人と同意見です」


ジークは声を荒らげ、ガドラスが肩を竦め、オリナスは決まりの悪い顔を浮かべている。


「言いたいことはわかる。しかし、アランはザクス達の襲撃を返り討ちにし、特務実行01遊撃隊を私達の目の前で壊滅させたのだ。それが何を意味するかわかるであろう」


「彼女がザクス率いる特務実行部隊を壊滅させた……⁉」


オリナスが驚きの声を上げると、兵士達がこちらに向ける眼差しの色も驚きに変わった。


しかし、信じられないという感じは否めないが。


「お待ちください、殿下。ならば、信じる証拠として段位測定をさせていただきたい」


「段位測定、か。あまり意味を成さぬと思うがな。アラン、いいか」


ジークの呼びかけにシャリアは肩を竦めてこちらを見やった。


「あぁ、私は構わんぞ」


「では、失礼する」


私が頷くと、ジークは段位測定を発動する。


周囲が固唾を呑んで見守る中、ジークの顔が険しく引きつった。


「ば、馬鹿な。合計段位八。四形、全て二段【レベル】ですと。何の冗談ですか。これは⁉」


彼の怒号が響き渡ると、砦内の兵士達がどよめいた。


段位測定の致命的な仕様を知らない彼等が驚く気持ち、わからないでもない。


しかし、測定させろと自ら言っておきながら『馬鹿な』とか『何の冗談ですか』とは、中々に失礼な発言である。


「だから言ったであろう、意味を成さぬとな。その辺りも後で説明する。いくぞ、アラン」


「わかった」


私が頷くとシャリアは颯爽と歩き出す。


「お待ちください、殿下」


ジークの呼びかけが背後から轟くも、彼女が足を止めることはなかった。



「砦に滞在する間、ここを使ってくれ」


「すまない、助かるよ」


シャリアが案内してくれた部屋は質素だが気品ある装飾が施され、室内はそれなりの広さがあって家具も見た感じ良い物が置かれていた。


多分、本来は来賓が宿泊するときにあてがわれる部屋の一つだろう。


「お前達、兜を外してアランに自己紹介しろ」


私が部屋の中心に足を進めて見回していると、シャリアが連れてきた三人の装甲兵に指示を出す。


「畏まりました」と返事をした兵士達は、一斉に兜を脱いだ。


声から想像していた通り、三人とも女性である。


「シャリア様の近衛兵を勤めております、リシア・チェンバーズと申します」


「同じく、私【わたくし】はヴェル・アンディナでございます」


「……アスリ・ラバグリッドです」


「あぁ、よろしく頼むよ」


私は三人の前に出て、それぞれと握手を交わしていく。


一人目のリシアは、薄茶色の兜を被るために長髪を後ろでまとめ、大きく優しげな目付きに茶色い瞳をしている。


二人目のヴェルは、赤茶の長髪をリシア同様に後ろでまとめ、意志の強そうな鋭くて大きい目と灰色の瞳をしていた。


だが彼女の場合、何より目を引くのは左顔半分を覆うケロイド状になっている火傷後だ。


しかし、あまりじろじろ見ても失礼だし、根掘り葉掘り聞くことでもないだろう。


三人目のアスリは、先の二人と違って茶色い少し癖が付いたボブヘアである。


目付きは鋭く細いが何やら少し気だるそうな印象を受けた。


「砦内で聞きたいことがあれば、彼女達を頼るといい。それから……」


「それから……?」


首を傾げると、シャリアが不敵に笑って「やれ」と呟いた。


その瞬間、三人が一斉に怪しく目を光らせて飛びかかってきた。


「な、なんだ⁉」


敵意はないので、危害を加える気はない、はず。


身構えているとアスリが素早く私を羽交い締めにする。


意外と力が強くて感嘆には抜け出せない。


次いで、リシアとヴェルがどこからか巻き尺を取り出して私の腰、足、股下、腕と次々と測っていく。


「えっと、これは?」


呆気に取られながら尋ねると、シャリアが噴き出して笑い始めた。


「まず、その身なりを何とかすると言ったはずだ。彼女達は、皆帝国貴族の出身でな。令嬢教育で裁縫は一通り学んでいる。一晩あれば兵士達の予備服を使って、アランの服を仕立てられるだろう」


「あ、そういうことか」


三人が手早く私の採寸を取っていく中、シャリアはさっき出会ったジーク達について語り始めた。


ちなみにこの場にいる三人は近衛兵ということもあり、シャリアはどんな話を聞かれても問題ないとのこと。


曰く、初老のジークこと『ジーク・バンカー』は、シャリアがベルマーサ方面辺境司令官としてマーサ砦に着任した際、帝都から一緒にやってきた人物だそうだ。


当初は前皇帝グスタフ・ローグスミスの命を受け、シャリアを監視するべく同行したらしい。


だが、今ではシャリアの人柄に惚れ、二重スパイを買って出て彼女を補佐する立場とのこと。


次いで、ガドラスこと『ガドラス・クリューゲル』は、マーサ砦における司令官の前任者。


シャリアが十六歳でマーサ砦の指揮官に着任して以降、副官として彼女に仕えているそうだ。


彼は意見をはっきりと言う性格でもあるらしく、シャリアやオリナスと意見が対立することも多い。


しかし面白いことに、超越者【アンリミテッド】に助力を求めてみてはどうか? という案を最初に出したのは彼だったそうだ。


「……という具合だな。弟のオリナスについては、本人の口から語らせるのがよかろう」


「なるほどね」


私が頷くと「シャリア様、採寸が終わりました」とリシアが会釈した。


「ご苦労。では、お前達はアランの服をこのまま仕立ててくれ。どのような動きをしても、痴女にならんように頼むぞ」


「承知しております。お任せ下さい」


三人は二つ返事で頷くが、それはそれで失礼ではなかろうか。


ここは指摘しておかねばなるまい。


私はあえて咳払いをした。


「一つ訂正したい、私は痴女ではない。たまたま、人前で裸体をさらしてしまっただけだ。決して、他人に裸体を晒す性癖はないぞ」


「そうか、それは良かった。しかし、意図的だろうが過失だろうが、アランが初対面の前で裸体を何度も晒したのは事実だ。その点は重々反省してほしいものだがな」


「うぐ……⁉」


シャリアの凄んだ顔には何とも言えない圧があった。


「わ、わかった。その点は反省しよう」


「うむ。では、アラン。悪いが次の場所に付き合ってもらうぞ」


「次の場所?」


私が首を傾げて尋ねると、彼女は「例の件だ」と吐き捨てて歩き出す。


「裏ぎり者を城壁に呼び出す。部下達の仇を取らねばならん」


「あぁ、そういうことか」


私の前を歩くシャリアの背中には、静かな怒りが溢れ出ていた。





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